第10話 雇用主はだ〜れだ?
「オータム、貴方ねぇ…」
立ち上がってオータムをジロリと睨みつけると何故か彼は首を傾げて妙な目で私を見ている。
「な、何よ。その顔は」
「いえ、オータムって誰のことです?」
「何惚けた事言ってるのよ。貴方の事に決まっているでしょう?」
私はオータムを指さしながら言った。
「いやいや、だから、オータムって誰ですか!」
「貴方の名前だって言ってるでしょうっ!」
すると…。
「あの〜…俺の名前…オータムじゃなくてウィンターって言うんですけど?」
「へ?」
「だ・か・ら!俺はウィンターって名前ですっ!」
「…」
自分の顔が羞恥で真っ赤になるのが分かり、慌てて背を向けた。こんな男に赤くなった顔を見られるわけにはいかない。
「あ、そ・そう言えばそんな名前だったわね!」
背中を向けながら強がる。それにしても何という失態。季節系の名前だとは記憶していたけれどもオータムとウィンターを間違えるなんて…っ!
「そんな事より、早くラファエル様の所へ向かって下さいよ。あの方は待たされる事が一番嫌いなんですから」
またしてもぞんざいな口の聞き方にカチンと来た私は振り返ると言った。
「だから言ったでしょう?用があるなら自分から来ればいいのよ。ラファエルにそう伝えておきなさいよ」
「冗談じゃない。俺はラファエル様のメッセンジャーですよ。奥様の言うことなんか聞けるはずないでしょう?ほら、もうこのまま行きますぜ」
そして手招きしてきた。恐らくこの男は自分の立場というものを全く分かっていないのだろう。
「ウィンター。私の言うことを聞かないなら…クビにするわよ」
「は?何言ってるんです?どうして奥様に俺をクビにする権限があるっていうんですか?名前だけの妻のくせに」
最後の台詞は小声で言ったのかもしれないが、生憎私の耳にはばっちり聞こえていた。確かに私はウィンターの言う通り、名前だけの妻かもしれないが、それ以上の権力を握っているのだ。
「…ふ〜ん…ちょっと待ってなさい」
自分の机に向かうと、引き出しに取り付けられたナンバーロックを解除して分厚いファイルを取り出し、パラパラとめくっていく。あ、あった。あった。そして1枚取り出してウィンターの目の前でヒラヒラ振った。
「はい、これな〜んだ」
「一体何なんですか…?」
ウィンターは書類に目を近付け、そこに自分の名前が記されていることに気付いた。
「ん…?どこかで見たことがあるな…」
「それはそうでしょう?だってこれは去年この屋敷の使用人達全員にサインしてもらった雇用契約書だもの」
「へ…?雇用契約書…?」
「ええ、そうよ。これはウィンターがこの屋敷に使用人として雇用されている事を示す契約書よ。一番上には雇い主の名前が書かれているわ。見てご覧なさい」
「!」
ウィンターはその名前を見て一瞬で顔が青ざめると私を見た。そこには私の名前が記されているからだ。
「な、何なんですかっ!これはっ!」
ウィンターが真っ赤になってブルブル震えている。
「あら、まだ分からないの?これは貴方が私に雇われているって事を意味する書類なのよ?私の考え一つであんたなんかいつでもクビに出来るって事よ」
「こ、こんなもの…っ!」
ウィンターは私の手から書類をひったくった。そして両手で持って破こうとする。
「いいわよ、破きたければ破きなさいよ。その時点で完全に雇用関係は破綻。貴方はクビよ。だって雇用契約書が破棄される事を意味するんだから」
「…く…!」
悔しそうにうつむくウィンターに言った。
「…ここの使用人たちが貴方の噂をしていたわよ。貴方…今まで色々な場所で働いて来たらしいけど、態度が悪いという理由で何処へ行っても長続きせずにクビになってきたそうじゃない?違う?そして1年前に使用人募集の張り紙を見てやってきたのよね?」
そう、この屋敷内で彼の評判の悪さは最悪だった。けれど何故か面接をしたラファエルとは不思議に気が合い…メッセンジャーという訳の分からな職業を勝手に作り出し、その場で雇ってしまったのだった。勿論私には事後報告で。この時に採用された使用人達には私が実家から連れてきたメイドのブランカとフットマンのジェフに書類の配布と回収をお願いしておいたのだ。勿論ここの使用人たちは全員私が雇用主となってるが…彼等はそんな事は露とも知らない。
「ほら、破けるものやら破きなさい。ただし破こうものならその場で速攻クビだから。もしまだこの屋敷で働きたいのなら…大人しく書類を返すことね」
手を差し出すとウィンターは無言で書類を返してきた。やはりクビにはされたくないのだろう。
「いい?クビにされたくなければラファエルではなく、今度から私の言うことを聞くのよ?分かった?」
「…分かりました…」
「あ、そうそう。ついでに他の使用人たちにも伝えておきなさい。ノイマン家の使用人たちの雇用主はこの私、ゲルダ・ノイマンであるってね。分かったなら返事をしなさい」
「は、はい…皆に伝えます…」
ガックリうなだれるウィンターに言った。
「ほら、早くラファエルに伝えてきたほうがいいんじゃないの?彼は待たされるのが嫌いなんでしょう?」
「わ、分かりましたよ!」
半ばヤケクソのように返事をしたウィンターは駆け足で部屋から出ていった。やれやれ…やっとうるさいのがいなくなった。
「ふ〜…やっといなくなってくれたわね。それじゃ出かけましょう」
先程ウィンターが返却してくれた書類をファイルにはさみ、再び引き出しにしまって鍵を掛けると、ショルダーバッグを持って自室を後にした―。
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