第2話 前世の目覚め
それは今朝の事―
いつものように、朝6時半きっかりに今年20歳になる専属メイドのブランカが私を起こしにやってきた。
カチャリとドアが開かれ、ブランカが部屋の中に入ってきた。
「奥様…ゲルダ様。起床のお時間です…って。えっ?!」
ブランカは既に起きて着替えを済ませている私を見て驚いている。
「ゲルダ様…!まさか今朝は1人で起きられたのですか?」
部屋のカーテンを開けて、窓を開けて空気の入れ替えをしている私にブランカは駆け寄ってきた。手にはタオルと真新しいピローカバーとシーツを持っている。
「ああ…ゲルダ…ね。確かそれが私の名前だったわね。あの有名な名作の主人公と同じ名前なんて何だか妙な感じね」
「え?奥様?なんの話ですか?」
ブランカは首を傾げる。
「あ〜…何でも無いわ。気にしないで。あ、タオル持ってきてくれてありがとう。後は自分で全部やるからいいわよ。タオルとカバーシーツ貸してくれる?」
「え?何故ですか?」
「そんなの決まってるじゃない。自分で交換するからよ」
ブランカからタオルを受け取りながら私は言った。
「な、何を仰っているのですか?!奥様にそんな事させられるはずないじゃありませんか!」
ブランカは目をこれでもかというくらい見開いた。
「大丈夫だってば。これでもベッドメイキングには自信があるのよ。何しろ25年位昔に仕事で経験済みだから…」
言いかけて、しまったと思った。
「え?25年くらい昔…?それに仕事って何の事ですか?…奥様はまだ21歳ですよね?それに働いた経験てありましたっけ?」
「いいからいいから。私の事は構わずに貴女は自分の仕事をしに行って頂戴」
無理やりブランカの背中を押して部屋の外においやる。
「あ、あの!奥様っ?!」
バタン
ブランカを追い出すと、腕まくりをした。
「さて、ベッドメイキングのついでに部屋の掃除でも始めますか」
そして私は先程掃除用具置き場から拝借してきたモップで床掃除を始め…今朝目が覚めた時の事を回想していた。
****
「う〜ん…」
いつもの習慣で朝5時に目が覚めた私は驚いた。何故なら天蓋付きのフカフカベッドの上で眠っていたことに気が付いたからだ。
「え…?う、嘘でしょう…?」
ベッドからムクリと身体を起こし、さらに私は驚いた。縦縞模様の綿パジャマを着て眠ったはずなのに、今自分が着ているパジャマはいわゆるネグリジェと呼ばれる代物だったからだ。ツルツルと光沢のある素材…もしやこれが世間で言う『シルク』というものだろうか?そして私はあることに気が付いた。メガネが無くてもしっかり周りの景色が見えている。
「あ、まさかまたメガネをかけたまま眠ったのかな?」
そしてメガネを外そうと目元に手をやり…。
「眼鏡が無い…」
一体どういう事っ?!
あわててベッドから飛び起き、天蓋ベッドのカーテンを開けて仰天してしまった。
だだっ広い部屋にフカフカの絨毯、その部屋はまるで高級ホテルのような部屋だったのだ。
「嘘でしょうっ?!」
そんな…昨夜は確かに6畳間の部屋で布団を敷いて眠ったはずなのに…?その時、こちらを見ている若く美しい女性がいることに気が付いた。青い瞳に栗毛色に波打つ背中まで届く長い髪…。
「す、すみませんっ!人がいるとは思わなくて!」
どう見ても外国人の女性に私は日本語で謝罪し、頭を下げた。
ん…?
そろそろと頭を上げると、女性も頭を上げる。
え?ま、まさか…私…?恐る恐る近づいてみると、その女性もこちらに近づいてくる。間違いない…!あれは私だ…っ!
「ほ、本当に…これが私なの…?」
鏡に手を当て、青い瞳を覗き込んだ瞬間…私は自分の全てを思い出した。
そうだった。私の前世は日本人。あの夜…布団に横になっている時に突然激しい頭痛に襲われ、そのまま意識を失ってしまった。日頃から頭痛持ちだったから…ひょっとして脳梗塞でも起こしてしまったのだろうか?…そしてこの世界に生まれ変わったのだ。何故こんな突然に前世の記憶が蘇ったのか、理由はよく分からないけれども昨夜部屋でやけ酒を飲んで、生まれ変わりたいと強く願ったのが原因なのだろうか?
とにかく、状況を整理しよう。
今の私の名前はゲルダ・ノイマン、21歳。既婚者。
夫の名前はラファエル・ノイマン、25歳。
そして、夫にはノイマン家公認の恋人がいた―。
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