第5話

騎士団の会議室まで連行されたガレスは、金髪と青い瞳を持つ貴公子然とした騎士団長を前にして溜息をつく。

確かにあの筆頭公爵の娘だという公爵令嬢と何処となく顔立ちも態度も似ている。


あえて似ていないところをあげるなら、彼が片目だけ王太子と同じような青い瞳をしているところくらいだろう。

公爵令嬢や筆頭公爵、公爵家の人間の瞳の色は青みがかったグレーであった筈だ。


それが家名にもなっていたと朧気に記憶している。

彼の青ではない方の瞳がそうなので、オッドアイというやつだろうとガレスはそう結論付けた。


「何か御用でしょうか」

「貴様ぬけぬけとしおって、王太子殿下にこのような物を送り付けたな!」


バンッと会議用の広い卓に叩き付けられた手紙を見て、ガレスの憶測だと思っていた事がまた確信に変わる。

王太子宛の手紙を確認する事は当たり前ではあるが、筆頭公爵の息子である騎士団長がこうも早く内容に目を通しているというのはセオドアの孤立を意味していた。


手紙を出せば確認される。ガレスの父親の名前を借りている手紙すら王太子の手元に届かないならば、尚更、王子同士の手紙のやり取りなど監視の目が厳しいだろう。


「職場の空気が最悪でしたので、責任者に苦情を出したまでにすぎません」

「王太子殿下はお忙しい身だ。貴様の不始末くらい貴様で片付けよ!」


一々怒鳴り声をあげる騎士団長に違和感はある。

まるで話にならない事はさておき、無能が騎士団の長になれる訳がない。

しかもガレスの父親のような諸侯の重鎮たちとも渡り合う事が出来なくては務まらない仕事だ。

演技か、それとも黒幕がいるのかは判断がつかない。


「では騎士団長閣下から、公爵家の推薦騎士に対して注意してくださいませんか?」

「注意……、だと?」

「はい、同僚の方々が余りにも不勉強なようで、ほとほと困り果てております」

「それが誉れ高き我が公爵家の推薦した騎士だと言うのか?」

「はい、そうでございます閣下」


即答したガレスを見て少し冷静さを取り戻したのか、騎士団長が思案を巡らせるように押し黙る。

出来るだけ行儀良く振る舞ってはいたが、怒鳴り付けられるのは気分が良い訳もない。

流石に馬鹿にした訳ではなくとも、率直なガレスの言葉を受けて目の前の男が頭ごなしに逆上してこないのは意外だった。


事態を把握していないようにも見える。

セオドアが普段どんな状況にあるか知らないのであれば、ガレス個人が言い掛かりにより王太子の手を煩わせようとしている、と勘違いしている場合もあるだろう。


「お前の言い分はわかった。こちらでも調査しておこう。しかし王太子殿下はお忙しい方だ。このような手紙で煩わせようとするな」


そう発した騎士団長の次の言葉は、あの方は素晴らしいと続いた。


再三、王太子、王太子、を繰り返した騎士団長の話は終わったと、自然な動作で速やかに室内から退出する。


騎士団長の足音が背後からガレスについて来るのはこの際無視を決め込む。どうせ王太子の話だ。興味がない。

どうも話が噛み合わないと思っていたが、信者という言葉が脳裏を過ぎっていった。

王城の長い廊下を走り抜けて引き離したくなる気持ちをぐっと耐えて歩く。

歩幅を広く取り、歩調が普段の倍速になっているのは許されたい。




背後に気を取られたまま歩いたせいで、書庫を通り過ぎた事に気が付いたのは中庭の花が視界に入ってからだ。

中庭には花が咲き乱れており、王城の影が赤い陽の光りの元に地面に長く伸びている。

足を止めると聞き覚えのある声がガレスの耳を打った。


「貴方の顔を見ていると本当に不愉快なのよ!」

「それは大変失礼を申し訳ありません」


そこにいたのはセオドアとその婚約者だった。

周りの護衛は、何故かガレスがいなくなるまでサボりの為に席を外すしていた者達の姿もあった。

逃げ道を塞ぐように王子を囲む様は、獲物を前にした野盗や獣のそれに似ている。

無表情を貼り付けた子供が、少女に形ばかりの謝罪の言葉をかければ、相手もわかっているのか不快だと繰り返す。堂々巡りだ。


セオドアへの憎しみのようなものを露わにして、懐から紙を巻いた巻物を取り出した少女がそれを掲げる。

それが遠目からでも魔法具の類いだとわかった瞬間、ガレスの身体は二人の間に飛び出すように地を蹴った。


「謝れば良い訳じゃないの!でもいいわ、今日は面白い物を持っているから貴方で試してあげる」


紙を開くように解いた巻物が少女の手の中で燃える。

それと同時に視界の隅に閃光が走った。

雷撃のスクロールだろうと、背に受けた衝撃からガレスは魔法の種類に見当つける。


「が、れす……?」


咄嗟に抱き寄せた子供の華奢な身体が腕の中におさまっている。

鍛えている、強い、といっても薄さを感じる少年の身体はガレスの腕に拘束されて身を硬くしていた。

怪我のない様子にホッと息を吐き出す。


背中の痛みは大した事はない。それはセオドアが受けてもそうだろう。

だが、ガレスは間に入ることを選んだ。

自分の意思でそうした。


そういった簡単な話ではない事はわかっていても、みえてくるものもある。


「何をしている!」


やっと追い付いてきた騎士団長の声が中庭に響き渡ると、周りに緊張が走ったのがわかった。

当事者もまずい事をしていたという自覚はあるようだ。


「お、お兄様………こ、これは、そう!セオドア殿下が魔法を見せろと、わたくしにおっしゃいましたの」

「お前は……、先程のやりとりから聞こえていた。その言い訳は見苦しいぞ!」


言い訳じみた少女の声を叱る姿は先程の人間と同じとは思えないが、事態の収拾をつけてくれるのならそれはそれで有難かった。

まだ固まっているセオドアからそっと手を離すと、やっとガレスを見た幼い瞳が揺れている。


「殿下、妹がご無礼を」

「そんな事はいい、医者の手配を頼む」


ガレスの後ろから騎士団長が姿を現すと、表情を殺した子供が目の前の部下の怪我を真っ先に申告した。

この人は王子なのだろう。

きっとそうだからこそ、そうあらんとしている。


「セオドア殿下……」


ガレスがなんと声を掛けるべきなのか言葉を探していれば、もう一人この場に現れた人間から、声を掛けられた方向を振り返りざるを得なくなった。


「何の騒ぎかな?」

「王太子殿下!」


威圧感はない。

騎士団長が即座に最敬礼の形をとった事で、どうしたものか困ったガレスに不要と手ぶりだけで合図をした青年は優雅に中庭に降り立った。


王城に王子がいるのは当たり前だ。

タイミングが良い事に若干の疑いを感じる以外は頼もしい。


「この話は私が預かろう。セオドアいいね?」

「………………わかり、ました」


優しく兄の仕草をした王太子にセオドアが素直に頷く。

弟というよりは臣下のように兄と接している子供の歪さを目の当たりにすると、どうしてもおかしいと感じてしまう。


「セオドアは三日の謹慎処分とし、その間、護衛は王家の方から手配する。騎士団長はその三日を今回の騒ぎの聞き取り調査にあてて欲しい」

「御意」


騒ぎを起こしたからと、先にセオドアを罰するていで少女達から遠ざけた王太子の手腕は流石としかいいようがなかった。

それではまるでセオドアの気持ちは一切考えられていないだろうと思っても、ガレスがどうにか出来る事でもない。

そうわかってはいる。



◆◆◆



「ガレス、何故俺を庇った?」


謹慎を言い渡されたセオドアを部屋まで送ってきたガレスを小さな王子が振り返った。

扉を完全に開いてから、ガレスは膝をつき子供と視線を合わせる。


これが仕事だから、任務だから、と説明のしようはいくらでもあるが、言葉にするのは難しい。

黙っているガレスの態度をどう受け取ったのか、セオドアの表情が怒りの色に曇っていく。


「二度と俺を庇おうなどと思うな……!」


セオドアの緑の片目が、通路に差し込んだ夕陽を受けて紅く燃えるように光っている。


いつか見た蛍の灯りにも似たそれは酷く綺麗で、何処か切なくなるような寂しい気持ちをガレスに与えた。


膝をついたままのガレスに小さな手が触れる。

まだ痛みと熱を持った場所にそっと震えた指先が添えられた。

怒りの中に怯えを宿した瞳が間近でガレスを見ている。

椿の葉のような淡い緑色は春の色をしていた。


「兄上がくださった精霊の護符だ。軽い傷ならば、これを持っていれば直ぐに治る」


その暖かさに目を細めたガレスに、精霊の守護の祈りが書かれた札を王子が手渡す。

大切なものだろうに、迷いなく押し付けてきたそれをやんわりと押し返した。


「そのような大切な物をお受け取りする訳には………」

「俺は謹慎する身ゆえ不要なものだ。三日後にきちんと返しに来い」


怒りの色と悲しみと、酷く柔らかい怯えを宿した瞳に見つめられると受け取るしかない。

断る事などこれ以上出来ずに宝物を賜わるようにそれを手の中に収めた。


「かしこまりました。お預かりいたします」


ガレスの返答を聞いたセオドアは顔を背けて離れていく。

それを受けて王子の私室の扉をガレス自身が閉める。

ただ扉を閉めるだけの行為だとわかっていても、セオドアを視界から消し去るような動作への反発が心にあるせいか、完全に扉を閉じるには随分と時間がかかった。

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