第35話トクザ家を買う!? の続き


「見る! この立派な内装! サク家にも負けない美しさ!」


 何故か不動産屋のアクトに変わって、シンが物件の案内を始めた。


「広い中庭付き! キュウ姉の大好きだったガーデニングもまたできる!」


「わぁー! この中庭素敵!」


「部屋もたくさん! 地下の倉庫はコン姉の専用トレーニングルームにしてもオッケー!」


「さっきの砦よりは脆そうだけど、いい感じじゃん!」


「そして極め付けがここ! 前所有者の書斎! ここはトーさんのもの! 蔵書も家具も全部セット!」


 立派な、立派すぎる書斎だった。

それに軽く蔵書を見渡してみても、古今東西の貴重なものから、ちゃっかり質の良いアレでそれな書物まである。

まさに"男の宝箱"って感じの部屋だった。


どれどれ、この東方の叡智が詰まった珍しい本でも見てみる……ん?


 パリパリ……と、本棚から本を取り出すと、中に茶色いクズのようなものが落ちてきた。


 本を開くとまたパリパリと、妙な音が鳴り……


「うわっ!? な、なんだぁ!?」


 蠱惑的な叡智が赤黒く染まっている。

これって血痕!?


「ぎやぁぁぁぁぁ!!!」


 と、廊下の方からコンの悲鳴が。

急いで飛び出し、鉢合わせしたコンを抱き止める。


「ど、どうしたコン!?」


「で、出たんだ! 腹からこう、なんか、色々飛び出しちゃってる、お、女がぁ!?」


「なんだそりゃ!?」


「コンー? 大声出してどうしたのー?」


 向こうからキュウがやってくる。

 俺とコンは思わず息を呑んだ。


「どしたの2人とも? あーなんか、ここに来てからやけに肩が凝るなぁ……」


「あ、姉貴! か、肩!」


「肩? んー……!!!」


 キュウの肩には真っ青な女の手が!?

しかも首がない!!


「「「ぎやぁぁぁぁ!!!」」」


 キュウも、コンも、流石に俺もその場から走り出す。


 もしかしてこの物件って!?


『男だ、男が……! うヒャヒャヒャ!』

『男なんて敵! 女を傷つける敵! あひゃひゃ!』

『幸せそうな女も敵ぃー!! 憎い憎いぃぃぃ!!』


 周囲から聞こえ出す、怨嗟の声。

このままここに居座っちゃ、呪い殺されるに違いない。


「おー! 一杯! おぉぉぉ!! ふおぉぉぉ!!」


 どこからともなく現れたシンは、まるで遊園地にいるかのような、楽しそうな声を響かせる。


「獲物、一杯! ふへへ……ドレインスピリットぉ!!」


 シンは暗黒を纏った魔法の杖を掲げた。

怪しい魔力が渦を巻いてゆく。


『『『ギヤぁぁぁぁーー!!!』』』


 するとさっきまで聞こえていた怨嗟の声が悲鳴をあげて、シンの魔法の杖へ吸い込まれてゆく。


 なんか、シンの魔力値が高くなってるぞ……?

まさか、悪霊を吸収したとか!?

もしかしてシンって闇属性の魔法使いじゃなくて、死霊使(ネクロマンサー)いなのか?


「シ、シンこの物件ってもしかして……?」


「お化けいっぱい! だからシン、強くなれる! そして楽しい! むふー!」


「やっぱりそうか……」


「前の所有者最低最悪な男だった! 沢山の女の人を弄んだ! 結果、ここに殺到した女の人たち、血で血を洗う戦いを繰り広げて全滅した! だからここ恨みいっぱい! 呪いいっぱい! むふー! それにここ安い! だから……」


「「「買うわけねぇだろうが!!!」」」


 全力で突っ込む俺たちなのだった。

 いくら安くたって、事故物件なんて買うわけない。


 それに事故の内容が内容なだけに、今の俺たちをみて幽霊達がどう思うか……


「あ、おっ帰りなさい! どうでした?」


 きっとこのことがわかっていたから、アクトは物件の中に入らなかったんだ。


「物件自体はいいと思ったけど……」


「じゃあ、買っちゃいます?」


「買うわけないじゃん!」


「ですよね! 良かったぁ、トクザさんがここを買わなくて。だってこーんな事故物件に住みだしたら、怖くて気軽に遊びに行けなくなっちゃいますもん。それじゃあ、最後の物件を見にゆきましょー!」


 ラストは俺の選んだ物件だった。

 価格もちゃんと見た上で、三姉妹のことや、俺の趣味も加味しつつ選んだ物件だ。

しかし難点が一つ……


「あれー? この道でよかったのかなぁ……」


 馬車を操るアクトは首を傾げつつ、山道をゆく。


 価格も安い、環境もいい、建物自体もいい感じ……街からかなり離れた山奥にあること以外は。

まぁ、でもこれで、三姉妹というか主にキュウが家を買うことを諦めてくれないかなという狙いもあって、わざとこんな物件を選んだんだけど。


「わわ!?」


 突然、アクトが悲鳴を上げた。

馬は激しく泣き声をあげる。そして、俺たちを乗せた馬車がぐらりと傾いた。


「不動産屋! シン達殺す気!?」


 だけどアクトの反論は返ってこない。

嫌な予感がした俺は横倒しになった馬車から急いで這い出る。


「や、やぁ……!」


「げへへ! こりゃ上玉だ! おいお前ら、今夜はこの嬢ちゃんを回して楽しもうぜ!」


 アクトは小汚い盗賊に拘束されていた。

どうやらこいつらが馬車を強襲してきたらしい。


 アクトを捕まえた盗賊は、彼女の太ももへ汚い指先を伸ばす。

 思わずカッと来て、近くに転がっていた石を、盗賊の汚い手へ向けて投げた。


「ぎゃっ! な、何すんだてめぇ!!」


「何って石投げたんだろうが。これ以上、アクトになんかしてみろ。ただじゃ済まないからな!」


「なにカッコつけてんだ、おっさん! てめぇ1人で何ができると思ってんだ。ああん!」


 まったくこれだから盗賊って奴は。

パターン通りの行動しやがって……まぁ、俺がやっても良いんだけど、ここはやっぱり……


「キュウ、コン、シン! こいつらを痛い目に合わせて、経験値に変えてやれ! これは命令だ!」


「「「了解っ!!!」」」


 瓦礫を吹っ飛ばして、サク三姉妹が飛び出した。


 先行したのはキュウ。

彼女は逆手に構えた片刃短剣を手に、一気に盗賊の懐へ飛び込んでゆく。

そして峰を相手の首筋へ鋭く叩きつけた。


「がっ!」


 キュウより遥に大柄の盗賊がバタンと倒れる。


「さぁ、次はどなたかな? 私に弓を使わせるほどの相手はいるのかな? かなぁー!!」


 どんどん切り込んでゆくキュウの傍では、コンが盗賊の首根っこを掴んで持ち上げている。


「は、離せ! このデカ女ぁー!」


「っ……てめぇ……! それだけは聞き捨てならねぇぜ!」


 コンは盛大に男達を投げ飛ばしている。

そして一番後方にいたシンは暗黒を湛えた魔法の杖を、盗賊へ突きつける。


「行く、ダークネススピリット! お前達の大嫌いな女の敵を殲滅!」


『『『男なんて最悪だぁ!!! 恨めしぃ!!!』』』


 シンは三件目の幽霊屋敷で捕まえた血みどろの女幽霊を呼び出し、盗賊どもを追いかけ回している。


「ま、まさか、こいつらは噂の"サク三姉妹"!?……てぇ、なると、このおっさんは!?」


「お前らのような連中にまで俺たちのこと知れ渡ってんだ? そいつは光栄だ!」


 アクトを拘束していた盗賊の背後へ回り込み、首筋へ手刀を叩き込む。

盗賊は一瞬で白目を剥いて、アクトを手放す。

そして俺はアクトを抱き止めるのだった。


「うう……トクザさん! 怖かったよぉ……ひっく!」


「よしよし、泣くな泣くな。もう大丈夫だから」


「ありがとうございます、トクザさん……! ありがとうございますぅ!」


 自分のことながら、動きが昔のように戻っているような気がしてならなかった。

それもこれも、三姉妹から若さをもらったからかなぁ。


 にしても、こうしてワンワン泣くアクトを見ていると、出会ったばかりの頃のシオンを思い出す。

あの子も最初はすっげぇ泣き虫で、弱虫な子だったもんな……


ーーこうしてなんだかんだあった、俺たちの物件見学会は終了した。

結局、こんなこともあったもんで、家を買う計画は頓挫となる。


 しかも、今回懲らしめた盗賊はこのあたりで有名な悪者だったらしい。

おかげで40万Gほどの報奨金をもらえたので、とりあえずよかったということにするかな。



⚫️⚫️⚫️



「みなさん、某に内緒でお引っ越しをしようとするなどひどいじゃないですか! あんまりです!」


「ご、ごめんね、マインちゃん?」


「マイマイ、めんご……」


「なぁ、マイン? 機嫌なおしてくれよ、なぁ? 今夜はお前が攻めで良いからさぁ……」


「プンスカプン!」


 どっから情報を仕入れたのか、家に帰るとマインはお怒りモードだった。


 やっぱこう言う時って何事もうまくゆかなもんなんだねぇ。

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