第24話某を捧げます!


「うーん! 久々ぁ!」


「なぁなぁ、早く泳ごうぜ! なぁ!」


「うーみぃー!」


 水着姿のサク三姉妹はまるで子供のように、海へ向かって走り出す。

 大人のようにみえて、あの子達は未だ子供なんだな。


 だけど体付きは……うん、立派な大人だ。

こう水着姿を見ていると、夜な夜なたびたびしている、あんなことやこんなことを思い出しちまう。

俺も案外、まだまだ若いんだなぁ……


「先生も早くぅー!」


「トク兄、沖の外まで一緒に泳ごうぜ!」


「トーさんとうきわー!」


「はいはい、今行きますよっと!」


 俺は燦々と照りつける太陽の下、白い砂浜へ年甲斐もなく駆け出していった。


 ちなみに今日がクエストでも、なんでもなくバカンスで海に来ているのだった。

たまにはこういう贅沢もしないと、という、我が家の金庫番キュウ・サクからの提案だった。

 やっぱこういうところは、元お嬢様なんだぁ……。



「はぁ……はぁ……はぁぁぁ……ト、トクザぁ、殿ぉ……!」


 なんか後ろから、死霊(ゾンビ)のような声が聞こえてきた。

恐る恐る振り替えてみると、


「マ、マイン!? なんでお前がここに!?」


「追いかけてまいりました………!」


 剣豪のマイン・レイヤーは汗だくだくの、さらにガラガラ声でそう言ってくる。

そりゃ、こんなに暑い砂浜で暑苦しい袴姿でいりゃ、干上がるのも当然だ。


「追いかけてって……もしかしてまだ諦めてないのか?」


「と、当然です……!」


「いや、先週みんなのまえで伝えたとは思うけどさぁ……」


―― 一週間前、月間冒険者やろう共の記事を見て、マインを初め、俺の家に殺到した冒険者達へ俺はこう叫んだ。


『申し訳ない! 俺はこのサク三姉妹の育成に集中したいんだ! だから他の冒険者の訓練は受け付けられない!』


 とね。

 サク三姉妹でも手一杯な訳だし。

それにやっぱりそんなにがっつりやりたいわけでもないし。

疲れるほど働くのはもう懲り懲りなんだ。


「それでも尚、某はお願い申し上げたい! 頼みます、トクザ殿! どうか某へご指導を! そして是非、鬼神流の継承をぉ……!」


 更にマインのお願いは、"鬼神流剣術“の継承でもある。

師匠からは『継承してもしなくてもどっちでも良いからねん♪ トクちゃんのお好きに!』と先代継承者のヤミコ・テイにも言われているし。


「某は……某はトクザ殿のことをぉ……あふぅー……!」


「お、おい!?」


 ずっと平伏していたマインが前のめりに倒れ込んだ。

それ以降、ピクリとも動かなくなる。

これ結構まずい!?


「動かさないでください!」


 マインに触れようとした俺へ、聞き覚えのある声がぴしゃりと注意を促してくる。

そして颯爽と“青いツインテール"が俺の目の前を過って行く。


「アクト!?」


「え? あー! トクザさんっ! こんにちは!」


「なにやってんだ?」


「売り子のバイトです! 名物のこれの!」


 アクトは背中に背負った大きな氷を見せた。

 ああ、確かこのビーチじゃ、魔法で作った氷で常に冷え冷えのジュースを売ってるんだっけ。


「相変わらず稼ぐなぁ」


「あはは……苦学生なんで……てぇ! こんなことしている場合じゃなかった!」


 アクトは突っ伏したマインへ手早く、しかしそっと触れまくって、色々と調べ始めた。


「熱中症みたいですね。どこか涼しいところへ運びましょう。ゆっくり休ませれば起きるはずです!」


「じゃあ、俺らが泊まってるコテージだな。悪いけど手伝ってもらえるか?」


「もちろんですとも!」


 こう言う時、医療に詳しい人がそばにいると助かるなぁ、と思う俺だった。



⚫️⚫️⚫️


「トーさん、なんでコイツとコイツが一緒にいるのぉー?」


 シンはコテージへ、ズズッとジュースを啜る音を響かせる。

睨んでいる先は、勿論ぶっ倒れたマインと、彼を介抱しているアクトへだ。


 キュウとコンもシンのように口には出さないが、少し不満そうにみえる。


 俺はそっと移動し、一生懸命マインをうちわで扇いでくれているアクトの壁になるのだった。


「悪いな、バイト中に」


「いえ、全然。トクザさんこそ、ありがとうございます」


「ん?」


「さすがにじっーっと見られてるのはちょっとアレだなぁ、と思ってまして」


「ううん……トク、ザ殿ぉ……?」


 ようやく目覚めたマインは虚げな視線を向けてくる。


「熱中症でぶっ倒れたんだよ。海で暑苦しい袴なんて履いているからだ」


「申し訳ございません……ありがとうございます」


「謝罪と礼は俺だけじゃなくて、隣のアクトにもだぞ?」


「そうでしたか……かたじけなかった、アクト殿。この礼はいずれ必ず。コンスコン領主が嫡子の1人、マイン・レイヤーの名にかけて……!」


 マインの大仰な物言いに、アクトは苦笑いを浮かべた。

そして降ろしていた氷を再び背負い出す。


「もう大丈夫そうなんで、私バイトに戻りますね! 今日明日はこの海岸で売り子やってるんで、なにかあったら遠慮なく声かけてくださいね」


「ホント、ありがとな」


 俺はジュース代やらもろもろ含めて、アクトへ多めに金を握り渡した。

 

「良いんですか? こんなに頂いて……」


「遠慮なく受け取ってくれ」


「ありがとうございます。こういうのすごく助かります! それでは!」


 アクトは少し逃げるような感じでコテージを出ていった。

やっぱり俺が壁になっていたとしても、三姉妹の視線が気になっていたらしい。


「お前達も悪かったな。マインの面倒は俺が見てるから、遊んでこいよ」


「えー! トーさん、一緒じゃないのぉ!?」


 予想通りというかなんというか、シンが不満を爆発させる。

しかし、マインをこのまま放置するわけには行かないしなぁ……


「こら、シン! わがまま言わないの!」


「まっ、せっかく海に来て、ずっとコテージの中だなんてつまんねぇもんな」


 キュウとコンにそう言われ、さすがのシンも押し黙る。


「じゃあ、先生。私たちはお言葉に甘えて、また遊んできます。マインさんのことよろしく頼みますね」


 キュウを先頭に、三姉妹はコテージから出ていった。

 ほんと、こういう時しっかりもののお姉ちゃんがいてくれると助かると思った。


「トクザ殿、せっかくのバカンスに水を刺してしまい面目次第もございません……」


 未だ本調子じゃないマインは、それでも精一杯の謝罪を述べてくる。


「まぁ、今はあんまりそういうこと気にせずゆっくり休め。良いな?」


「かたじけない……」


 さてさて、様子を見るって言っても暇だし、俺はビールでも飲んでから昼寝でもしますかね。


……

……

……



「はぁ……はぁ……」


 こりゃ、マインの呼吸か?

 

 すごく苦しそうに聞こえて心配になった俺は目を開けた。


「なっーー!?」


「お、お目覚めになりましたか、トクザ殿……」


 薄闇の中に、ぼんやりとマインの姿が浮かび上がった。

 彼は俺の腰上に跨り、上着を降ろして、異様に細い肩を曝け出していた。


……って、彼……? 胸に巻かれたサラシが、ほんのり膨らんでいるような……?


「ひゃう!」


 試しにマインの脇腹をつまんでみた。程よい肉感だったが、太っているわけではなさそうだ。


「ト、トクザ殿、なんと大胆な……」


 マインは薄闇の中でもはっきりわかるくらい、顔を真っ赤に染めている。

となるとやっぱり、今目の前にある胸の膨らみって……


「もしかしてお前って、マインくん、じゃなくて、マインちゃんだった……?」


「ううう……貧相な体つきで面目次第もございません……」


 やっぱりマインちゃんだった。

男の子でも、男の娘でもなく、正真正銘の女の子だった。

 で、性別が判明したところで、この状況はまさか……!


「お、おい、マイン! お前は一体何を?」


「今日助けていただいたお礼もあります。なによりも、これが今の某ができる、精一杯の気持ちの開示です」


「いや、何が何だか……」


「某は再三、トクザ殿へ申し上げました! 某を捧げます! ですからどうか、某を弟子に! そして鬼神流の継承を!!」


 いつもはこう言われて軽くあしらっていた。

 だけど、今発せられたマインの言葉からは、本気というか、妙に切迫したものを感じていた。


「マイン、お前……」


「こちらに関しては全くの未経験で、全く自信がありません……ですから、トクザ殿のお好きになさっていただければ幸いです……」


 マインは肩を震わせながら、そう言ってくる。

 気持ちはありがたいし、こっちも気分的にはそういう方向に傾きつつある。

だけどいまいち、乗る気になれないのは、やはりマインがすごく不安げな様子を醸し出しているからだろう。


 さてどうしたものか……


 その時、突然バン! とコテージのドアが開け放たれる。


「やっぱり貴方の狙いはそういうことでしたか! 泥棒猫!」


「あたしらがいるのにトク兄をたらし込むなんて良い度胸してるじゃねぇか!」


「焼却、滅却……シンの闇がお前を焼き尽くす!」


 鬼の形相のサク三姉妹が、コテージへなだれ込んで来た!?

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