第21話鬼神流奥義 双刃輪剣


「せ、先生!? なんで……」


「お、おい、トク兄!? どうして……」


「トーさん、泣いてる……?」


「えっ……?」


 無事なサク三姉妹を前にして、俺はようやく目がしがら熱くなっていることに気がついた。

 ここはガツンと叱って、もう二度とこんな無茶なことはしないよう叫ぶところ。

しかしどうにも胸が詰まり、足から力が抜け、俺はその場に蹲った。


「頼むから、もう二度とこんな無謀なことはしないでくれ! ちゃんと自分の実力を見極めて行動してくれ! もうごめんなんだ! 冒険なんかで、大事な奴らが命を落とすことなんて!!」


 意図せず本音が溢れ出た。

 かつて同じ夢に向かって走り、そして俺のせいで命を落とした槍使いのサフトと白術師のシオンの姿が頭の中に浮かんだ。


「すみません、先生……」


 かがみ込んできたキュウは心底申し訳なさそうを謝罪を述べた。


「ごめん、トク兄。すっげぇ心配かけて……」

 

 コンは深々と頭を下げる。


「ごめんなさい、トーさん……もう泣かないで?」


 だけど、まだこうして三姉妹はこうして無事でいてくれている。

 そのことが嬉しくてたまらず、俺は3人をまとめて抱き寄せた。


「良いか、お前ら! もう一度だけ言うぞ! もう二度とこんな無茶なことをするな! もし次したら俺はお前らの訓練士を降りるし、家からも追い出すからな! 俺は本気だ! いいな! 分かったなっ!?」


「「「申し訳ありませんでした! もう二度とこんなことはしません!!!」」」


「うう、ひっく……ああ、なんと素晴らしい師弟愛……ぐすん! さすがはトクザ殿!!」


 なんかマインがめちゃくちゃ感動していたのだった。

 

「パルディオス・マリーン!」


「うえぇ!? お、俺?」


 ずっと蚊帳の外だったパルディオスくんは素っ頓狂な声を上げた。

そんな彼へ、俺は深々と頭を下げた。


「ありがとう。この子達を保護してくれて、本当に……」


「え? あ、ああ、まぁ……」


「逆ですよ先生?」


 俺の胸の中で突然、キュウがクスクス笑い出した。


「そうさ。あたしらはここに落っこちたりはしたけど、別にあの唐変木に助けられてなんかいないぜ?」


「逆にシンたちポーション上げた。だから、パルディオスたち、なんとかここまで持ち堪えられた」


「あ、そうなの?」


 俺がそう聞き返すと、パルディオスは頬を真っ赤に染めて、そっぽを向いた。


「だ、だけど、とりあえず一緒にいたのは確かだし! こいつらが分けてくれたアイテムのおかげでマインが戦えるようになって、みんなでここまで踏ん張ったのは事実だし!」


 まったくこのお坊ちゃんは相変わらず……まぁ、でも今はこんなことでムカムカしているのも時間の無駄か。


 俺は雑嚢から巻物を取り出し、パルディオスへ放り投げた。


「転移魔法のスクロールだ。それでこんなところからはさっさと脱出するぞ」


「お、おう! 助かる」


「あとお前らの生還には多額の賞金がかかってるんだ。脱出したら必ず隠さず"自分たちはサク三姉妹のおかげで生還できた"とギルドへ報告するんだぞ! 俺もここからでたらお前の親父さんのフィクサー・マリーン子爵へ報告に行くからな!」


「分かった……はぁー……」


 あえて親父さんの名前を出してみると、パルディオスくんは珍しく素直に首を縦に振る。

どうやら親父さんには逆らえないらしい。


 しかしこれにて一件落着。

 俺たちもこんな危険な場所からはさっさと退散しないとな。


「……うう……!」


「シン、どうかしたか?」


 突然、腕の中のシンがブルブルと震え出した。


「嫌なの来る……ヤバイの、来ちゃうゥゥゥ!!」



「「「「「――――――!?」」」」」



 全員がシンの言葉に息を呑んだ瞬間だった。


「ひぎゃぁぁぁぁー! ごふっ!」


 突然、背後から吹き付けてきた瘴気にパルディオスくんは吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。

奴の仲間のほとんども、同じように吹き飛ばされてしまう。


「こ、この気配は……まさか!?」


 パルディオス一行で唯一瘴気を浴びずに済んだマインは、刀剣を構えつつ膝を震わせている。

 俺の腕の中の三姉妹も、初めて肌で感じる圧倒的な力の感覚に身体を強張らせている。


「グオォォォン!!」


 闇の奥から這い出てきた巨大な威容が激しい咆哮を上げた。


 どうやら危惧したことが現実に……ドラゴンの出現を許してしまったらしい。


「ど、どうしよう! 本当に出ちゃった!! ドラゴン出ちゃった!」


「お、落ち着け姉貴! だ、大丈夫だ、きっと!」


「なんかちょっとちっちゃい?」


 不幸中の幸いか、今目の前に現れたのは、この石室に収まるくらいの成長途中の竜だった。

だけど若いとはいえど、相手は大災害級とも言われる危険度SSの相手に代わりはない。


 俺たちだけはなんとか逃げ延びることができるだろう。


「……な、なんで最近、俺こんなのばっかり……」


 しかし、ドラゴンの後ろには瘴気で吹っ飛ばされて、すっかり伸びてしまったパルディオスやその仲間たちの姿があった。

ここで放置してしまえば、パルディオスくんたちは、若ドラゴンの餌になってしまうのは必至だ。


(正直、パルディオスとの良い思い出なんて無いんだよなぁ……)


 態度だってでかいし、好きな部類の人間じゃない。

だからといって、ここで見捨てるのはどうにも後味が悪くなって仕方がないと思う。


 それにキュウ達が偶然とはいえ、せっかく見つけた賞金だ。

 勝算があるなら、これをみすみす見逃すわけには行かない。


「キュウ、コン、シン、そしてマイン。絶対に無理や無茶はしないという前提で聞いてほしい。俺はあのドラゴンを倒して、パルディオス達を助けたいと考えている」


 一瞬、みんなが息を呑んだのが分かった。

だけど異論は沸き起こらなかった。


「そのためにもほんの少しで良いから俺が集中できる時間がほしい。大体30秒ほどだ。できそうか?」」


「勝算があるということですね?」


 マインの問いに首肯を返す。

すると彼は刀剣を構え直した。


「承知した! 某はトクザ殿を信じましょう! お弟子さん方は如何か!?」


「さ、30秒くらいでしたら頑張ります!」


 すぐさまキュウは頼もしい返事を返してくれた。


「30秒と言わず、い、1分ぐらいあたしがなんとかしてやるぜ!」


 コンも僅かに震えながらも、ハルバートを構えだす。


「シンもがむばる!」


 シンは大きな胸を揺らし、そう勇ましく答えてくれる。


「ありがとう、お前達。だが忘れるな。自分の命が最優先だ! 良いな!?」


「「「「了解ッ!!」」」」


 かくしてサク三姉妹とマインは若ドラゴンへ向かって飛び出してゆく。


(あの子達の信頼に応えるためにも、必ず……シオン、サフト、見ていてくれ!)


 俺は心を落ち着け、邪念を払い、意識を集中させ始めた。


「某に続かれよ、戦士のお弟子さん!」


「お、おう! だりゃぁぁぁ!!」


 マインとコンは同時に飛び、若ドラゴンへ斬撃を見舞う。

鋭く、そして激しい一撃を受けて、ドラゴンが怯んだ。


「ギャオォォォンッ!!」


 若ドラゴンはぐるりと首を振って、マインとコンを吹っ飛ばす。

そんなドラゴンの頭へ間髪入れずに、キュウの矢が打ち込まれた。


「こっちよ! こっち!! さぁ、さぁ、さぁぁぁ!!」


 キュウは悲鳴をあげつつも、正確な射でドラゴンの頭を狙い続けている。

 筋力と命中精度を増したキュウの矢は次々とドラゴンの鱗の間へ突き刺さる。

ドラゴンはその度に怯んで、苦しそうな悲鳴をあげていた。


「キュウ姉! 下がる!」


 キュウがひらりを身を翻し射線を開けた。

そこにはすでに魔法の杖へ、漆黒の闇を湛えたシンの姿が。


「お前を穿つ! ダークネスバンカーぁぁぁ!!」


「グギャ!!」


 シンの杖から打ち出された巨大な闇の杭が、若ドラゴンの巨体を吹っ飛ばす。


 俺は集中している中、それでも三姉妹の成長ぶりを喜んでいた。

 やっぱりサク三姉妹は凄い。日々、成長し、強くなってゆくあの子達を見ているのが楽しい。


 だからこれからも一緒にいたいと思った。

あの子達の行く末を、いつまでも見守って行きたいと強く願った。


「グオォォォォーーン!!」


 突然、若ドラゴンが怒る狂った咆哮を上げた。

強い圧力を持った瘴気が溢れ出て、取り囲んでいた三姉妹とマインを紙切れのように吹き飛ばす。


 しかし、時間稼ぎはもう十分だった。

 みんなが時間を稼いでくれたおかげで、いつでも行けた。


「鬼神流――!」


 地面を蹴り、矢のような速度で若ドラゴンへ突き進む。

 ドラゴンはようやく俺の接近に気付いたらしいが、もう遅い。


「奥義が一つ!」


 高く飛び、竜の首を切り上げた。

 刀剣は硬い鱗を割り、肉を引き裂く。

しかしドラゴンは自分の首が切り裂かれたことに未だ気が付いてはいない。

 俺は素早く首の飛び越え、反対側へ回った。

そして再び、ドラゴンの首を激しく切りつける。


「これぞ双刃輪剣そうはりんけん!」


 ほんの一瞬で、竜の首を左右から挟み込むように、円形の軌道が浮かんでいた。


 刃渡りの長い刀剣であっても、一撃でドラゴンの首を跳ねることは難しい。

ならば神速の斬撃で、左右からほぼ同時に切り込めば良いのではないか……なんていう無茶ぶりから生まれたのが、双刃輪剣という技だった!


 俺は地面へ降り立ち、呼吸を整えつつ残心を取る。


 10年ぶりに放った大技にしては良くできたと感じた。

しかし、腕に妙な違和感を覚えているのもまた事実だった。


「――ッ!?」


「ガ、ガオォォォォーーン!!」


 跳ね飛ばした筈のドラゴンの首が俺へ迫る。


 やはり10年ぶりがいけなかったようだ。

俺はドラゴンの首を跳ね損ねていたようだった。

 

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