第21話 脳の最適化
◇大上総一郎◇
「総、あれが新入りの子か?」
「はい、会長。見に来られたんですね」
「そりゃ、お前がやけに気に掛けてやがるからな。そりゃ気にもなるわ」
「それで見た感想はどうです?」
「あの子は······本当に初心者なのか?」
「はい、本人はそう言ってますし、体のキレはすごいものの最初は素人丸出しな動きをしてましたよ」
「で、今はこれか?」
「はい······」
会長も同じことを思ったはずだ。
あゆみは、この子は異常すぎる。
さっきまで怖がっていたレイカのパンチを今や完全に見切っている。相当に眼がいい。
それどころかパンチを避けるのが楽しいのか、笑みを浮かべてギリギリで躱しまくっている。
成長の速度が尋常じゃない。
「あれは最適化してる動きに見えるか?」
「いえ、してないですね。完全に見て躱してます」
「······だな。可愛い顔して、とんでもねえ怪物が現れたもんだ」
ボクシングに限らずどんなジャンルの競技においても反復練習は欠かせない。
それはパンチにしろフットワークにしろ体にその動きを覚え込ませるためだ。
体というか正確には脳に「思考」や「動き」のパターンを認識させ、何度も繰り返すことで思考を必要としない動作、つまり反射の域に近づけることができる。別の言い方では脳の最適化とも言う。
将棋でもテニスでもボクシングでも、どんな競技でも上級者ほど脳の最適化が行われているため初心者と比べて圧倒的に「読み」と「行動」が速くなる。
ボクシングのように咄嗟の行動が求められる競技においては特に、反射の域にまで達した最適化された行動が求められる。
でも、あゆみにはそれが無い。
体の僅かな動きで次来るパンチを予測することも、繰り出されるパンチの軌道を経験的に読むことも出来ない。
ただ単に、ずば抜けた動体視力と身体能力を以て見て躱している。
つまり、既にレイカをフットワークのみで圧倒するスピードを持っているのに、あれでまだまだ無駄が多い原石ということだ。あゆみにはまだまだ上がある。
そう言えば「武道家系を極めたい」と言っていた。
それには現実でも途方も無い実績を達成する必要がある。それを分かって言っていたのだろうか?
でも、あゆみならもしかしたらその夢を追えるのかもしれない。彼女を見ていると不思議とそんな気がしてくる。
「会長······あの子、あゆみは······もしかしたら『拳神』になれるかも知れませんよ」
「はは、馬鹿言うな。女性で、しかもあの体型で流石にそりゃ無理だろう。まぁ『拳帝』までなら行けるだろうさ。それほどの逸材だ。日本ボクシング界の宝となる素質がある。しかしその上の『拳聖』と『拳神』は無理だ。別にあの子だから無理ってわけじゃねぇ。あの条件はそもそも実現不可能だろ」
「ええ、僕もそう思います。でも、彼女はそこを目指してるんですよ」
「おお、そりゃすげえ。馬鹿2号だったか」
会長は嬉しそうに笑った。
「その言い方だと馬鹿がもう一人いるみたいな言い方ですね」
「そうだな。目の前に1号がいるな」
「僕は『拳神』なんか目指してませんよ?」
「同じだろ? 俺からすりゃ不可能を目標にしてる同類だ」
「まぁ、だからついつい応援したくなっちゃうんですよね」
「だな」
と、そうこうしてるうちにもうすぐ時間か。
「ラスト20! あゆみ、避けてるばかりじゃなくて少しは反撃しろ!」
あゆみは「はっ」とした後、おもちゃを取り上げられた子供みたいに残念な表情をしていた。
おいおい、何だよあの顔は。
避けるのが楽しくて楽しくて仕方無かったって顔だな。
あれは攻撃するのを忘れてたな。
如何にギリギリで避けられるかってゲームでもしてたんだろ。
「眼つきが変わったな」
「ええ、最後仕掛けますね」
レイカもそれが分かっているのか警戒している。
でもプロとしての意地もあるだろ?
一発も当てられないのは屈辱だもんな。
案の定レイカから仕掛けた。
「お見事」
狙いに狙ってレイカがジャブを放とうとした瞬間。
あゆみの拳が深々とレイカのボディに突き刺さっていた。
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