第100話 形無き概念
魂に関して、特にこの世界線の事に最も詳しいのはエリカお姉様だ。けれどこんな時に限って僕の心に語り掛けてきてくれなかった。たぶんだけど、干渉することが出来ないんだろうね。
次点ではゾーイだろうか。ただこの世界線については詳しくは無いだろうことは、世界線の保持機構の話が出た時の反応でなんとなくわかる。
であれば、現状最も詳しいであろう存在はアルシェーラ様だろうか。ここは一度赴いて訊いてみるべきかもしれない。
「一度、アルシェーラ様に尋ねてみようと思います。僅かでも指標があれば出来うることが見えてくると思いますし……」
「そうだね、それならボクも――」
『私とエルナーだけで行かせてほしいですの。これは“当事者”意外に知られるのはリスクが高すぎるですの』
……当事者、か。魂に関連する事態に関連するとすれば、それは管理者としてだ。
なるべく知られるのを避けたい理由はなんとなくわかるよ。魂の在り方を変えうる可能性を、できる限り無くして正常に循環させるためだね。
「……残念ですが分かりました。クーデリカ様がそう言うという事は、これは神に類する者の領分という事なのでしょう。神の愛し子たるエルナー君は条件に合致するということですね」
『エルナーと行動を共にしていれば、いずれ伝えられる日が来るですの。その日まで、秘密にすることを許してほしいですの』
それはここに居る全員へのお願いだった。アリーチェも例外ではなく、些か寂しそうに見えるのは気のせいなんかではないだろう。ひどく心が痛むけれど、こればかりは管理者に定められたルールとして、侵犯することのできない絶対的な物なんだそうだ。
僕が許されているのはエリカお姉様の愛し子などという訳ではなく、たんに管理者候補としてだ。当然ながら知る権利と共に制約もあったりする。悪用すれば即管理者となり、しかも監視付きで劣悪な状態となった世界線の管理をするらしい。
ただ、それもこの冒険を続けていれば、嫌でも世界の秘密に迫ってしまう事だろう。みんなに僕の状況を伝えるのは、その時になってからでも遅すぎるという事は無い。心苦しくはあるけれど、いづれは皆にも世界線の在り方を共有してもらいたいところだ。その時に、僕と同じようにこの世界線を守りたいと思ってくれたなら嬉しいね。
皆に見送られて転移を実行するよ。突然現れた僕達に驚いた様子を見せないアルシェーラ様が、風も無いのに枝葉をさざめかせて歓迎してくれた。
『よく来たの。エルナーに同胞クーデリカ』
「お久しぶりです、アルシェーラ様」
『お久しぶりですの。本日はお尋ねしたいことがあり参上しましたの』
泉の妖精達も一斉に僕達の周りに集まってくれている。踊るようにくるくると舞っていて、見ているだけでも目に楽しい。
黄金の魔力を放出し、妖精たちにプレゼントすると彼らの感謝の感情を強く受け取ったよ。
『相変わらず子らに愛されておるの。それでエルナーよ、聞きたいことは何ぞや?」
「単刀直入にお聞きしますが、アルシェーラ様は魂についてどの程度詳しいでしょうか」
僕の質問に数十秒ほどの沈黙があった。アルシェーラ様ほどの存在であっても、世界線の維持に関わる事に関しては慎重にならざるを得ないのだろうね。
『我なりに推測してからの答えとなるがの、魂とは基本的には不滅よの』
「『――ッ!』」
驚いた。完璧なほどに欲しい答えが返ってきたよ。僕とくーちゃんの様子から理解したであろうアルシェーラ様の思念が、含み笑いを湛えているのを感じたよ。
『ほほ、あの地の特性を考えれば思い至る事よの。ヒトは視界を塞がれれば出来ることは少ない。よってその確保に動くであろうの。その際、あの地の霧が魂であると知っている者や優しき者ならば躊躇する。であればこそ、望む答えは必然よの』
「あはは……恐れ入りました。全くその通りですが、不滅というのはどういう事でしょうか」
『ふむ、原理を知りたがるかの。良い、教えよう。魂とはそもそも、形無き“概念”であるの。それに魔力が交わることで存在が確立し、世界に巡って新たなる生命として宿る。あの地の霧の正体は、魂が纏う魔力の塊よの』
疑いようのないほどに断言して見せたアルシェーラ様からは、誠意に準じた感情しか伝わってこなかった。つまり今の話が事実であり僕が求めていた答えそのものという事。
霧の場の制圧によって魂を消滅させてなどいない。そのことを知れて僕の胸の内は安堵に溢れていたよ。
くーちゃんが僕の目元に翼をあてがい、溢れた雫を奪ってくれるから。耐える真似をせず甘えることにしたよ。
罪悪感に押し潰されそうになっていた心の澱みが取り払われた。妖精達に心配までさせてしまっていた僕の不安は涙に溶けて放たれる。晴れた僕の心情を悟った彼らは、嬉しそうに僕に纏わりついて疲れた心を優しく撫でつけてくれていたよ。
ここにきて良かった。ここに来たことが正解だった。間違えないで済んだ。その安堵からか、僕の目から止まることなく、勝手に涙が溢れていった。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
『同胞よ。エルナーは良い子よの。守護するお主もさぞ誉れ高いであろうの』
『まったくですの。この子はとても強く、優しく、繊細ですの。だから私もこのままではいけないと、強く思うですの』
思念同士のこのやり取りは、エルナーには聞こえていないですの。いわばこれは使徒同士の語らい。偉大な使徒であるアルシェーラ様は新米の私にとっては管理者と同じほどの存在でもあるですの。
だから魂にまつわる理解を得るためここに来ると知った時、同行を求めたですの。クゥナリアに言った事も間違いではないけれど、本音ではこの語らいを悟られたくは無かったからですの。
あの子は聡い。無言の時間が続けばきっと違和感を感じ取る。そんな気がするですの。
『アルシェーラ様。私は火の適性が極めて高く、魔法もそれなりに使えるですの。ですが、それは魔法であって使徒としての権能ではないですの。どうすれば権能を用いることが出来るですの……?』
『この地に降り立った時から本質的に理解しておる物であるはずだがの……。ふむ、思い当る節は無いのかの?』
思い当る節、ですの……? この地に再び降りる前、ソウドリであった頃から、二人は私の翼に包まれると安心して眠ってくれたですの。温かさが心地いいと言って笑ってくれていたから、私の自慢でもあったですの。
この姿、聖鳥クーデリカとして顕現してからも、二人は私に包まれると安心すると言ってくれているですの。それは確かに私の自慢でもあるし、特性と言えば特性なのかもしれないですの。
そのことをアルシェーラ様に伝えると、しばし熟考に入った後意見をしていただけたですの。
『おそらく、極めて珍しい例ではあるがの。同胞には癒しの力がありそうだの。我にはそこまでしか考えが及ばなんだが、エルナーなら何かしらの助言があるやもの。尋ねてみるといい、時には頼られるのも嬉しいだろうからの』
この方は本当に慈しみに溢れていると思うですの。以前エルナーが優しいおじいちゃんと例えていたけれど、それがしっくりくるほど面倒見がいい。今こうしてエルナーを包み、翼で零れる涙を拭っていても、エルナーの体から余計な力が抜けているのが分かるですの。
これが癒しの力という事であるならば、私にとってどれほど望ましい権能であることか。是が非でもより使いこなして、愛おしいこの子らの力になりたいですの。
『……アルシェーラ様。ご助言感謝いたしますですの』
『なんの。若い同胞の指導も年寄りの務めよの』
呵々と笑うアルシェーラ様に改めて敬意を示すですの。
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