第9話 くーちゃん
今日も魔法の勉強だ。
自然環境と魔力的エントロピーに触れたがこれは本来はまだまだ先の話だそうだ。というわけで基本からである!
「どうも、エルナーは理解力が優れているみたいだし、実践は早まりそうねぇ」
「それはそれで楽しみだけど、知識もきちんとしてないともしもの時危なくなりそうで怖いよ」
「それが分かってるなら大丈夫だと思うのよねぇ」
母さん、苦笑いより勉強しましょう!
「まず、魔法の発生原理ね。魔力は移ろい易いというのは理解してるわね?」
「うん、空気中の魔力は固定されてない限りは変質しやすい傾向にある」
「その通り。魔力そのものは実体はないけれど、魔力に干渉することで想像に寄せることができることが分かってるわ。想像が確実なものとなっているなら、魔力を動かすことで現象として生じる。これが魔法よ」
想像に沿って魔力が変質し発現に至るまでの速さは人によって異なり、その差が想像力なのだという。
確固としたイメージがあるならばそれだけ早く魔法が発現するのだとか。
でも少し気になることがある。
「質問良い?」
「ふふ、どうぞ」
「想像力が鍵になるのは分かったんだけど、それだけじゃ魔法は使えないよね?」
「どうしてそう思うのかしら?」
「だって、場の魔力が混沌としてるもん。自然環境の魔力的エントロピーが増大していると魔法を使おうとしてる存在にとっての魔力的エントロピーは減少しているわけで……」
「そうね、理解してるとそうなるわよねぇ。本来は実際に体験して魔力的エントロピーを理解するものなのだけど。この段階でエントロピー云々言うのはちょっと異常よね」
……母さん、息子を異常者にしないでください。貴女のせいです。
ともあれ確かに、と思う。普通の流れだと空気中の魔力を操作して想像力ごり押しで魔法を行使するという認識になるのだろう。
そして実際に行ってみて魔法が発現せず慌てふためくのだろう。ようやく魔法が使えると期待していたのに実はまだ覚えることがあるんだよと言われるのだ。鬼かな?
しかもその内容が難解である。そして注意しなければいけないこともあるのだ。きっと魔法を教える人はその経験を経ているから同じことをやらせるのだろう。
「もし、魔力的エントロピーについて知らないままだったら僕は一度絶望を味わうことになったんだね……母さんは悪魔かな……」
「……エルナー、私は教えたわよ? 私もね、師匠に絶望を与えられたからエルナーには味わってほしくなかったの」
「母さんは天使でしたか!」
神様ではない。レスター兄様とエリカお姉様の枠だもんね。
昼食を済ませ、自室で地図を見ながらゴロゴロしていたらあることに気づいて息を呑んだ。
くーちゃんのマーカーが、無い。え、噓でしょ?
そういえば今朝、父さんが動揺してたよね……もしかして今日の予定だったの分かってたのかな。
あぁ、胸が痛い。あまりにも早すぎるよ。
気が重い。いつもの川辺に向かう足が重い。笑顔で僕に手を振るアリーチェを見て泣きそうになった。
「……? えるなー、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。今日はどうしようか?」
「くーちゃんにあいにいこう!」
……あぁ、心が、沈む。アリーチェはどうするだろう。泣きじゃくるだろうか、それとも暴れるだろうか。飼育担当のおじさんを困らせてしまうかもしれない。
けれど、いつかは訪れる未来だった。それが相当早まっただけ。そう思い込むことにした。
「おじさん、こんにちは」
「こんにちは!」
「……あぁ、エルナーにアリーチェか。こんにちは」
「おじさん、くーちゃんいる?」
父さんが話したんだろう、おじさんが僕を申し訳なさげに見る。
僕はおじさんに頷いた。たぶん、おじさんに僕の覚悟は通じたんだと思う。おじさんも頷いてくれた。
ここからは大人の役目だと言わんばかりにおじさんはアリーチェの目線の高さに合わせて屈んだ。
「アリーチェ、くーちゃんはもういないんだ」
「え? なんで?」
「もともと、今日の予定だったんだ。くーちゃんはもう、いないんだよ……」
謝ることはない。正しいと思う。だって謝ってしまったらおじさんの仕事は悪になってしまう。
アリーチェも畜産のことはなんとなくわかっているのだろう。『もういない』の意味を悟ったのだろう。
ぺたりと、地面に座る。ただ静かに涙をこぼしている。暴れるではなく、叫ぶでもなく。ましてや喚くでもなく。ただただ静かだった。
「そっか、くーちゃん、みんなのために、がんばったんだね」
「「……っ」」
僕は思い違いをしていた。アリーチェは覚悟していたんだ。そうだよね、この村に住んでるんだ。今までだって家禽を絞めて納品してきたんだ。
強い子だ。おじさんも同じ思いを感じてるだろう。僕とアリーチェの頭をひと撫でして一言、待ってろと言って奥へと消えた。
「アリーチェ。こうなることは分かってたんだね?」
「……うん。でも、はやかったかな」
「……そうだね」
アリーチェを抱きしめる。僕はこれから酷い事を言うつもりだ。けれど必要だと思うから。
アリーチェの顔を僕の胸に当てる。
「アリーチェ。我慢しないでいいんだよ。声を上げて泣いても、いいんだよ?」
「……うぅ、うあああぁぁぁぁ……」
悲しさを我慢なんてしなくていい。辛さは僕と分け合えばいい。くーちゃんとの思い出は半日となかったけれど、僕たちは確かに友達になれたんだ。友達を亡くして強い悲しみを我慢なんてする必要は、ない!
どれくらい経ったか、アリーチェが落ち着くのを待っていたのかおじさんが何かを持ってきた。
「二人とも、これを。あのソウドリ、くーちゃんだったな。くーちゃんの羽根で作った羽ピンだ。それと細工師に頼んで、小さい骨だが首飾りを作ってもらうよ」
「えっと、いいんですか?そこまでしてもらって」
「いいんだ。長い事この仕事してるがくーちゃんを絞める前、なんだか不思議と満ち足りた印象だったんだよ。こんなことは初めてでなぁ」
貴重な体験だったよ、と言って笑いながら僕とアリーチェに羽ピンを付けてくれる。
「あはは、アリーチェ可愛いよ!」
「えるなーも、かっこいいよ!」
「二人ともよく似合ってるな」
悲しみを吹き飛ばすように、三人で笑う。大好きな友達へ、僕たちの笑顔を捧げよう。
―――――――――エリカside―――――――――
回収されてきた魂の一つにどうしてか惹かれる。
浄化する前に少し調べてみると驚くことにエルナーと短いながらも確かな絆が生まれていたソウドリの魂だった。
(そう、あなたはエルナーと友達になったのね。最期に穏やかな気持ちをくれたエルナーともう一人の女の子に感謝と心配があるのね)
本来、魂の浄化をせず定着させることはない。しかしながら別の方法で浄化せず世界へ降り立つことが過去にあった。
「ねぇ、もし私の提示する条件を吞んでくれるならエルナー達のもとへ送ってあげるわ」
魂に発言する能力はない。けれど管理者にとっては問題とはならない。
ソウドリの魂は望む。またあの愛おしい者たちに会えるならば、なんだってやれるのだと。
「そう。私は地上へ降りることはできない。エルナーを、エルナーが大切にしているものを守ってあげることはできないの。だからあなたには『使徒』としてあの子を助けてあげてほしいのよ」
それは管理者としては間違った行いではあるのだろう。けれどエルナーは少し特殊だ。なにせ管理者二人に名を与えその二人の弟となった。この程度の職権乱用は許されるだろう。少なくともレスターは許す。
魂は答える。それはむしろ望むところであると。
「ありがとう。ではあなたを使徒に任ずるわ。肉体から作らなければいけないから今すぐとは行かないけれど、近いうちにあなたの存在は地上に生れ落ちる。任せたわよ? 『聖鳥クーデリカ』」
なお、このことを知ったレスターは珍しく褒め称えてエリカを怯えさせた。
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