彼女も同じ
「何か見えました?」
可愛らしい声が聞こえて、ハッと顔を上げる。すっかりカップのコーヒーに夢中になって、二人で来ていることを忘れていた。
カフェのテーブル、向かいに座っているのは大学時代の後輩で、こうして会うのは卒業以来だから、三年ぶりになる。
「いや、何も」
他愛もない噂だ。この店のコーヒーにミルクを垂らして、十秒待つと、その人が一番大切にしているものが浮かび上がってくる。占いとかが好きな連中が好みそうな、根拠のない戯言だ。
そう思っていたはずなのに、何が浮かび上がるのか怖くて、声をかけられるまで見入ってしまった。
「私、この噂が本当かどうか、確かめたいんです」
後輩はひさしぶりに連絡して、僕をカフェに誘った理由をそう告げた。
「だって、もしお金に見える絵とか、家族に見える絵が浮かんで来たとしても、当たっているかどうかなんて、本人にしか……いえ、本人にもわからないじゃないですか」
「本人にならわかるんじゃないか」
「いえ」
私が本当に大切にしているのがアレなのか、どうしても確かめなきゃいけないんです。そう言った彼女の眼差しは冷たく「好きな人がわかるらしいよ」「え、マジ」と隣のテーブルで離している学生たちとは、まったく違う深刻さを感じさせた。
「でも、なんで俺が」
確かめたいのなら、友達とでも一緒に来ればいい。
「先輩の一番大切なものなら、知ってますから」
彼女の視線に耐えきれず、顔をそらす。
「それで、見えたんですか?」
「いや、何も」
「じゃあ、やっぱり噂はただの噂なんですね」
落胆したのか、安堵したのか、彼女の表情からは伺い知れない。ただ、何か重荷が下りたように、緊張が解けて少し柔らかい顔つきになった。
彼女は誤解している。
僕はそんなに一途でも誠実でもない。もっと身勝手で邪悪な人間だ。
ただ今も独身だというだけで、三年前突然失踪した同級生の恋人を、僕が今も想い続けていると信じているのだ。
「ああ、ただの噂だよ」
あのときコーヒーカップに浮かんだのは、僕の顔だった。
当たっている。
口論の末に殺してしまった恋人を、山に埋めたくせに、心配しているふりを続けるくらい身勝手に自分のことを愛している。
僕は僕が一番大切なのだ。
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