第35話 信頼

 俺が、突きつけている。


「得意の魔法をやぶられた後のことを考えていなかったのが、お前の敗因だな」


 技を、《剣魚》を破られ、次の手を用意していなかった時点で、俺の接近を許してしまうのに十分な時間を与えてしまう。


 スタンは肩をすくめ、


「いじわるな人だ。魔法なんかじゃないってわかっているでしょう」

「ああ、お前の泳ぐ剣の秘密は、糸だ」


 スタンの右手の薬指に金色のリングがはめられている。そこから延びる白い糸。風に揺らめき空中を泳いでいる。

 魔法だと思っていた。違った。


「まぁ、魔力は使っていたから完全に違うわけではないけど、剣に糸を結び付けて操っていた。【魔法使い】の魔法よりも【剣士】の使う技に近い」

「厳しい言い草だ。私も、これでも【剣士】のつもりなんですけどね。そんな言い方をされると【剣士】じゃないと否定されているみたいだ」

「ごめん。あまりにもお前の使う技が【剣士】の技のスタンダードから外れていたからな。普通の【剣士】じゃあ思いつけない技術だ」


 奪っていたスタンの剣を投げて返す。


 抜き身の剣を投げて、少し慌てる反応をするかと思ったが、柄の位置をあっさりと見抜き、パシッと掴む。


「どうも」


 そして、平然な顔をして立ち上がり、戦闘前に投げ捨てた鞘を拾いに向かう。


「だけどよぉ、どう考えてもその《剣魚》って対人用の技じゃねえか。俺に対する攻撃も人間に対する暗殺術みたいに、必殺のポイントを的確についていた。警備隊の隊長が使う技とは思えないが……魔物戦で役に立つのか?」

「今日使った剣は一本だけでしたが、使える剣が一本だけだと誰が言いました? 使おうと思えば、何本でもボクは剣を泳がせて見せます」


 そう言って、切れた糸が結び付けられているリングを見せつける。


「それに、魔物でも生き物ではあります。突かれたら致命的なポイントは必ずある。暗殺術というのは的確な例えです。まさにボクの技はあらゆる生き物に対する暗殺術なんですよ」


 くるくると返却された剣を回し、大きく屈んで、自らの踝に切っ先を突き立てた。


「何を……⁉」


 いや、突き立ててはいなかった。ブーツを切裂かない程度に押し当てているだけだった。


「足元への攻撃。普通は苦手でしょう? それに、後ろからの攻撃」


 次は腕をぐるりと回し、自らの背中に器用に切っ先を突き立てる。


「ボクは今腕を使って剣を動かしています。これが普通です。他の生物も腕、口、足を使う個体はそういませんが、ある程度パターンがある。ですが《剣魚》はそのパターンに当てはまらない。想定されていない角度から襲い掛かってくる剣の魚。そう対処できる生き物はいません。ましてや知性のない魔物だったら」

「なるほどね。やっぱり、剣士というより、暗殺者じゃないか」

「まぁ、そうは言っては欲しくはないんですけどね。これでも立派な騎士のつもりですから」


 苦笑しながら肩をすくめるスタン。


「一撃で殺して仲間を守れるのならいいんじゃないか? まぁでも、本気は出してなかったってことだな」


 首元を撫でる。


「本気を出していない?」


 スタンは不思議そうに首を傾げた。


「? だってそうだろ? 操ろうと思えば何本でも剣を操れた。今回はそれが一本だけだったじゃないか」

「ああ、一本だけしか持ってきてませんでしたからね。元々あなたと戦うつもりはなかったですし、流れと勢いで決闘を申し込んでしまいましたが……」

「そんな気楽に決闘を申し込むな」

「本気は本気ですよ。今できるコンディションの全てを使ってあなたに挑んで、負けた。それだけです。ボクが準備をしていたとしたら、あなたも準備ができていたでしょう? それに、普通の人間はさっきも言ったように、想定されていない軌道からくる攻撃に対処できません。あなたはこともなげにやっていましたが」

「ああ……」


 まぁ、ちょっとは焦ったが、いろんな魔物と戦ってきた経験値からか、なんとか対処ができた。


「三百六十度。全方位からくる攻撃を受け止める。想像はたやすいが、実際にやってみると恐ろしく難しい。このユノ村警備隊でも誰も対処できない、凄いですよ。ましてや【凡人】のあなたが……」

「待て、そんな誰も対処できないような技を、あんな本気で殺しにかかる軌道で放ってきたのか⁉ お前、本当に対してメチャクチャ恨みを抱いてんのな! 親でも殺されたレベルの恨みじゃねぇか!」


 首元だとか頭だとか……! 


「それはボクの信頼の証しだと思ってください。レクスさんなら絶対に対処できるだろうと信頼して放っていたんですよ」

「お前、そんなこと言って対処できなかったらどうしたんだよ」

「でも、できたでしょう」


 ニヤリと笑うスタン。


 何笑ってんだ。サイコパスか。


「全く。お前も危なかったんだからな……」

「?」


 首をかしげるスタンを伴って、店へ戻っていく。

 もしも、俺が死んだとしたら、あいつ、黙ってないだろうしな。


「…………」


 扉の前には、不機嫌そうにこちらに目を向け、待ち構えている【魔王】の姿があった。


「———多分だけど」

「何です?」

「何でもない」


 いろいろあった。

 面倒くさいことも、ここまで、いろいろ。

 だが、この日をもって、ようやく俺はユノ村に受け入れられた。

 そう確信を持てた。

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