第19話 ベイル登場

 ロッテは、特に気にする様子もなくニコッと微笑み、


「ですよね。夫婦だけのあだ名って、他の人には呼ばれたくないですものね。わかりました。では、改めましてリコリスさん。あなた方の助手として誠心誠意尽くさせていただきますので、何か少しでも困ったことがあれば、何でもおっしゃってください」

「……ん」


 おや、随分とそっけない。

 うまい飯を作ってくれたし、昨日から随分と親切にしてくれたのだから、もうちょっと愛想よくしてもいいのに。

 【魔王】はロッテも見もせずに適当に相槌を返すだけだった。

 ロッテは気にした様子もなくニコニコと笑ったままで、


「それで、今日はどうなさるんですか? やっぱりデスグリズリーを討伐したのですから、高ランクの討伐依頼をやりますか?」


 ワクワクした様子で身を乗り出して尋ねてくる。


「いや、それはまだ考えてないけど……」

「やりましょう! 村のみんなにレクス殿は凄いってところを見せつけてやりましょう! バンバン高ランク依頼をこなしたら、皆レクス殿のことを見直しますよ!」


 見直す?


「ロッテ、ずっと気になってたんだけど、俺この村の人たちにあんまり歓迎されていないよな?」

「えっと……」

「な?」

「……はい」


 しょんぼりとした様子で渋々認めた。


「なんでだ? このユノ村に初めて来たときは、結構歓迎されたけど」


 アランと共に来たときは、まるで王族が来たかのように大通りの両脇に見物人が集まり、まるでパレードのように勇者ご一行様を歓迎してくれた。その経験があるからこそ、この村に戻って来てからの腫れものを扱うような村人の態度に納得がいかない。


「それは、ちょっとした前例が……」


 前例?

 すごく言いづらそうだが……。


「その答え! このオレ様が教えて進ぜよう!」


 バァンと扉が開いて、男が入ってきた。


 貴族だ。


 金色の装飾が入った豪華な服。しっかりと整えた清潔な髪。ワカメのように波打っているが、均等にムラがなくこだわりがあってあの髪型にしているのがわかる。


「誰だ?」

「フッフッフ……!」


 タレ目の男は意味深に笑い、ゆらゆらと俺たちの家の中に入ってくる。

 お邪魔しますも言わず、家主の許可もなくずんずんと入ってくる無礼な男。だが、どこか親しみやすい雰囲気を醸し出し、不思議と不快な気持ちが沸き上がって来なかった。


「これはこれは……愛に生きて会いに死ぬと決めた勇者パーティからの脱走者。レクス・フィラリア君。挨拶が遅れて本当メンゴ。俺の名前はベイル・・スパイン・リアトリス」

「リアトリス⁉」


 そんな馬鹿な、そんな名前を持つ人間がここにいるはずがない。

 思わず大声を上げて立ち上がってしまった。


「ハァ……」


 そんな俺のリアクションとは対照的にロッテはため息とともに額に手を当てている。


「リアトリスって……この国の、スパイン王国の王族の名前じゃないか!」


 ガンロウズ・スパイン・リアトリス3世。それが国王の名前だ。


「そうそう。俺は王様の十番目の子供……十男坊ってキリはめっちゃよくて気に入ってんだけど、音が悪いよね。ダハハッ! まぁそんなことはどうでもいいんだよ。とにかく俺はレクス君とホントに仲良くしたいんだよね」


 俺の手を無理やり取って、握手をし、その手をぶんぶんと降り始める。


「その人のせいですよ……」

「ああ、ロッテ……何でそんなに呆れたようなリアクションとってるの? このベイル、さんはメチャクチャ偉い人だろ?」


 身分だけで言ったら、俺たち平民が近づくのもおこがましいほど高い身の上のはずだ。

 だが、ロッテはジト目をベイルに向けたまま。


「ベイルさんは、王都でやらかしてこの村に飛ばされているんです。この村に来ても問題ばかり起こして……ついたあだ名が、」

「追放王子‼ そのあだ名も気に入ってるんだぁ」


 ロッテの言葉を遮って、嬉しそうに蔑称と思わしきあだ名を名乗る、ベイルだった。

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