第8話  側妃?正妃?

 資料の束を手にエレノアは訝しる。

 どうもおかしい。側妃でこんなに盛大に式を上げては正妃はどんだけなのだろうか?これではまるで皇太子の正妃扱いではないか。


 そこでふとエレノアは気がつく。まさかまさか???

 小首を傾げてフリードに問いかけた。


「あの、ひょっとして私はフリード様の正妃になるのですか?」

「あぁ?!」


 その問いにフリードが唖然として顔を上げる。その表情が青ざめて強ばっている。やっぱり正妃ではない?と安堵したら、フリードが真っ赤になって立ち上がった。


「お前!!一体誰に嫁ぐつもりだった?!」

「ええっと?フリー‥‥」

「マルクスはダメだ!!あいつとは一つ違いだし話も合いそうだが!恐ろしくモテるが女を歯牙しがにもかけない。あっという間に捨てられるぞ!!」

「へ?」

「気遣いができるから勘違いしやすいがあれは絶対ダメだ!お前にまとわりついているのだって、からかっているだけだからな!」


 なぜ?どうして?何を言っているのだろうか?なぜここでマルクスの名が出てくるのか?仲良さそうに見えたが弟なのにここまで悪様にこき下ろす?

 よくわからないがとにかく落ち着いて欲しい。

 

 状況がわからずおろおろとローランドに助けを求めるも、ローランドは下を向いて手で目元を覆っていた。疲れているのかしら?


「いえ?あの?」

「その点オレは誠実だ!妻は一人だけだ!側妃も寵妃もおかない!!お前だけを一生大切にする!!」

「側妃をおかない?」

「おくものか!!!」


 フリードが声を荒げて宣言する。

 あれれ?側妃も寵妃もおかないのなら‥‥やはり自分は正妃?帝国皇太子の?元敵国の将軍なのに?!

 ざぁと血の気が引いた。エレノアも思わず立ち上がってしまった。


「私が正妃などあり得ません!!」

「何を今更言っている?!お前の正妃待遇は和平条約に記載されているぞ!オレでは不満か?!」

「聞いておりません!フリード様の側妃だと思っておりました!!!」


 エレノアが目をつぶって力いっぱい叫んだ。その絶叫にフリードがガチンと固まった。

 二人の間に沈黙が落ちる。


 しばし後、フリードの顔がさらに赤くなった。耳まで真っ赤だ。体を震わせ口をパクパクさせている。


「今オレが言ったことは忘れろ!!!」

「正妃の件ですか?」


 エレノアが冷静に確認すれば、フリードの顔はさらに赤くなる。


「違う!もっと前だ!!」

「側妃をおかない、でしょうか?そうですよね。」

「そこじゃない!側妃は絶対おかない!絶対だ!なんなんだお前は?!」


 あれ?さらに怒り出した?帝国皇帝ともなれば、側妃をおかないは流石に無理でしょう?軽々しく宣言していいのだろうか?しかしもっと前となると‥‥

 エレノアは両人差し指をこめかみに置いて一生懸命思い出そうとする。


「えーと、えーと、私がマルクス様と結婚するとフリード様が勘違いなさったところですか?」

「行き過ぎだ!そこでもない!が!そこも忘れろ!!鈍いのか?!わざとやっているのか?!なぜ肝心なところを覚えていない?!聞いてなかったのか?!」


 あれ?ここでもない?どこまで遡るのだろう?

 いきなり忘れろと言ったり覚えていないと怒ったり。挙句は頑張って思い出したのに忘れろと言う。なんだか本当に面倒くさい。


 はたと見ればフリードの顔は真っ赤で呼吸が浅い。これは?


「フリード様?大丈夫ですか?まさかご気分が悪いのでは?!」


 エレノアの反応にフリードは信じられないと言うふうにいっそたじろいだ。


 失礼いたします、と一声かけて近づきフリードの額に手を当てる。ひどい汗だ。

 エレノアは前のめりのフリードの肩に手を置いて背伸びをし、自分の額をフリードの額にコツンとつける。フリードが目を瞠る。

 至近距離で顔を覗きこまれフリードが固まった。


「熱はない様ですね。お辛いですか?私も戦場に身をおくものとして多少の医療の心得があります。何か病かもしれませんね。ローランド様、医師を呼んでください。」

「ローランドは呼び捨てでいいと言った!オレから顔を離せ!!離れろ!!医者はいらん!!」


 喚くフリードを座らせローランドの姿を探すも、先ほど立っていたところに姿が見えない。

 下を見下ろせば、ローランドは俯いてしゃがんでいる。目元に手を置いて体を震わせている。この男も気分が悪いのか?


「ローランド!まだそこにいたのか!!さっさと出ていけ!!」


 フリードが怒鳴りつければ、ローランドは目元を覆い肩を震わせながら無言で礼をして部屋を出て行った。

 くっくっと殺した声が聞こえる。なぜ泣いているのだろうか?気分は大丈夫だろうか。医師を呼んで欲しかったのだが。




 はぁと息をついたフリードが額に手を当てて俯いた。


「お前のその鈍さはどこから来た?それでは王族としてやっていけないぞ?」

「鈍くはございません!部下の体調には機敏でおります!」

「そういう意味じゃない!!どうして噛み合わないんだ?!」


 悲鳴のような声がする。そういえば兄嫁にも似たようなことを言われた。あれはどういう意味だったろうか。

 将来夫婦になる男性だ。難しいがきちんと歩み寄らなければ。


「はっきりおっしゃってください。直せるところは直したいと思っております。」


 フリードの傍に膝をつき、目を見てそういえばフリードは言葉を詰まらせ顔を背ける。


 またこの態度だ。これでは直しようもない。戦場で打ち合った間柄だが、この男の実直さはよいと思う。仲良くなりたいとさえ思えてきているのに。


「直さなくていい。ただ先ほどのような手当はもう他にするな。他のものには絶対許さない。体調の心配ならオレだけにしろ。」


 そっぽを向いてぼそりとそう言われ、エレノアは微笑んだ。


「それではいつもフリード様のお側にいなければいけませんね。」

「いつもオレの側にいればいい。許す。」


 耳まで赤くして顔を背けた不遜な物言いがなんだか可笑しく聞こえ、エレノアはさらに笑みを深くした。


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