第6話

「トライセラ殿下、私は別に人の死を望んではいません。どうか落ち着いて私たちの話を聞いてください」


チャーミングレイブンという技は本気の戦いなら殺傷能力抜群の技だったが、剣の鞘は抜かず手加減したため二人に傷一つつかなかった。ただ、峰打ちの要領だったのだが最強の騎士ジェシカが剣を抜いたため、二人に強烈な恐怖を与えるには十分すぎるものだった。ジェシカがこの国の最強の騎士だっただけに。


「「はい!! 落ち着きます! 話を聞きます! だからこれ以上はご勘弁を!」」


さっきまで暴れていた王子と執事、二人揃って土下座されてしまった。またしても異様な状況になってしまった。


「……やりすぎたわね」


「お嬢様、問題ありませんよ。所詮は心弱い男に問題があるのですから」


やや引きつった笑顔のリリィに対して、ジェシカは曇り一つないさわやかな笑顔だった。



「先程は失礼いたしました。私は第二王子トライセラ殿下の専属執事コアトル・ケツアールと申します。そして、殿下の早まった行いを止めていただき深く感謝致します」


「私も突然あのような行動を起こして……申し訳ありません! 出過ぎた行動でした!」


「いえいえ、私は気にしておりませんので」


しばらくして二人が落ち着いたため、元王太子マグーマ王子の話に変わった。


「兄が行方が分からなくなったのは昨日の夕方辺りですね。朝、寝室にもいなかったので探してみたら王宮から抜け出したことが分かったのです」


「抜け出した? 私が誘拐したという話はどこから来たのでしょう?」


「………兄とよく話す弟が言い出したことで………ひいっ!?」


トライセラの口から兄と弟と聞いたジェシカは大体察して、よからぬ雰囲気を露わにする。見て分かるほどの殺気だ。


「ほほう………では、バカ王子なんぞと仲が良かったガキ王子が言い出しっぺと………」


「元凶は兄なのです! だから幼い弟はお見逃しください!」


ジェシカの殺気を感じて、必死に弟の助命を懇願するトライセラ。そんな姿を気の毒に思ったリリィはジェシカを軽くたしなめる。


「落ち着いてジェシカ。それと殿下、子供の言い出したことですから大目に見ます。ですから、幼い殿下にはしっかりと言い聞かせてくださいね」


「! リリィ様……」


リリィに笑顔で慰められたトライセラは、目に涙さえ浮かべて感激した。大げさな表現だったが、ほんの少しの慰めですら癒しに感じるほど追い詰められていたのだ。昨日から愚かな兄のしでかした騒ぎの収束のために動いていただけに、ろくに休んでもいない。リリィが美人なこともあってか、女神に癒された気分になったのだ。


「はい! もちろんにございます! お慈悲をくださり感謝致します!」


「え、ええ………」


トライセラの感激ぶりにリリィは表では笑顔を浮かべつつも内心ではドン引きする。第二王子をここまで追い詰めるマグーマ王子と国王夫妻に。


「同じ親を持つ王子で、ここまで違うか……」


そんなトライセラ王子を情けないような者を見るような目で見るジェシカは心底軽蔑する。リリィを捨てて男爵令嬢を求めた愚かなマグーマ王子に。


「殿下………そういうのは普通、立場が逆ですぞ」


執事もトライセラの弱り切った心が哀れに見えて仕方がなかった。だからこそ恨めしく思った。マグーマ王子と国王夫妻に。


「マグーマ王子が行方不明であることは分かりましたわ。では、私達も独自に捜索を行います。王子一人が行方不明となれば少しの間は国内が騒がしくなりますから事態の収束のためにも協力します」


「! リリィ様、それは嬉しいのですが兄とは……」


リリィはマグーマの元婚約者。しかも婚約破棄した身の上だ。そんな男を探し出すというのは、複雑な気がするはずだ。自分が同じ立場だったらいい気はしない、トライセラはそう思ったが、リリィは彼が言わんとしていることを察して笑顔でこう答えた。

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