第2話 喫茶店『ア・ミン』の軒先で… side:ラベリア・ド・ダースクラム

 運命の出会い、と言うものに、ひときわ心惹かれるものがある。まだ日本人だった頃からこの方、幼い頃の片想い以来、何というかビビッ!っと心に響かないのだ。せっかくこんなに美形ばかりの異世界ファンタジー世界へ転生したと言うのに。


 質素ながらもしっかりとスプリングと振動軽減の魔法が効いて、玄人が見たら目を瞠るような高性能馬車の窓枠に頬杖ついて、王弟ポワティエ公の息女、ラベリア・ド・ダースクラムは、ちょっと溜め息なんて吐いちゃったりしながらも、ご通勤あそばされている最中であった。


 毎朝過保護で激甘な両親+ちょいダメ兄貴とのちょっとした闘いに、少し疲れているのもある。やれ最高級の馬車をお使い?そうだ、馬車はウチのユニコーンに引かせましょう!妹よ、可愛い子が居たら是非この兄に引き合わせグハァッ!


 いずれも丁寧にお断りし(兄には黄金の左ジャブをおみまいした)、今日も今日とて、喫茶店「ア・ミン」のウエイトレスとしてのお仕事に向かっていた。両親は今でも消極的反対であるが、由緒も格式も備えた喫茶店「ア・ミン」の威光と娘のおねがいの前には逆らえないのであった。


 馬車の御者は、幼い頃から身辺の警護役、なおかつ親友として過ごしてきたミシェルである。彼女は公爵領元帥のジャン・グローリーの娘で、武術・魔法を達人の領域にあり、趣味もよく合い、一緒によく買い物に行く付き合いだ。ウエイトレスの仕事も一緒にしている同僚でもある。一目見たら小柄で可愛らしい少女であり、客層のウケも良い。


 王太子との婚約破棄と、彼の不正蓄財・謀反計画の暴露ぶち上げで壮大な「ざまぁ」をおみまいしてから、既に4年。王国歴3300年に起きたこの事件直後は、廃嫡された旧王太子派の襲撃が盛んにこの街で繰り返されたが、父・ダメ兄貴のフィリップ親子とミシェルのお陰で事なきを得て、今はもう安全といえる状況に落ち着いた。


 情勢の落ち着きを見てとったラベリアは、これまでの4年間の引き篭もりを取り戻す勢いで、この年の6月頃からお出かけ魔と化していた。もちろん、傍にはミシェルを伴って。


 アマルダの街は、代々の王弟や王族が拝領したポワティエ公爵領の領都として、南北4キロ、東西5キロの楕円形をした城壁に囲まれた街である。王都から20キロ南西にある王国第二の都市であり、商業都市として栄えていた。


  ひと月前、ラベリアがミシェルと共に領都アマルダを散策して見つけた喫茶店「ア・ミン」。公爵邸からおよそ500メートル東へ向かった、飲食店街に佇む、お洒落な植物の蔦を模した装飾を施された、石造りの二階建て、趣ある喫茶店であった。


 その歴史は古く、アマルダの街が創建された570年前から存在し、1000年の料理修行を経たという、エルフの老紳士がオーナーである。彼が深淵なる料理道の果てに辿り着いたのは、こだわり抜いた至高の紅茶とカボチャパイのセットであった。この店には、その他のメニューは一切ない。お持ち帰り用の、「ア・ミン女神のカボチャ饅頭」以外は。


 彼の創り出す、至極のカボチャパイの美味たるは天上界にもそのウワサが広まっていたとか。それを聞きつけた、2人組の歌の女神が降臨し、神御用達の太鼓判と、名前の無かったその女神達が「ア・ミン』という名前を名乗るほどに気に入ったという伝説の喫茶店である。


その店内には、女神が自らの歌声を披露したという小さなホールが併設されており、実は聖堂の役割も持っているのだった。勝手にア・ミンの女神達に大司教へと任命された店長は、仕方なく告解室という名のグチ聞き部屋を新設し、迷える子羊達の悩みに耳を傾ける業務にも従事している。


ついでに増えた観光客対策に置いたカボチャ饅頭も、これまた売れ行き好調であったため、いつも賑やかな喫茶店であった。


 この世界でもカボチャは、8月から収穫が始まる。すっかりカボチャパイの知名度のおかげでアマルダの街の隣村、マロンの名産品となったカボチャは、最上品を喫茶店「ア・ミン」へ、次点の品を公爵家へ納品している。

 今年は天候に恵まれてカボチャも質がいいと、農業にだけは情熱を見せるホクホク顔の兄の話を思い浮かべる。


「ねぇミシェル?きっと最上級のマロン産カボチャを使ったカボチャパイ、さぞやおいしいんだろうなぁ…食べていかない?」


 彼女にそう聞いてみると、満面の笑みで、

「ハイ!良いですね!アマルダっ子として、いつかは食べたかったのですけれど、中々機会がなくて…私も初めてです!」


 そう、彼女は子犬系女子なのだ。可愛い。思わず撫でてあげたくなってしまうが、ガマンして…私達は喫茶店「ア・ミン」の扉を潜った。


 カランカラン、とカウベルの音と共に、芳醇な紅茶と、匂いだけで美味しいと分かるカボチャパイの香りが鼻をくすぐった。朝食をしっかりと食べていなければ、盛大にお腹の虫が大合唱を始めた予感すらする。


 エルフは平均、2千年の長寿を保つ、長生きな人種だ。更に老化が遅く、20歳ほどの容姿を長く維持出来るため、中々年齢が読めないのが常だ。カウベルの音に振り向いたマスター兼オーナーは噂通りの老紳士の容姿であり、恐らく1800歳といったところであろうか?


「…いらっしゃい、お嬢さん方。ご覧の通り、丁度他のお客さんが捌けて、どの席でもご自由に座れますよ。どうなさいますか?」


 響くような低音ヴォイスと、流麗な緑色の瞳に、深い森のような気配を感じた。流石、料理の深淵を覗いたとの噂のオーラだ。


 こういう場合、受け答えはいつもミシェルに任せているが、今日は5秒経っても一言も発しない。どうしたのか?と横を見ると…


「……ハフゥ……」


 マジで恋した5秒後の彼女がいた。もう、目がハート。胸焼けしそうなフォーリンラヴ波動を、恥ずかしいくらいに発する彼女に、瞠目してしまった。


 これは後で散々揶揄ってやろうと、機能停止した彼女に代わって、席を決め、この店で唯一のメニューを頼む。オーダーを取って離れて行ったオーナーを目で追いかけるミシェルに、強烈なデコピンをおみまいしてやった。


 ワタワタと慌てる彼女には悪いが向こう1週間はこのネタでのイジりが決定したので、ニタニタと眺めてやる。


 そこにオーナーが、お待たせしました、と、紅茶とパンプキンパイを運んできて、またミシェルは借りてきたネコ状態に。すかさず私はカメラ風魔道具で撮ってやった。


 もう完全に真っ赤になったミシェル弄りはこれくらいにして、そろそろ件のパンプキンパイを頂く。まずは紅茶から。


 ほぅ…王宮での暮らしも長かったが、そこでも味わった事のない、深みのある美味しい紅茶だ。飾り気はないが、それがより味を引き立てている。是非、今度はお母様をお連れしたいわ。


 話題のパンプキンパイに手をつける。見た目は変わった所のない、普通に美味しそうなパンプキンパイだが、果たして…


 ひと口。世界が変わるほどの衝撃が私を襲った。カボチャ本来の旨味を引き立てる、素晴らしい技術の数々と、カボチャ以外の雑味が一切無いことへの衝撃、そして、併せて飲む紅茶と奏でるハーモニー…


 こうして、私はこの店のパンプキンパイセットの熱烈なファンになると共に、この味の秘密を暴きたい衝動に駆られで、気付いたらオーナーにアルバイトとして雇って下さい!と、それは見事な土下座をかましていた。ミシェルは大混乱、うっかり私の正体を漏らしてオーナーも大混乱、私も自分の行動に大混乱で、カオスと化した店内であった。


 ちょうどウエイトレスの子が3人同時に寿退社をしてしまい、オーナーとしては渡に船の申し出であったため、家族の許可を得られたら、という条件で認めてもらった。


 さて、行動力はある方であったため、早速その日には家族内根回しを完了、家族からはミシェルも一緒なら、という条件で早々に折り合いを付けた。この間、僅か20分。そのまま店へとって返し、オーナーへ公爵直筆の許可証を提出して、まずはめでたくひと月の研修からのスタートとなった、そんな8月であった。


 王宮の礼儀作法と比べれば、ゆるい研修であった。ミシェルもそつなくこなして、今日、9月の水の曜日から正式に、この店のウエイトレスデビューである。嬉しくて制服を自室で着て、そのまま出勤してしまった。流石に公女がウエイトレスとバレるとマズいので、高度なメガネ型変身魔法の道具を使い、本来プラチナブロンドのお嬢様な私は、眼鏡をかけた黒髪の地味なウエイトレスに見えているハズだ。


 適当なところで馬車を降りて、店へ向かうと、急に土砂降りが私を襲った。


「ひゃあ!本降り!冷たい‼︎」


 ミシェルと共に、慌てて店の軒先へ飛び込んで、コートや髪の水滴を払う。


 ふと人の気配が、同じ軒先に飛び込んだ。その気配に害意は無いため、そのまま雨を払う。


 それから10秒ほど、気配を見るに、その人は私の顔を見つめて固まっているようだ。すると。


「すいませんね、ハハッ!きゅ…急に…急に本降りですもの、参っちゃいますね!」


 神もかくやの美声での呼びかけに、バッとその人の顔を見れば…爽やかな、好みドストライクのパッチリふたえのエルフの青年が、蕩けるような笑みでこちらを見ているでは無いか!


 世界から、音が消えた。ドクン、ドクン、と、私の心臓の音だけが響いている。それは、永遠に感じる一瞬だった。


 フワフワと、彼の全身を眺めて、笑顔の口元、前歯から右に4本目に虫歯を見つけた。可愛い。


 イケメンスマイルのクリティカルヒットで意識を持ってかれてしばらく、ココ・オミセ・ワタシ・テンイン・アンナイ・ヒツヨウ、と、神の啓示が降りた。その勢いのまま、


「…あ、い、いらっしゃいませ!喫茶『ア・ミン』へようこそ!っただいま開店準備中ですが、そのように濡れてしまっては寒いでしょうし、暖まって行かれませんか⁉︎」


 あそこからここまで言葉を発せるほどに立て直した自分に花丸を上げたい。しかも、店に誘い込めば、お話しするチャンスまで⁉︎えらい、あざとい、よくやった、自分‼︎


 と、おかしなテンションの自分に少しドン引きしつつ、彼の反応を見遣る。


 彼は哀しそうな笑みで、この後用事を果たさねばならない事を私に告げる。なんてこったい…


 せめて何か、この繋がりを維持できる策は…アタマをフル回転させていると、ここまでずっと無言だったミシェルが、ハンカチ…と囁いた。


 そうだ!昨日試作したス○ーピーのハンカチを、コートのポケットに入れていたんだった!ナイスアシスト、ミシェル!


 私は、こんなものしかありませんが…と、真っ赤になりながらハンカチを彼に差し出した。彼はまたイケメンスマイルを浮かべて、私にお礼を言ってくれた。


「ありがとう。いつかこのお礼は必ず。貴女も、風邪など召されませぬ様に…」


 そう言って彼は、颯爽と雨の中を走り去って行った。私はボーッと突っ立って、見送るばかり。


 やがて、3分もしない内に響き出した、ミシェルのクスクス笑いに意識を取り戻し、ふと彼女を見ると…なんと、その手元には先日彼女の赤面を捉えたカメラ風魔道具が、しかも動画モード録画されているではないか!


 負けられない軒先での女の戦いに、オーナーのため息が響くのであった。

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