7話 身近な存在


 ダンジョンから出たあと、僕たちはギルドへ帰還する前に少しばかりの休憩時間を貰うことになった。


 それまで青ざめた顔をしていた支援者見習いたちも、外へ出ると顔色が大分良くなってるのがわかる。


 ああいう息が詰まるような凄惨な現場を見たあとだけに、開放感や安堵感は相当なものなんだろう。中には耐えられずに嘔吐する者までいたからな。


「クロム、お前に少し話がある」


「あ、うん……」


 予想通り、僕はヴァイスに声をかけられることになった。


 柱の陰に隠れるようにして対峙する。ちらっと顔を見るとこっちを睨んでるし、やっぱり怒ってるね……。


「どうして俺が怒ってるのか、お前にはわかるよな」


「……わかるよ。ヴァイスから注意されてるのに僕が出すぎた真似をしたって言いたいんだろ?」


「わかってるなら、何故あんな真似をしたんだ……?」


「だって、あの人を助けたかったから。それじゃダメなのか? 患者が命を落とそうとしてるときに、指を咥えて黙って見てろって?」


「お、お前……」


 僕の言葉に対して、ヴァイスが見る見る顔を赤くしていった。今にも掴みかからんばかりの厳しい形相だし、火に油を注いだ格好みたいだ。なんなんだよ。お節介なやつなのは知ってたけど、こんなに鬱陶しいやつだったっけ……。


「俺たちはあくまでも見学に来ていたんだぞ。ルールはルールだ。それに、クロム、お前がやった行為は正しいことのように見えてエゴでしかない」


「エゴ? 人の命を救うことが?」


「そうだ。お前の処遇を巡って、今後ギルドで話し合いが行われるだろう。ルールを破ったとして、除名を望む声が噴出するはずだ」


「……それは仕方ないよ」


「仕方ない? お前……その見習いとは思えない優秀な支援術の腕を、ここで腐らせるつもりなのか? もしここで追い出されるようなことがあれば、支援者としての身分も剥奪される。お前の腕で助けられる命がもっと減るってことなんだぞ!?」


「……それは、そうかもしれない。ヴァイス、君の言ってることは一理あると思うし、ルールを破ることに抵抗がまったくないわけじゃなかった。けど、僕にはどうしても見捨てられなかった。あのまま死ぬのを見過ごせなかったんだ……」


 多分、何度過去を繰り返そうとも、自分に勇気と力があるなら僕はあの場面で助けようとすると思う。支援者としての矜持を捨ててまでトップを目指したくない。


「…………」


 ヴァイスはしばらく黙り込んだあと、息を大きく吐いたのが伝わってきた。


「俺だってこんなことは言いたくなかった。でも、あまりにも惜しいんだよ、その腕は……。クロム、お前を認めているからこそ、ここまで怒っている。それを忘れないでくれ」


 ヴァイスが足早に立ち去っていくのを、僕は見届けていた。そういや、クールなようで熱い男なんだよな。考え方は違うけど、僕がとても影響を受けた人物の一人だ。




 休憩時間が終わってギルドへ戻ると、僕に対する好奇の視線はさらに強いものになっているのがわかった。


 みんなもわかってるんだろう。これから、僕がルールを破ったことが副ギルドマスターのエンベルに伝えられ、なんらかの処分を下されるであろうってことが。


 中にはアルフィナやヴァイス、オルソンのように心配そうな顔をする者もいたが、ほとんどはダランを筆頭としてニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。他人の不幸は蜜の味ってわけだ。


 教官のゴードンと、補佐官のミハイネが、エンベルの元へ行って耳打ちするとともに、僕のほうを振り返って片方の口角を上げるのがわかった。


 どうやらあの様子だと、除名処分は免れないっぽいな。でも後悔はない。僕が過去に戻ったことの大きな理由の一つが、それまで自分の腕が未熟で臆病なゆえに救えなかった人たちを救うためだ。それが叶えられないなら、人生をやり直したところでなんの意味もない。


 やがて、自身の片眼鏡のずれを戻したエンベルが咳払いをした。


「えー、今回の研修で、残念ながら勝手な行動を取ってしまった新人が一名いるとのことで、これより私見を述べるとともに処分を発表したいと思います」


「…………」


 仕方ない。除名されても悔いはない。だから僕は下を向かずに前を向いて発表を待った。


「えー、支援者見習いのクロム君は、瀕死の冒険者を治療し、見事に治してみせたとのことですが、勝手な行動を取ったことで規則を破り、場を混乱させたことに変わりはありません。自分としては彼を責めたくはないのですが、決まりは決まりですから。よって、クロム君を除名処分に――」


「――待ちなさい」


 今まさにゴードンとミハイネ、ダランの顔に満開の笑みが咲こうとしていたときだった。


 一人の老人が杖をつきながらギルドへ入ってきた。バロン先生だ……。


「バ、バロン先生、体調がすぐれないというのに、休んでおられないとダメですよ……」


「いや、大丈夫だ。今の話は聞かせてもらったよ。エンベル、そこをどきなさい。わしが代わりに話をしよう」


「バ、バロン先生……?」


 バロンがエンベルを押しのけて壇上に立つと、おもむろに話し始めた。


「かつて、とある村に支援者を目指す若者がいたが、この男は試験に落第してばかりで見習いにすら一向になれない、どうしようもない落ちこぼれだった」


「…………」


 僕はその落ちこぼれが誰なのかすぐにわかった。立場的には雲泥の差だけど、だ。


「村一番の笑い者になった彼は酒に溺れ、自堕落な生活を送ったが、転機が訪れる。ある日倒れ、気が付くと見知らぬ少女に看病されていた。その子は道具屋の娘で、看病された者は情けないと感じ、自身の荒れた生活を改めることになった。それから少し経った日のこと、少女が倒れてしまう。彼女は重い病に侵されていたのだ」


「「「「「……」」」」」


 彼が話をする間、みんな真剣な表情で耳を傾けているのがわかった。それだけ引き込まれるような語り口だったんだ。


「その者はなんとか少女の病を治そうとしたが、どうすることもできなかった。上級支援者からも首を横に振られ、少女が弱って死ぬのをただ見届けるしかできなかったのだ。それから少女が息を引き取ると、彼は別人のように勉学に励むこととなった」


「…………」


「彼は王都の支援者ギルドの試験に合格すると、少女を治せなかったことの無念を胸に秘め、いかなるときも患者と真摯に向き合い、治そうとした。たとえギルドのルールを破ってでも、率先して病に苦しむ患者を真心によって救おうとした。そのたびに、鳴り響く不協和音を結果で黙らせてきたのだ」


 それはまさに、バロン先生の若い頃の姿そのものだった。彼が昔落ちこぼれだったのは有名な話だからね。道具屋の少女のことは初めて知ったけど……。


「結果が出た以上、クロム君を許してあげなさい。わしからの話は以上だ」


 バロン先生が立ち去り、しばらく静寂が続いたあと、割れんばかりの拍手が沸き起こった。


「「「……」」」


 凄く悔しそうに項垂れる三名を除いて。


 何より嬉しかったのが、喧嘩したヴァイスが僕のほうを見て笑顔で拍手してくれてることだった。

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