第78話 助力を求めて

 ここは洞窟を幾らか改装して出来た、居住地と言っていいレベルの簡易拠点だった。

 ちなみに、作ったのはダゴラスさんだ。


 洞窟が居住地……ダゴラスさんのイメージに合っているといえば合っている。

 各地の狩場に、こういった秘密のセーフハウスを建てたりしているんだとか。

 流石です、ダゴラスさん。


 そして、肝心のララ。

 ララは寝ていた。

 まだ安静にしている必要がある。

 彼女の様子に苦しみは見られず。

 心底安心した。


 空中要塞でララを助けて本当に良かった

 心の底からそう思う。


 俺が目覚めたのは、空中要塞が墜落してから四日後。

 後、もう少しで彼女は目覚めるだろう。

 それまでここで隠れ潜むらしい。


 今いる場所が、洞窟だということは分かる。

 が、ここがどこなのかは聞いていなかった。


 出入口を開けてみる。

 ……吹雪いていた。

 ホワイトアウト。

 数メートル先が視認できないほど真っ白な光景が見えるばかり。

 聞けばここは、雪山なのだという。

 気温、マイナス九十度。

 南極の最低気温と同じくらいだ。

 人間なんか、夏服で出かけたらあっという間に凍え死ぬ。

 一秒で出入口のドアを閉めた俺なのだった。


 セーフハウスの中まで寒さが伝わってこないのは、結界かなんかを張ってるからだろう。

 ダゴラスさんやマリアさん達なら、難なく出来ると思う。


 この雪山……名前をウルファンス山脈と言うらしい。

 年がら年中吹雪いていて、その厳しい気候に並みの悪魔では立ち入ることも出来ない。

 そんなわけで、動植物はもちろん、原生種の数もかなり少ない。

 だから、ここを療養の場所に選んだんだとか。


 まあ、逆に言えば原生種の数が少ない代わりに、厳しい気候に耐えられる程の強さと適応力を持った魔物がいるということらしい。

 ダゴラスさんがここにセーフハウスを作った理由だ。


 白氷狼ルプス・フリーギドゥス

 凍える声ウォクス・フリーギドゥス

 白砂アレーナ・フリーギドゥス


 過酷な雪山の環境に適応した、様々な魔物が生息しているとのことだった。

 その中で、この厳しい気候を耐えなければいけない。

 よほどのサバイバル術か、悪魔の能力がなければ成立しない。


 そして、この雪山には用事がある。

 雪山の名前となっている、ウルファンス。

 このウルファンスとは、悪魔の名前だ。

 現在俺達のいる、雪山に住んでいるらしい。


 雪山の山頂。

 そこにその悪魔がいる。


 七十二柱、第十一位……サフィー・レイジア・ウルファンス。

 絶対零度の悪魔。

 氷の女王(ピクサーとか言ってはいけない)。

 他にも異名はあるが、とにかく氷の能力を操る悪魔の中で、一番強いのが彼女とのことだ。


 この雪山は、本来四季に富んだ自然豊かな山脈だった。

 この山が雪に埋もれるようになったのは、ウルファンスが山頂に住み始めてからだ。

 彼女は外界から悪魔を近付けさせないように、結界の代わりに厳しい気候を山全体に作り出し、以来約二百年間そこに籠りっきり。


 雪山に住む魔物は殆ど彼女に従っているらしく、ウルファンスに近付く者は容赦しない。

 魔物自体も屈強な部類に入るので、滅多に悪魔はこの山へ入らない。

 入るとしたら、相当実力のある狩人ぐらいのものだった。


 山脈一帯の環境を変える程の力を持つ存在。

 そんな彼女に会いに行く。

 その為に、この山へ俺達を匿った。

 そういうことだった。




 ---




「うおおお……さっ、寒い……」


 白い。

 周りの景色が何も見えない。

 白一色だ。


 風が吹き付けて、歩き進めようとする者に対して、容赦なく押し返そうとしてくる。

 おまけにあられみたいな雪のせいで、顔面が非常に痛いことになっている。

 ピチピチと絶え間なく俺の顔に当たるので、いい加減ストレスが溜まってくる。

 まあ凍え死ぬよりだいぶマシなのだが。

 

 防寒対策に今着ているのは、能力を通した防寒着だ。

 能力を通しているので、防寒具とはいえこれも立派な魔具である。

 ダゴラスさんがくれたものだ。


 曰く、火の能力がほんの少し付加されているらしい。

 人肌程度の温度を中で保ってくれる、優れものだ。

 火の能力としてはちっぽけなものではあるが、防寒着に使用するものとしてはこれ以上は必要ない。

 しかしだ、人間の俺が着ててはそのちっぽけな能力だって発動しない。


 だから魔石を持たされた。

 魔石は貴重だ。

 エネルギーの保存が有効な成分が含まれた物質は、尾の世界では希少なのだという。


 魔石は魔具を作る原材料にもなり得るから、必然的に魔具も貴重になる。

 魔物の素材から作られた例外も存在するが、主流なのは魔石からの製造だ。

 魔石自体はエネルギーを溜めれば繰り返し使用出来る優れものだが、数が少ないために大切に扱われる。


 今持っている魔石は、微弱なエネルギーしか溜められないから、戦闘用には流用出来ない。

 でも、こういったことに使うのなら十分だ。


 その日常でようやく使える程度の魔具ですら、あまり市場に出回ることがない。

 貸してくれたダゴラスさんには感謝だ。


 そんなこんなを深く降り積もる雪を火の能力で溶かして進みながら話しているダゴラスさん。

 正直俺は口を開けるのも寒さでしんどいのだが……流石ダゴラスさんである。


 雪の深さは腰の辺りまで。

 一歩歩くだけでも一苦労だ。

 火の能力を使用しない限り、この雪山を渡るのは厳しいだろう。


 「大丈夫か?」

 「寒いっす」

 「悪いが我慢してくれ。ちゃんとその防寒着にエネルギー通してるか?」

 「はい……」


 確かにこの魔具は暖かい。

 高性能だ。

 だが、それ以上に周囲の環境が過酷だ。

 常時雪嵐ってどういうことやねん。


 本気で前の景色が見えない。

 目の前でダゴラスさんの放つ火の能力の明かりだけが俺の道標だ。


 どこに何があるかも分からない。

 なのに、ダゴラスさんは迷わず先へ進んでいく。

 しかも一定のペースを保ってだ。

 ここで遭難したら一巻の終わりだ。

 今、ここでダゴラスさんを見失うわけにはいかない。

 凍死なんてしたくもないし。


 「後、どのくらいでウルファンスの城まで着くんですか……?」

 「もう少しでウルファンスの使い魔のいる領域に入るかな。もう少しだ、頑張れ」

 「うおお、頑張ります……」


 やばいぜ。

 髪の毛が凍ってる。

 鼻毛もだ。

 カチカチだ。

 毛って凍るものなのか。


 あー、息がしにくい。

 かといって、口から息を吸うと口内が冷気で痛くなる。

 こういうのはジワジワくるな。


 何で俺、ここでダゴラスさんと歩いてるんだっけ?

 寒さで頭が朦朧としてくる。

 寒い寒いとは聞いてたが、まさかここまでとは……

 俺はボーとしながら、曖昧な意識の中でここまでの経緯を思い出していた。




 ---




 洞窟内。

 今回雪山へ赴いた目的を聞かされた後のこと。


 「七十二柱の内、何人かにはもう会ったわね」

 「ええ、まあ」


 知り合い、とは言いがたいかもしれない。

 せいぜいが見たことある、みたいな感じだし。


 「昔はね、もっといたのよ。本来はその言葉通り七十二人いたのだけれど、今は二十三人にまで減っちゃったわ」

 「半分以上じゃないですか」


 半分以上とは、相当な人数である。

 何か理由があるんだろうか?


 「ララとか中央執行所の隊長って、七十二柱に入ってるんですか?」

 「いいえ。現在の騎士団隊長のメンバーで七十二柱入りしているのは、第一隊長と第二隊長だけ」


 第二隊長……ララから確か聞いたな。

 ヴァネールがそうだったはずだ。

 隊長でもあり、七十二柱の一人でもある悪魔。

 あれだけ圧倒的な力を持ってるのだから、当然っちゃ当然だ。


 「で、今回会いに行く悪魔がその七十二柱の一人の……」

 「ウルファンスですね」


 ただの山を、年中大雪の降る環境に変貌させた悪魔。

 山一帯の環境を変えるとか、すごすぎて逆にきもいレベルだ。


 「というか、何でそいつに会うんですか?」


 会ったら殺されるか、そうじゃなくとも何かされそうで怖い。

 大概の悪魔は俺のことを狙ってるんだろ?

 聞いてる限りじゃあ、相当強そうな悪魔っぽいし。


 だって十一位だぞ?

 全世界の悪魔の中で、十一番目に強い悪魔だってことだぞ?

 怖くならない方がどうかしてる。


 「君はこれから、力の強い悪魔から助力を得るべきよ。でないと、領土を支える魔石……大魔石は手に入らない」


 大魔石。

 各領土の首都とも言える、重要な街を支える巨大な魔石。

 俺が求める物。


 「その悪魔は助力を得られそうなんですか?」

 「ウルファンスは私やダゴラスと友達だから、大丈夫よ。きっと助けてくれるわ」


 七十二柱と交友関係なんてあったのか。


 「もし、助けを得られなかったら、その時は別の方法を考えましょう」


 マリアさん達におんぶにだっこな俺である。


 「今回は、ダゴラスがあなたと同行するわ」

 「マリアさんは行かないんですか?」

 「ここの魔物の侵入を防ぐ結界を張らないといけないし、それにララもいるしね」


 なら無理か。

 俺としてもララは心配だ。


 「それに彼女も余程の理由がない限り、私に会いたくないと思うし」

 「友達なのに?」

 「色々あるのよ」


 とにかく。

 ウルファンスの協力をまず得ること。

 それが俺達のやるべきこと。


 「ウルファンスと交渉するのはダゴラスが担当するけども、君もダゴラスと一緒について行ってほしいの。結局、君が話の中心だからね」

 「分かりました」

 「君の片腕が最低限動かせるようになるまでは、ここで休むけどね」


 俺は自分の左腕を見てみる。

 失った腕を。

 そこには、しっかりと俺の腕がくっついていた。

 以前、ダゴラスさんも斬られた足を生やしてもらっていた。

 それと同じだ。

 俺の腕も生やしたのだ。


 その腕は右腕と比べて細々としていた。

 一回り小さくなっている。

 なんか感覚も鈍いし、違和感がある。


 「君の腕が最低限動かせるまで、多分後二日程かかると思う。本当は筋力を上げてからがベストなんだけど、時間がなくてごめんね。ウルファンスには出来るだけ早く会わないと。それに、襲撃してくる魔物の対処にも限界があるし」

 「確か、百頭以上の魔物がここまでやってきたんでしたっけ」

 「普通はこんなことは起こらない。異常事態ね」


 現実世界においても、動物が百頭以上狩り人を狙いにやってくることなんてことはほぼない。

 そんなことがあるとすれば、人為的なものか、余程の異常が発生したか。

 魔物が百頭以上襲撃してきたことは、それ以上の異常事態なのだという。


 「魔物は悪魔と違って、どちらかと言うと世界寄りの存在。異なる世界から来た異分子に引き寄せられてくる性質を持っている。結界を張れば、何とか詳細な位置までは掴めなくなるけど、それでも大まかな位置まで寄ってくるのは防げない」

 「じゃあ、この近くにも魔物が?」

 「ウロウロしているでしょうね」


 怖えぇ……

 魔物一頭い殺されかけた記憶が蘇ってくる。


 「魔物は通常、群れはしない。人為的な意図がない限りは」

 「現在は、俺が原因で魔物が引き寄せられてますね」

 「そう。そして、魔物が異常に密集していれば、気配察知に特化した悪魔が嫌でも気付く」

 「人為的なものが働いている可能性が高いというなら、悪魔側はそこに俺がいる可能性が高いと思う……ってことですよね」


 俺は魔物を引き寄せる。

 さっきマリアさんの言った話を聞く限り、魔物が俺の近くまで寄ってくるのは止められない。

 結果的に魔物は多くその地域に集まる。

 魔物がそこに集まる理由が何かを考えれば、自然と答えは出るだろう。


 「多分、そう遠くないうちに悪魔がこの山にくると思う。強い悪魔がね」

 「だから早くってことですか」

 「そう。誰しも数の力には勝てないもの。いくら個人が強力でもね」


 俺は数の暴力を知っている。

 ラース街の逃走。

 もう経験したくはない。

 ないったらない。


 「……分かりました」


 俺の前進すべき時が、すぐそこまで迫っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る