第66話 強者どもの夜4~道を阻む者~
物資補給庫。
ポポロ曰く、空中要塞には転移の陣が二か所に設置されている。
その内の一つが物資補給庫だ。
空中要塞は常時空中に浮いていて、地上に降りることは殆どない。
従って、物資の補給には転移を使用するのだ。
食料や武器、魔石などなど、様々な土地からこの要塞に転移を通して送られてくる。
それを利用しない手はあるまい。
この混乱に乗じて脱出を図る。
物資補給庫は要塞内部、下の階層に位置している。
だから俺達は、下へ下へと降りていく。
下のフロアは魔物の侵入が激しかった。
ここには動力室など重要な場所が多い。
そこを防衛する雑兵達と侵攻する魔物で戦闘が激化していた。
ポポロがいれば安心だろう、と思っていた。
しかしそれを期待していいかどうか、分からなくなってしまった。
目の前に手練らしき悪魔がいたからだ。
「身内の悪魔に裏切りの思念を感じて駆けつけてみれば、お前だったとは」
その悪魔は黒装束みたいな格好をしていて、まるで忍者だった。
手には短刀を持ち、先端を俺達に向けている。
敵意丸出しだ。
「セスタって名前だったか」
そういえば、最初から俺のこと警戒してたなこいつ。
「お前がたぶらかしたのか? 人間」
どう答えたらいいのか迷う質問だ。
俺はポポロをたぶらかしてなんかいない。
ポポロが自発的にやった行為だからだ。
でも、俺がいなければ裏切るなんて行為はしなかったとは思う。
とは考えるものの、こういった場合の質問ってのは大概相手の中で答えが確定している時のものだ。
何を言おうが結局のところ、ってパターン。
俺が沈黙する態度を見せると、それが答えだと脱したようで目線がポポロに移る。
「ポポロ……」
セスタはポポロに対して悲しげな表情を見せる。
魔王の前でのやり取りを思い出す限り、両者の仲はある程度良いものだった。
付き合いもそれなりに長いのだろう。
「ララ様の醜態を見ておきながら、お前まで裏切るとは」
「オレハ、イク。マリアサマノモトニイク」
「そうか」
「……」
「前々からずっとそうだったものな、ポポロ」
この時一瞬だけ、ヴァネールが見せたのと同じ、諦めに似た表情を彼女は見せた。
来る……!
「ニゲロ!!!」
「御免!!」
同時に二人は叫んだ。
ポポロはセスタへ突貫する。
セスタもポポロへ短刀を構えて正面へ。
刀身が合わさった瞬間、金属音と共に紫電が周囲を舐める。
電撃が周りに拡散して壁に焦げ跡を作っていく。
「クッソ!」
状況なんてものはいつでも唐突に変わる。
こういう時は特にだ。
そう、こういう時こそ思い切りが必要なんだ。
「おおお!!」
俺はセスタの向こう側を突っ切ることにした。
後方に逃げたところで、補給倉庫なんかたどり着けっこない。
なら突貫してやる!
両者が戦っている端のスペース目掛けて俺はララを背負いながら走る。
拡散している電撃が、俺に当たらないことを祈るばかりだ。
さっきからギャンギャン金属音が飛び散っている。
両者はお互いに手一杯なようで、俺に意識を向ける暇はないようだった。
その隙に、俺はあっさりと両者の横を通り抜ける。
後はそのまま真っ直ぐ進むだけだ。
後ろから能力の余波が飛んでこないか気になるが、気にしたところで仕方ない。
「なっ!」
俺はコンマ数秒ひるんでしまう。
目の前に大量の魔物が押し寄せていた。
通路の奥から急に出てきたのだ。
奥は魔物で溢れ返っている。
密すぎんだろ。
行ったら死ぬ。
俺は後ろを見てみる。
二人は熾烈な戦いを繰り広げていた。
セスタの激しい電撃を食らいながらも、剣撃を真正面からなぎ払っている。
ポポロはタフではあるが、電撃を食らって痺れているのか動きがどんどん遅くなっている。
押されている。
セスタは素早い動きでポポロを翻弄しながら、遠距離で電撃を放ちつつ斬りかかってくる。
その剣撃ですら電気を纏っている。
通常なら感電死しているだろう。
それでもポポロは耐えていた。
相変わらずアホらしいほどタフだが、いつもでも持つわけがない。
「ポポロ! 逃げられない!!」
俺は戦っているポポロに叫ぶが、何の反応も返さなかった。
ポポロは狂った顔で敵と戦いっぱなしだ。
理性を捨てている。
そんな彼に、俺の言葉が聞こえる筈もなかった。
俺を助けるために召喚した魔物が、なんで俺を殺すんだよ。
訳が分からん。
そうしている間にも、魔物は俺達に迫っている。
引くに引けないこの状況。
でも進めもしない。
完全に挟まれたのだ。
どうする?
どう切り抜ける?
せめて武器があれば。
そう思わずにはいられない。
と、その時。
天井が崩れた。
俺達のいる天井じゃない。
魔物達でひしめいている方の天井だ。
分厚い瓦礫が一気に魔物達に降り注ぐ。
瓦礫の重さは魔物の膂力でどうにかなるものではなかったらしく、断末魔の声と共に押しつぶされていく。
「来い!」
戦いの音や、瓦礫の音、魔物の悲鳴が重なる中、そんな声が聞こえた。
上からだ。
瓦礫が降ってきた天井からは穴が見え、上の階が丸見えになっていた。
そこから見える顔一つ。
天井から見える奴は、深いフードをかぶった魔術師風の悪魔だった。
顔は深くかぶっているフードのせいでよく見えない。
でも、そいつが何者かはすぐに分かった。
シャミールだ。
巨大な岩石を操っていた土使い。
ソイツが魔物を瓦礫で押しつぶしたのだ。
何でコイツが?
いや、考えるな。
状況なんてものはいつでも変わる。
こういう時は特にだと、さっき思ったばかりじゃないか。
瓦礫の山を駆け上っていく。
だが、それでも天井には届きそうにない。
そこで、シャミールは杖を振る。
それに合わせて、俺の先に転がる瓦礫が宙に浮き出した。
まるで階段のように。
これなら登れるだろう。
俺はすぐさま浮いた瓦礫を足場にして、上の階に足をかける。
「シャミール!! 貴様ぁ!!!」
セスタは戦いながら怒号を発する。
怒りに満ち溢れた声だ。
ポポロとはまた違った態度。
ポポロと違って、シャミールに特別な思い入れはないらしい。
セスタは電気を帯びたナイフをこちらに向かって投げた。
そのナイフが俺に到達するまでの間。
その短い間にシャミールは杖を振る。
たったそれだけの動作で、崩れた瓦礫が浮いてナイフを俺から阻んだ。
さらにナイフを投げようとするセスタだが、ポポロがそれを阻止する。
「ハハハハハ!!!」
「クッ!」
戦う二人を尻目に、床に開いた穴が閉じられていく。
これもシャミールの能力だろう。
またしても危なかった。
助けられていなかったら、俺はどうなっていたことか。
俺は警戒しながらシャミールを見る。
そんなことをしても全くの無駄だということは分かっていたが、それでもだ。
一応の意思表示というやつである。
悪魔は俺の心を読めないみたいだし。
そうした俺の態度から察したのか、シャミールは口を開いた。
「何故助けたか?と言いたげだな」
「そりゃそうだろ」
だって敵なんだぜ?
それとも何か?
ポポロみたいに何か事情があるのか?
「お前には恩がある」
「恩?」
コイツに何かしたっけか?
初対面が空中要塞。
その間に俺が何か出来るわけもない。
「私の弟子が、お前に命を助けられたと嘆いてな」
「弟子?」
「会ったことはないか? お前がラース街を逃亡している時に、砦で戦った悪魔を。ヴェネール様の炎から結界で守った悪魔、セムトラを」
ああ、思い出した。
あの時は結構な数の悪魔と戦った。
その中の一人、風使いのセムトラ。
「思い出したか?」
なるほど。
セムトラとこいつは師弟関係だったのか。
「でだ、セムトラが言うんだよ。人間に見逃してもらったと」
「確かに見逃した」
「だから命だけは助けてやった」
シャミールは仕方無さそうな顔でそう言った。
弟子を殺さなかったから俺は助かったってことか。
「逃がしてくれるのか?」
期待を込めてそう聞いてみる。
助けてくれるのなら万々歳だ。
味方は一人でも多い方がいい。
魔物に対しては俺はあまりに無力だ。
「嫌だね」
とシャミールに言われた。
ダメ?
何故?
「今の時点で、もう返すべき借りは返した。お前を助ける理由もなくなった」
そうらしい。
でも、考えてみればそうだ。
本当に俺を助ける気があるのなら、その時点で魔王連中に心を読まれてばれていただろう。
あくまでシャミールは、魔王の命令に背かない形で俺を助けたんだ。
それなら心を読まれても何もやましいことはない。
「結局は敵かよ」
「当たり前だろう。ポポロやララ様は例外としてだ、魔王様を裏切れる悪魔がそうそういると思うか?」
だよな。
当たり前のことすぎて反論出来ない。
裏切りなんてのは、本来そうそう出来ないことだ。
それを簡単に許してしまったら、組織として成り立たなくなってしまう。
出来ないことではない。
だが、それをするにはあまりにもリスクがでかすぎる。
だからそれをやろうとする者は少ない。
「魔物もじきに、お前めがけて襲ってくるだろう。死にたくなければついてくることだな」
逆らえない。
シャミールが言ったこと。
その言外にはもう次はないというメッセージが込められているのが分かる。
雰囲気が殺す気まんまんだったからだ。
つまり、これは連行なのだ。
逃げたら容赦なく殺されるだろう。
ポポロからの助けは期待出来ない。
ララはこのとおり気絶中だ。
「さっさと歩いてもらおう」
シャミールが俺を急かしてくる。
歩くしかないか。
俺がそう思った時。
「魔物が来ないうちに……」
ザシュッと音が聞こえた。
シャミールの言葉は、その音でいったん途切れた。
何回も耳にした音。
剣で体を斬られる音だ。
俺が斬られたわけじゃない。
シャミールの頭部がなくなっていた。
一瞬で。
切断面から血しぶきが舞い、まるで石油でも掘り当てた直後のように勢いよく吹き出ている。
「……に、いく……ぞ?」
コロコロと転がる頭部から、残りの言葉が漏れ出る。
それが、シャミールの最後の言葉だった。
あまりに突然のことで、頭がボーっとする。
何が起きた?
シャミールが死んだ?
誰に?
そうだ。
誰に殺された。
俺はすぐに後ろを向く。
シャミールの頭部が転がる先。
手には剣があって、その剣は刀身も柄も何もかもが銀色に輝いている。
まるで鏡のようだ。
手に持っている剣とは違い、腰にもう一本剣を差している。
顔はこれまた銀色に輝く兜で覆われていて、男か女か判別出来ない。
シャミールを殺したこの張本人は、その転がった頭部をトマトかなんかのように、軽く足で潰した。
プッチュ、と気持ち悪い音が響く。
優しさの欠片もない行為。
感情のなさそうな佇まい。
そこには、血まみれの銀騎士が剣を持って立っていた。
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