第33話 ラース街

 戦争。

 犯罪。

 反乱。


 まあ、国を作っていく過程でこれほど避けられないものはない。

 国同士は争うし、国の中で国民同士も争うし、騙し合いだってする。

 何故そんな非生産的なことをするのか。

 ……それが人間の本質だからだ。


 国が争うのは、国を作ったのが人間だから。

 人が争うのは、人が人であるから。


 人は、いつだって何かが欲しい。

 金だとか家族だとか、幸せだとか栄誉だとか。

 人は向上しようとする生き物だから、生きようとする限り常に何かを欲しがる。

 欲しいものは貰うか、共有するか、奪うかで手に入れる。

 そして奪わなきゃ手に入れられないものもある。

 人は争いを捨てきることができない。


 一方地獄では人間世界のように、過去から現在まで大規模な争いなどは起こっていない。

 せいぜい一部の離反した強大な力を持つ悪魔と、魔王の勢力が睨み合いをするくらいか。

 抑えきれない欲望を持つ強大な力を持った悪魔は、魔王と契約して人間の世界へ渡るのがパターンらしい。

 だから必然的に地獄の均衡は保たれる。


 と言うことを、俺がベットで安静にしている間マリアさんに聞いたことがある。

 実際にこの悪魔の街を見てみると、本当にその通りだと思った。


 ラース街。

 悪魔世界に存在する街。

 都市ではない。


 今、俺は女騎士のララの後を歩きながらラース街の大通りを見ていた。

 大通りの左右に並ぶ建築物の数々。

 見た感じ、なんかロンドンっぽい。


 ロンドンはロンドンブリックと呼ばれる茶色っぽいレンガを使って家を建築する。

 なので見た目が中世のそれなのだが、ラース街の建物の殆どがまんまそれである。

 古風な建築物に見下ろされる形でその間を悪魔達が大勢で行き交っており、街の賑やかさというのが実感出来る。

 男の悪魔、女の悪魔、背の小さい悪魔、背の大きい悪魔、ヒョロリとした悪魔、太っている悪魔などなど、色んな外見的特徴を持った悪魔が見られた。

 店で商いを行い、客である悪魔もその商品を吟味していたり。

 慌ててどこかへ走って向かっていたり。

 何と言うか、まあやっぱ平和だ。

 こういうガヤガヤした街の路地裏からは陰湿な雰囲気を感じ取れたり荒らされてたりするものなのだが、どこを見ても犯罪の気配はなく清潔だ。


 ここまで清浄な営みが存在する理由。

 それはやっぱり、悪魔社会を構築するものの根幹にあるのが能力だからだ。

 能力は力だ。

 力は均衡を崩す。

 そして人間の力は知識だ。

 人間の知識は更なる破壊と欲望を生む原因となることがしばしばあるが、悪魔の能力はそんな欲望を生むことを許さない均衡を保つための保険がある。


 だから、街の悪魔達は同属から罪人が出てくる可能性を微塵も考えていない。

 人間のように、法律など要らない。

 国と言う概念すらも必要ないのだ。

 平等な発展があり、最も栄えた街というのもないので都市もない。

 

 怒りの ラース街なんて名前がつけられているからちょっとビビってたのだが、なんか拍子抜けであった。




---




 「あなたにいくつか警告をしておきます。一つ、街にいる悪魔に紛れて逃げるようなことはしないように。無駄ですから。そして二つ、一般の方に危害を加えようとしないように。街にいる悪魔全員があなたを殺せる実力を有しています。それが例え、子どもであろうとです」


 さっきから俺はララに対する返答をしていないのだが、勝手に話を進めてやがる。

 まるで、俺の意思なんて初めから尊重されていないみたいだ。

 ……実際尊重はされていないか。


 転移回廊に繋がる複数の通路の一つを、ララはまっすぐと進んで行く。

 通路は窓がなく、日の光が入ってこない割りに暗くもなく、というか逆に明るい。

 別に火なんか灯ってはいない。

 電気もないので電球とかもない。


 じゃあ何故窓もないこの通路が明るいのかと言うと、発光する石が天井に組み込まれているからだ。

 蛍のような小さくしょぼしょぼした光ではなく、電球のような強い光を放っている。

 そんな不思議な石が天井に組み込まれているおかげで、通行には支障が一切なかった。

 闇に乗じて逃げることも出来んね。


 「以上のことを破ろうものなら、状況に応じて私が適切な対処をします」


 適切な対処っすか。

 丁寧な口調だが、相変わらず殺気が混じっている。

 つまり、そういうことだろうな。

 もう色々諦めました。


 ところで悪魔は心を読むはずなのだが、いつまでその警戒を解かないのだろう?

 逃げる気なんてないのだが……

 ……もしかして読めていないのか?

 或いは読めてはいるが、読めていないふりをしているか。

 普通の悪魔なら通じない嘘の芝居だって、人間である俺には通じてしまうのだし。


 そんなことを無言で考えていると、先から眩い光が見えてきた。

 どうやら出口のようだ。

 何だかガヤガヤと騒がしい音が聞こえてきた。


 その音から判断するに、雑踏だ。

 かなり多い。

 多分、街中。

 女騎士の警告したことが俺の頭によぎる。


 「出口です。逃げ出したり抵抗はしないように」


 念を押すように、再度言うララ。

 もし俺の心を読んでいるなら抵抗したりしないことぐらい分かるだろうに。

 ダゴラスさん達の様な、一般の悪魔が俺を尊重して心を読まない、と言うのならまだ分かるのだが。

 疑問は増すばかりだ。

 そして外へ。


 いつも通り、地獄の空は夕焼け、或いは朝焼けだった。




 ---




 すれ違う悪魔達が、俺と女騎士を交互にチラチラ。

 まあそりゃあ気になるよな。

 だって俺角生えてないから悪魔じゃないこと丸分かりだし。

 悪意のない純粋な視線がシャワーのように浴びせかけられた。

 恐らく、好奇心。

 いや俺だって急に人間の街で悪魔が出てきたら注目ぐらいはするし、何も不思議なことはない。

 当然の反応なんだよなぁ。


 しかしララとやらよ。

 俺達、こんなに注目してしまってもいいのか?

 そんな疑問を心の中で思っても、こいつはやっぱり反応しない。

 心の中で思いっきりののしってもバレやしないんじゃないかこれ?

 やーい、お前んち、おっばけやーしき!

 ……罵倒かこれ?


 しかし、道を進むにつれていよいよ周りの悪魔の数が多くなってきた。

 スクランブル交差点で往来する人々のように悪魔が行き交っている。

 いやー密やわぁ。


 ある程度進むと、広場に出た。

 広場の中心には巨大な像が設置されていた。

 悪魔剣士の像。

 聞いた話では、二人の英雄の片割れ……クルブラド。

 チートみたいな強さらしいよ、その悪魔。

 もう片方の英雄は像にされることを嫌って作られなかったとか。

 もし俺が英雄でも像はちょっとなぁ……どうかと思うぜ。


 このえっらそうな像、ちょうど街の真ん中にあるのだという。

 だからここは中央街。

 俺が会いたいのは魔王なのだが、そいつがいるのもこの中央街。

 一応目的地には近づいているってわけだが……


 さて、どうなることやら。


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