第14話 悪魔の生活6~原生種狩り~

 今回の獲物である、フレスマウスとスピラモンキーについて。


 フレスマウスは、体高が五十センチもある巨大なネズミである。

 夜行性で、昼は滅多に姿を現さない。

 また雑食性であり、この森の中での食物連鎖では下の下。

 基本的に殆どの生物に対して被食者である。

 ある意味、この森の生態系を根本から支えている影の功労者というべきかもしれない。

 

 だが、そういった弱い生物にはある一定の特徴がある。

 異常な繁殖能力の高さだ。

 生物は殆ど漏れなく自然界に適応するため何かの能力を特化させている。

 この大型ネズミもその例から漏れてはいなかった。

 

 生存能力が低い生物は、自身の子孫を次世代に出来るだけ残そうとするために、とにかく大量に子孫を残す。

 フレスマウスの場合、生涯で一匹につき五十匹も産んでしまうんだそうだ。

 大量繁殖した場合、捕食者によって大量に捕食されてしまい、生態系のバランスが自動で調節されることになるのだが、そううまくいかない時期がある。

 

 自然界で立場を弱くしている生物が、そのうまくいかない時期に大量発生することは往々にしてよくあることらしい。

 結果、捕食者が食いきれない程繁殖したこのネズミが食べる物は何か?

 植物や他の生物の死肉である。

 他の草食性、あるいは肉食性の生物の分の食料さえ、数で物を言わして平らげていくのだ。

 この地獄に住まうネズミが現世のネズミほどの大きさならまだいいが、子犬ほどの大きさであるこの生物が大量繁殖し、生態系のバランスを崩すのは大問題である。

 なので、繁殖するかしないかの時期に悪魔側で見極めをして数を減らすのだそうだ。


 スピラモンキーはその名の通り、サルである。

 サルのくせに草食性で、そこらへんの植物を食べずに木の皮だけを食って生きている。

 誰も好き好んで木の皮を食いはしないので、大量に余っているからだ。

 だから、食料の心配をしなくて済むわけだ。

 が、木の皮は栄養価が少ないため、あまりエネルギー効率はよろしくない。


 食べる木に選り好みはなく、好き勝手に食うらしい。

 選り好みはしないのだが、シラカバのような白い木であるカイの木によく群がるらしい。

 カイの木が発する匂いが、スピラモンキーのメスが発情する時に発する匂いとほぼ同じであるらしく、惹きつけられてやってくるのだ。

 だから当然来るのはオスばかりだ。

 そのついでにカイの木の皮を食べていってしまいがち。


 こちらは食物連鎖の位で言えば下の中と言ったところか。

 チンパンジーほどの大きさで攻撃的ではなく、普段は穏やかなのだが、子育ての最中と自分の身に危険が迫った時は非常に凶暴になるらしい。

 一応注意が必要な原生生物ではある。

 

 今回狩りの対象に選ばれた理由は、この年たまたま平均より多く繁殖してしまったため、例年より木の皮を食べる量が種全体で増えたためだ。

 このサルは、普段は寿命が短い年老いた老木の樹皮を中心に食べているらしいのだが、数が多くなってくると、まだ年若い木にまで群がってくるために一定の数を減らさなければいけないらしい。

 これも森の生態系維持のためだ。

 

 ダゴラスさんは休憩している時にこれらをまとめて教えてくれた。

 さすが狩人をしているだけはあって、地獄の生物の生体について詳しい。

 雑学を聞いている感覚で聞くと、飽きずに聞ける。

 だから目的のサルが毒を塗った木に群がるまで待つのに、そう長い時間だったとは思わなかった。


 「よし、来たな」


 ダゴラスさんと座りながら話していると、目標が来たようだった。

 スピラモンキー。

 ダゴラスさんはその存在に気付いているようだ。

 だけど俺には何も見えないし、何も聞こえないし、何も気配を感じ取れない。

 周りを注意深く観察してもそれは同様だった。


 「俺はどうすればいいですか」

 「そこでじっと静かにしていろ」

 

 俺の出番はなしか……

 ダゴラスさんは毒の塗ってある木の方向へとかがみながら進んでいく。

 目標の木まで、あと十メートルというところで歩んでいた足を止め、背中に背負っていたあの黒い大剣を抜いた。

 あの超特大の剣、抜いてしまうとかなり目立つように思われるが、実際は全くの逆だった。

 持ち主であるダゴラスさんよりも目立っていない。

 視覚的にはかなり大きい物のはずなのだが、何故か意識して見ることが難しいというか……結果として目立っていない。

 大きいのに目立たないとか普通に矛盾しているのだが、こればかりは感覚の問題なので言葉でうまく表現できない。

 なんなんだあの剣……


 ふいに上から物音が聞こえてきた。

 枝がしなり、葉っぱが交差して擦れる音。

 生物が移動する時に発する音。

 上の方を見てみる。


 ……いた。

 獲物が。


 白色のサル達が、木の枝にしがみつきながら周りの様子を観察しているのが分かった。

 数にして十三頭。

 かなり多い。

 多いが、恐らく俺達の存在には気付いていない。


 一頭が木から降りてきた。

 十メートルぐらいの高さはあったはずだが、その高さを難とすることもなく垂直に降りてきた。

 既存の動物のように落下の衝撃を和らげることもなく、まるで当たり前のことのように。

 

 普通のサルでも打ち所が悪ければ死んでいる。

 これで下の中?


 脚力が半端じゃないんだろう。

 よく見てみると、下半身の筋肉が異常発達してやばいことになっている。

 通常体系をした男性成人三人分の筋肉をまとめたくらいの極太サイズ。

 直接あれで蹴られたら確実に死ねる自信がある。

 対して腕と胴体はそれほどでもない。

 上半身と下半身のバランスが全く取れていない奇妙な体型をしたサルだった。


 そんなサルが、次々と木から降りてくる。

 鳴き声なんかは一切ない。

 落下時の衝撃音くらいしか耳に伝わってこない。

 サル自体は至って静寂。


 そうしてサル達が全て地上に降りてきた。

 一番初めに降りてきたサルが、木に向かって鼻を近づけている。

 匂いを嗅いでいるんだろう。


 「キイイイアアアアィィッッ!!!!」

 

 突然野太すぎる声が静寂の中で響いた。

 ひと際体がでかいサルが発していた。

 ……順位の高いサルか。


 口を開き、牙を見せて周りのサルをどかしていく。

 体全体が傷ついたサルだ。

 ひときわ強そうな風格を醸し出している。

 例えは悪いが、ヤクザのドンみたいだ。


 人間世界のサルは順位の高い個体とそうではない個体で体格に違いがあるわけではない。

 変に威張ったりもしないし、基本のんびりとしたもんだ。

 だが、このサルは違う。

 明らかに格差社会の中で生きている。

 俺の世界の生き物とはやっぱり違うんだ……


 ボスザルが木の傍まで来たかと思うと、いきなり木へ飛びつき、樹皮にかぶりついた。

 一瞬の動作。

 ジャンプした地点から木の距離までおよそ二メートルであったが、その間コンマ数秒である。

 異常な飛びつきの速度だ。

 足に力を込める時、筋肉が爆発したかのように膨張したのが見えた。

 原生種がこれなら、一体魔物って生物はどんな奴らなんだ……?

 

 そう思った次の瞬間。

 ボスザルがさっきの野太い声を大声で出したかと思うと、急に倒れてしまった。

 口元から生々しい黄土色の泡が吹き出ている。

 そしていつの間にか一番群れの後ろにいたサルが、頭をはねられていた。

 ダゴラスさんの持つ、黒い大剣で。


 唐突の奇襲。

 さらにもう一歩蹴って、体制を崩すこともなく振るわれる大剣によりもう一頭の頭がはねられる。

 一弾指の黒い影。

 その存在にサル達が気付いたのは、三頭目のサルの胴体が真っ二つになってからだ。

 

 むき出しにするサルの殺気。

 だが、殺気以上に黒い影は速かった。

 

 サルが攻撃の動作に入る直前、がら空きだった右脇を斜めに一閃。

 左肩を大剣が斬り抜け、頭部から右腕にかけての部位と胴体が泣き別れに。

 切断したサルの頭部付きの右腕を掴み、直ぐ傍にいたサルに投げつける。

 仲間の死体に動揺することもなく、サルは下にかがんで死体を避けるが、その目線の先には黒い影がいた。

 回避後の動作で身動きの取れなかったサルは、眼球の位置から横にスパッと頭部を切断された。

 

 黒い影の右横に当たる位置から、一瞬の瞬発力を足に込めて突進するサルが一頭。

 右手の鋭い爪を彼に突き出し突進。

 しかし黒い影はそれ以上に速く、突進して来たサルに向かって真正面に大剣を突き出した。

 足を止めることを前提に突進していなかったサルは、そのまま大剣に右腕から突っ込む形に。

 結果、サルの右腕が頭部ごと大剣に突き刺さり即死。


 「……!!」


 この一瞬のやりとりに実力差を感じ、恐れをなしたサルが一斉に逃げようと後ろを向く。

 瞬間、その内の一頭のサルは、もの剛力を思わせる太い腕に頭を捕まれ、他の逃げようとしていたサルに向かって大振りで投げられてしまった。

 投げられたサルの首の骨が衝撃で粉砕。

 逃げようとしたサルに背中にぶつかり、両者とも体制が崩れる。

 ぶつかった衝撃で、一時的に密着していた二頭の体が離れようとした一瞬の間に、黒い影は二頭まるごと心臓の位置を正確に剣で貫いていた。

 

 残りの四頭は、かなり遠くまで逃げおおせている。

 もう足では間に合わないかと悟ったのか、黒い影は足を止める。


 「火よケナズ風よラド

 

 黒い影は、何か小さく呟いたかと思うと、不可思議な現象を発現させた。

 右手には風をまとった黒い大剣、左手にはバスケットボール並みの大きな火球。

 左腕を大きくふるって火球を一頭のサルへ投げる。

 その火球はサルの胴体部分に当たって爆発した。

 サルの胴体が爆散してちぎれているのが分かる。


 その直後、右腕を大きく振るってもう一頭のサルの方へ大剣を投げつける。

 大剣は、風を切る恐ろしい音を出しながらブーメランのように回転して、一瞬でサルにたどり着く。

 あえなくそのサルも真っ二つになってしまった。

 他の二頭の姿は完全に消えていた。

 逃げおおせたんだろう。

 ここで、俺はハッと我に返る。

 

 「うええええええええ!?」

 

 信じられない!

 あの一瞬でサルを十頭殺してしまった!

 バトル漫画を見ているみたいだった。

 なんだよあれ……超人じゃないか。


 最初にサルを殺してから狩猟終了まで十秒もかかっていない。

 手早いどころの話ではない。


 そして現場はまさに地獄絵図。

 切断された胴体やら頭やら内蔵やらで、あたりはグチャグチャしている。

 周囲は血だらけだ。

 

 その血だらけの死体に囲まれた一人の男を見てみる。

 さっきまで黒い影と化していたダゴラスさんは、仁王立ちをしながら微笑んでこう言った。


 「待たせたな!」


 なんかよく分からんがダゴラスさんが輝いて見えた瞬間だった。

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