Ant Town Journal

Vol.1

2017.11.4 鈍色の部屋の医者




 さて、どこから書いたものか。



 とりあえず、「医者は言った」。これならどうだろう。書き出しとしては、凡庸ではあるかもしれないが、そんなに悪くはないんじゃあないかな。


 というわけで、医者は言った。


日記ジャーナルを書きなさい」。


 俺はその言葉に、ただ頷いた。何を思ったか、とか、書いた方がいいのかな。でも、別に、何も……日記くらいならいいかなー、とか、そんなことを思ったんじゃないかな。なんにせよ、大したことはないと思っていた。日記ジャーナルくらい。それが大きな間違いだったと、後になってから気づくことになるのだが、それはまだ先のお話。ということで。ね。(少しくらいドラマ要素を入れたっていいだろう? 継続の秘訣は、楽しむことだって、誰かが言ってた。)



 さて、そんなわけで、筆記おはなしを続けよう。


 

 それは2017年11月になったばかりの頃のことで、俺は性懲りも無く、親の脛齧りをしながら、下らない人生を送っていた。なんの見所もない日本の片田舎。山と土と田畑、そして川。そんな色気のない土地にも、豪邸は立つ。


 ミニチュアじみた庶民のお家を見下ろす小高い丘の上に、俺の実家・菊茅きくち家はある。


 いわゆる——と言えば聞こえはいいものの、この時代にそんな侍だの何だの言われてもという感じで、それでも実際、うちにはものすごく気位の高い人間が多い。周りの人間は、介護施設や工事現場で安月給で働いていたり、精神的に病んでいたり、とっくに老いてボケていたり、子供であれば生まれつき障害があったり、片親だったり、そもそも親がいなかったりすることも多く、口が裂けてもお上品な吉祥寺みたいな街とは、言えなかった。そんな土地で、うちの家族は周りに対し、過剰なくらいに愛想良く接するのだが、自分たちと対等な存在とはつゆほども思っておらず、家に帰ればボロボロ角質みたいに本音が漏れた。「うちはああじゃなくてよかった」。「あの人汚い」。「風呂くらい毎日入れ」。「気の毒な人だ」。


 俺は……


 俺は、どちらかといえば、そういうことに対して「ちょっと嫌だなあ」と思うくらいのかわいげ(まともさ、とはあえて書かない)のある子供だった。


 少なくとも、他の姉や兄たちのように、「うちは金持ちで良かった」、「あの人気持ち悪い無理」と親と一緒に嘲笑えるほど、現実を割り切って考えることはできなかったし、クラスで貧乏な子や、知的能力に疑問符がつく子がいても、他にいいところがあれば見下したり決めつけたりするのは良くないことだ、と考えていた。


 子供ならではの愚かさ、とでも言ったらいいのかな。


 正義は勝つとか、そういうの。ほら、なんだかんだ言って、子供向けのアニメって、主人公が負けることは絶対にないじゃん? そんなことを真面目に信じてたよ、あの頃はね。

 精神的にも、もちろん、身体的にも。

 正しいことをしている人間は、死なないんだ、って。

 なんで……どうしてそんなことを思っていたのか、今となっては理解できない。でも、気取った言い方をして許されるのなら、得てしてそういうものだろう? 信仰っていうのは。夢と同じで、一度覚めたら、もう元には戻れないんだ。


 もうさー。すごく理不尽な話なんだけど。


 ああ、これでいいのかな? 日記って。無理せず好きなように書いていいとは言われたけど、結構難しい。面倒になってきた。早速で悪いけど、この重いトラウマの話は、またいつか。


 なんの話だっけ? 


 ああ、そうだ。医者の話。そう、俺は今日、病院に行ったんだ。


 えー改めまして、日記くん。俺は菊茅密軌きくち みつき。20歳の不眠症患者だ。


 ナルコレプシーというやつとは、また少し違うらしいけど、俺はひどく眠りが浅く、また夜には絶対と言っていいほど眠れない体質なのだ。小学校高学年からずっとのことなので、最後にぐっすり眠れたのは、もう10年は前のことになる。でもまあ、全く眠れないというわけではないので、こうして生きてはこられたけども。


 本当に、気が遠くなるほど多くの医者にかかってきた。


 除霊師や催眠術師にも山ほど会ったし、変な壺や水なんかも、一時期試してはみた。でも無駄だった。どれもかも。


 日本中駆け回って色々やった挙句、俺と俺の一家は、諦めた。でも幸いなことに金はある。兄弟も多いし、今ではみんな高給取りだ。だから俺一人働かなくても、ずっと家にいても、誰も困らない。世間体は少し損なわれるかもしれなかったけれど、原因不明の病のせいだと言えば、周囲の目線も敬意のそれに変わるだろう。


 難病の息子を支える、立派な一家。


 そのイメージを確立するためのインテリアになれるのであれば、こちらとしても悪い気はしない。別に「もっと人間扱いしてほしい」だとか、そんな頭の悪いガキみたいなワガママは抱かなかった。だって働かなくていいのだから。そして取り立てて暴力を受けたり、いじめられたりするわけでもない。こんな楽園で、何を文句を言うことがあるのだろう? 


 働き蟻の法則によれば、どんな集団でも、その二割は働かない「怠け蟻」になるという。


 つまるところ俺は、その二割に潜り込めた幸運の持ち主ということで。キリキリ働く働き蟻のおかげで、生涯安楽に生きられるのならば、俺は脇役で全然構わない。そう思っていた。そう信じていた。

 だから「形だけでも医者に通おう」という父の言葉にも、素直に頷いた俺である。



 昨日の夜、カラオケに行った。



 地元から少し離れた、そこそこ文明的な街へ、兄の車に便乗する形で行って、地元の高校の後輩や同期を呼んで、徹夜で歌った。みんなバカだった。このそこそこの街と同じで、そこそこ偏差値の高い高校を出たそこそこの秀才達のはずなのに、あの救いようのない下らなさ……本当に、判で押したようにそこそこ個性的で、そこそこ常識人で、そこそこ保身に頭が回って、そこそこ善人で。そのくせ、自分だけは頭一個抜けた、トクベツな冒険をしたいと望んでる。


 歌ってる最中にも、デンモクで曲選んでる時も、ずっと視線を感じていた。


 一人の女がちらちらと、しきりに俺の方を見ていた。そこそこの美人とも言えたが、見ようによってはそこそこのブスという顔で、気づかれまいとしてはいても無遠慮に舐め回すようなその目は気持ち悪く、何より不快なのは「自分のルックスは上の中」と思ってそうなところで、あと冗談めかして「王子様」とか呼んでくるのも相当きつかった。冗談にしても。俺は自慢だが顔がいい。顔だけはというべきか。でも、うちの家系はみんな整った顔をしているので、俺なんてむしろブサイクな方だが。

 とにかく途中でトイレに立った時に、何度かそいつが同じタイミングで廊下に出てきて、しつこく迫られた。嬉しさとかは全然なかった。ああ、またか、とか思った。今までの経験上、相手が「俺自身」に対して興味がある場合、それは甲斐甲斐しく人の世話を焼くことに過剰な喜びを感じるタイプの子で、大抵メンタルに問題があるので付き合うととても面倒なことになった。また「俺の家」が目当ての場合も、一緒にいていい気分にはやはりなれない。それに、そういう卑しい発想をする時点で、うちの家族がその子を受け入れることはないのだ。


 アルコールが入っていたことと、「最近彼氏と別れた」というそいつの人恋しさが呼び水になったのか、トイレで無理矢理キスをされた。


 ああいうことは初めてではない、だからどういう風にすべきかは、ちゃんとわかっているつもりでいる。ただ頷いて、求められるがままにしていればいい。「私のこと、好きなんでしょ?」と言われて、頷いた。動きが鈍くなったので、こちらからキスしてやる。それで大概、OKが出る。満足した顔はしてもらえないが。

「まあ、悪くはないかな」

 やはりそんなことを言われた。案の定。御しやすさが俺の売り、といったら、そういうことになるのかもしれない。自尊心が、触れ合いが、愛情が——甘い蜜が足りなくなったら、こちらに求めればいい。そういう形でしか、俺は世の中の役に立てない。


 雨の夜だった。


 午前三時ごろに家に帰って、二番目の兄と夜食を食った。その兄は歯科医で、この小さい街では一番の人気のデンタルクリニックを経営している。子供からの人気も高く、兄自身にも、もうじき二人目の子が生まれる。

「これ食ったら、歯磨けよ」

「うん」

 兄も付き合いで飲み会だったらしく、二人で野菜入り塩ラーメンを食べた。袋麺は母に禁止されていたので、昔からこうして夜中にこっそり食べた。成人してからは、別にそんな縛りも無くなったのだが、習慣というものはなかなか消えない。

「今日はどうだった?」

「普通」

「そうか。眠れそう?」

「たぶん」

 そんな会話をした。ラーメンは美味かった。雨で体が冷えたので、軽くシャワーを浴びて、部屋に戻った。でも結局、朝の八時くらいまで眠気はなく、ずっとベッドの上で、音楽を聴きながらゴロゴロしていた。

 朝日を浴びると、いつも少しだけうとうとする。でも、それから意識が眠りに沈むことはなく、海の浅瀬のように、寄せては返していくだけだ。眠れても、膝までの深さがせいぜいで、すぐに目が覚める。


 医者のところに行ったのは、午後になってからのことだった。


 父の車に乗せられて、街外れにある小さなクリニックに連れて行かれた。車の中でうたた寝していたので、道はよくわからない。でも駐車場は狭く、かなり草が生えしきっていたので、ちょっと驚いた。こんな廃墟みたいなところで、本当にメンタルケアなんてしてるのだろうか。正直そう思ったが、街中よりもずっと山奥で、自然が豊かなので、心が落ち着くといえば……そうなのか? でも、人をふらっと死の世界に誘いそうな気配もした。鬱病の気持ちはわからないが、ピッカピカのお洒落な建物よりは、これくらいの方が敷居が低くて、いいのかな。


 他の患者はおらず、中に入るとすぐに診察をしてもらえた。


 診察室は外の様子と似ていて、なんというか……どんよりしていた。お祓いとかしてもらったほうがいいんじゃ? と、他人事ながら心配になるくらいの暗さだった。時刻は午後二時で、山奥とはいえ外はまだ明るいというのに、室内は鈍色に染まっていた。

「そこにかけてください」

 亡霊みたいな低い声で、医者が椅子をすすめる。俺は大人しくそこに座り、父は医者に言われて、診察室を出て行った。それから色々質問された。いつから眠れないのか。今飲んでいる薬はあるか。学校には行っているのか。

「ずっと前からです。11か12の頃から」

 一つ目の答え。

「薬は飲んでません」

 二つ目の答え。

「大学は休学してます」

 三つ目の答え。

「ご家族のことはどう思っている?」

 四つ目の質問には、こう答えた。

「いい家族です」

 医者は眼鏡を外し、少し目を擦って、それから言った。例の言葉を。

「わかりました。じゃあ、今日から日記書きます」

 別に何を言われても、その通りにするつもりではあった。よほど無茶なことを言われない限りは、食事制限だろうが、運動だろうが、服薬だろうが……どうせ無駄なことだと思ったが、病人認定されるためには必要な仕事だ。

「日記帳とか、買ったほうがいいです? アプリとかでもいいのかな」

「どちらでも。君の書きやすい方法で、好きなように書くのが一番いい。その日にあったこと以外にも、ふと思いついたこと、思い出したことを、書きたいだけ書くのも良いでしょう」

「そうですか」

 その日はそれで、診断らしい診断はお終いだった。あとは昨日のカラオケのこととか、夜食のこととか、最近何か気晴らししましたか? と聞かれたので、適当にしゃべったら、医者は「なるほど」と相槌を打つだけだった。「私もカラオケに行こうかな」とか、不器用にもギャグってきたりして、ふーんこの人はこういう人か、なんて思ったりした。


 それで月に一回、その音原おとはら先生のクリニックに通うことになった。


 帰りに父が、何かほしいものはないか、と聞いてきて、子供じゃないんだしと笑ったが、結局、県道沿いの潰れかけみたいな百均に寄ってもらって、それっぽい日記帳を買った。父もついでだからと、よくわからない変な置物を買ったりしていた。何そのセンス、いやー可愛くないか? なんてふざけ合っていたが、俺が実際に思っていたことは、その置き物も一週間後にはゴミ箱に入ってるんだろうなぁ、とか、そんな感じのことだった。

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