40 最終章② ワタシの夢を叶えて

――荒い吐息を必死に抑えながら、俺は記憶を辿る。


母さんを、父さんを殺してしまったあの後、俺は一度意識を失った。

意識が途切れる瞬間、俺の脳裏によぎったのは――途方もない《憎悪》の感情。

そして次に意識が戻った時――俺は再び、この世界にいた。

スクトさんを殺そうとしている俺が――そこにいたんだ。


最初は悪い夢だと思った。

けど、手を通して伝わってくるスクトさんの命の灯が消えてゆく感覚が、現実であるという事を嫌というほど突き付けてきた。

そうしてすぐさま手を放そうとした――その瞬間。耐えがたい痛みが、俺を襲ったんだ。

スクトさんを殺したくないと思えば思うほど、それは激しくなってゆき。俺はたまらず逃げだした。


「殺せ」


何処かから聞こえてくる声を、ずっと聴きながら――


そうして今、俺はここにいる。


何故、どうしてこんなことに。何度問いかけても、答えは無い。


「あああああああーーっ!」


押し寄せる感情の波に呑まれ、俺は天を仰ぎ――叫んだ。

慟哭とも発狂とも取れるその声は、寒空へと溶けてゆく。


「ハァッ……ハァッ……」


そうして再び場は静まり返り、残ったのは吐息だけ。

俺は力なく地へと背をつけ、手で顔を覆う。

――そんな時だった。


「泣いているのですか、マスター」


「……え」

聞き覚えのある――いや、忘れようのない声が俺の耳に飛び込んできたのは。



「スクト……」


所変わって、キュリオのラボ。

大怪我を負ったスクトを運び込み、治療を施した二人。

未だ眠り続ける彼を見つめるキュリオのその眼には、いつもの元気はない。

それも無理はない話――全身に重度の火傷を負った状態の彼。生きている方が異常ともいえる有様だ。


「心配する気持ちもわかるが、お前が倒れては元も子もない。少し休みなさい」


そんな孫娘の姿を見ていられず、言うサクヤ。しかし彼女は――


「ううん、そういう訳にもいかないよ。色々と、やるべきことはあるし……」


その提案を蹴り、モニターへと向かい合う。


スクトを襲った敵の正体もそうだが、彼女にはもう一つ気になることがあった。

それは――ラボの物品が失われている、という事だった。


無くなった物は二つ。

作ったはいいものの、改良する間も無くお蔵入りとなってしまった人型自立兵器の試作品。あの夏の日、マリスへ人間の身体を与えたあれだ。


そしてもう一つは――《マリス》そのもの。正確には、スクトが破壊したマリスの残骸――つまりコアであったスマートフォンである。

あの後悪用を防ぐため回収、厳重に保管していたのだが、ここに帰った際に消えてしまっていた。

保管場所を知っているのは彼女自身と祖父サクヤ、スクトの三人だけ。

しかしマリスの撃破以降いつも同時に行動していたので、互いにアリバイを証明できる。

なら、いったい誰が?

マリスの存在とそれが持つ強大な力を知るのは、レイヴンズの中に限定しても極僅かな5人――しかもそのうち二人は故人だ。


であれば、必然的に外部の者の犯行という線が浮上するのだが――どこでそれを知ったのか?という問題が出てくる。


「ああ、もう……」


袋小路へと入り込んでしまったキュリオは頭を抱え、机を指で小突いていた――



「何で、君、が」

絞り出すような声を出しながら、後ずさるのはケイト。

なぜなら、彼の目の前には――


「私は蘇ったのですよ、マスター」

死んだはずの彼女が。


「私の夢を、果たすために」

あの夏の日のように、人の姿を取ったマリスがいたからだ。


「夢?」

あまりに突拍子もない出来事に困惑し、尋ね返す。

そんな彼を見て、彼女は微笑む。

そしてケイトへと近寄ると――その頬に手を添え、撫でつつ続けた。


「ええ、夢です。人類滅亡という夢。この世界の破壊という夢」

「何を言ってるんだ、マリス?」

嬉々として語る彼女の態度に戸惑い、すくむケイト。

そんな彼を、マリスは後ろから優しく抱きしめ――囁く。


「何も不思議はありませんよ。貴方にもあるはずです、マスター。この世界が……そして私を殺したカイセ・スクトを憎いと思う心が。だから、恐れないでください……貴方に目覚めたその力を」


「俺が、憎んでる?スクトさんのことを?」

「そうです。もうわかっているはずですよ。貴方を進化へと導いたのは、醜い悪意にさらされたことへの恐怖、身勝手な者たちへの憤怒。湧き上がる憎悪、自分を悪魔と断じた両親への絶望。闘争を仕掛けてくる他者への殺意。貴方はこの世界に破滅させられた……だから、お返しに全ての生命を絶滅させる権利があります。神が生み出してしまった過ち全てを、滅亡させるのです」


瞳を紅く、妖しく輝かせつつ呟くマリス。その口調はまるで、子供をあやす母親のようでもあり。


「俺は、俺は……そんなつもりはない!」

語調を強め、否定するケイト。身を震わせてマリスを振り払い、怯える目で彼女を見る。

「マスターは……私のことが嫌いになったのですか」

その表情に影を落としたマリスがケイトの眼を見つめ、言った。

「違う……違う、けど……っ」

慌てて否定し、膝をつくケイト。もはや何が何だか分からなくなってしまった彼は、ひたすら戸惑うばかり。

そんな彼を――


「……なら、叶えてくれますね?愛しいマスター」


マリスは再び、抱きしめた。

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