17 戦う理由は

山の頂に位置する、野球のスタジアムほどのサイズをした3階建ての建造物。

この世界の治安を守る要――《レイヴンズ》の本部だ。

俺はスクトさんへ連れられて、ここに来た。

エレベーターを使って三階へと昇るなか、緊張が俺を襲う。

まさか、こんなことになるなんて――


「お待ちしておりました、アヤツジ・ケイト様ですね」

「ど、どうも」

少し前。本部へと辿り着いた俺たちが車から降りると、スーツに身を包んだ女性が声をかけてきた。

俺は困惑しつつも、頭を下げる。


「いったいどういう事ですか、一般人をここへ呼ぶなんて」

スクトさんが尋ねる。

「長官のご命令です」

「長官の……?」


長官。その言葉に背筋が伸びる。組織の長が、わざわざ俺なんかを?


「詳しいことは直接。では、こちらへ」

淡々と言うと、女性は足早へ歩き出した。俺もスクトさんへ一礼すると、慌ててそれを追う。


そして、今に至る。

未だに呼び出された理由がつかめずもやもやとする俺であったが、そんなことはお構いなしに、その時は訪れた。

対面の時だ。


美麗な装飾の施された扉が開き、部屋へと通される。

部屋の最奥には、椅子に座ってこちらを見つめる初老の男の姿があった。

俺は緊張しながら、口を開いた。


「初めまして!俺は、アヤツジ・ケイトと申します!」

ガチガチな礼とともに、まずは自己紹介。

しかし、沈黙。冷や汗が噴き出る――まずい、失敗したか?


「ふふ、そんなに硬くなる必要はない。頭を上げて、楽にしたまえ」

だが、その心配は杞憂であったらしい。穏やかな口調に、少し肩の力を抜く俺。


「私はカイセ・タダシ。このレイヴンズの最高責任者だ。今日はこんなところまでありがとう。君のことは聞いているよ」

「い、いえ……それで、何で俺はここに?」


《カイセ》――その名を聞いて、少し引っかかるところがあったものの、今はそんな場合じゃない。とにかく早く、呼び出しの理由が欲しかったのだ。


「ふむ。では単刀直入に言おう」

姿勢を直すタダシさん。部屋の空気が一気に張り詰め、俺は唾を飲む。

そして、



「君にこの組織の一員となってもらいたい」

「え?」


まさかの一言が、飛び出した。



それから。俺は1階にある食堂にて、朝食を取ることにしていた。


「おう」

「あ、スクトさん」

座る俺を見つけ、その向こう隣りにどかりと座るスクトさん。

なんだか、初めて会った時のことを思い出すけれど――今はそれどころじゃない。


「で、何言われたんだ」

「実は」


俺はスクトさんへ、長官から告げられたことを伝える。


俺にこの組織の一員になって欲しい。

俺の持つこの力が、平和維持と言う《正義》のために必要なのだ、と。


「ったく、何考えてんだ親父め……」

俺の話を聞き、開口一番に吐き捨てるスクトさん。その中の一言が、俺にとっては衝撃であった。


「えっ、親父って」

「……あぁ。俺は、長官の息子だ」

少し不機嫌そうな口調で言うスクトさん。どうやら、何か思うところがあるようだ。


「で、受けるのか」

「いえ、考えさせてほしいと」

「そうか。それがいい。お前はまだガキだ。俺たちみたいに鉄火場へ軽々しく出るもんじゃねぇよ」

少し遠い目をしながら言うスクトさん。その様子に、俺の中である疑問が芽生えた。


「……あ、そういえば」

「ん?」

「いや、スクトさんって、何でこの組織にいるのかな……って」

「何だよ急に。まぁ、話してやる。少し長くなるがいいか?」

「はい」


そうして、スクトさんは己の過去を語り始めた。

俺は耳を傾け、聞く――



俺は親父とおふくろの間に生まれた、普通の子供だった。

親父は仕事で家にいることが少なかったが、それでも仲のいい家庭だった。

そりゃあ、幸せだったさ。だが……ある日事件が起きた。俺の人生を狂わせた事件が。


今から15年前のこと――俺が6歳の頃だ。俺たちは珍しく休みを取れた親父と一緒に、3人でピクニックへと出かけていた。

楽しい時間を過ごしていた――そんな時だった。

その幸せを、突然奴らはぶち壊しやがった。


世界中に構成員を持つテロ組織、《ガットネロ》。

あいつらの狙いは、親父だった。邪魔なレイヴンズ長官を始末するため、奇襲をかけてきたんだ。


奴らはおふくろと俺を人質に取り、親父に降伏するよう命令した。

けどその時、おふくろが暴れ出したんだ。

俺のためだった。その隙に、親父は素早く奴らを仕留めた。

だが、少し遅かった。

おふくろはすでに、刺されていたんだ。

冷たくなっていく手を握りながら、俺は誓った。


必ず奴らを――いや、この世の悪人全てをこの手でぶっ潰す、ってな。

そして俺は血のにじむような鍛錬の末、レイヴンズに入った。



「……そういう訳だ」

「……」


スクトさんの戦う理由を聞き、俺は黙るほかなかった。

そして考える。俺の戦う理由って、何だ?

俺はこの世界に来てから、ただただ流されるがままに戦ってきた。

そんな俺が、レイヴンズに入ってもいいものなのか?

信念も、正義も、覚悟すらないままマリスを頼りに戦って――本当に大丈夫なのだろうか。

そんなことを思い、悩んでいた時だった。


「あんま考え込むな。お前はあくまで一般人のガキだ。無理して戦う必要なんざねぇ。……そう、ねぇんだよ」

「スクトさん……」


「だがもし戦うってんなら、腹はくくっとけ。俺から言えんのは、それだけだ」

「ありがとうございます」


そう言い残して、スクトさんは去っていった。

俺は再び、悩む。

一体、どうすればいいんだ――?

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