狐少年とソーダ少女

第1話

 ――辺りを見回す。誰も見ていない。

 握りしめていた300円は汗でべとついていた。それを投入すると、ボタンが一斉に点灯する。

 手を伸ばしたそのとき、横から手が伸びてきた。

 自販機が「ジャラジャラジャラ」と硬貨を吐き出す。

 静かなロビーに突如響いたその音に、何人かが周りを見回す素振りを見せた。

 ヤバ――――

 と、ぐっと右腕を掴まれた。引っ張られるままに走る。

 後ろ姿だけで顔は見えないが、少しグレーがかった綺麗な髪をひとつに束ねている。たぶん女の子だ。


 角を曲がると、ちょっと古いドアがあった。女の子が「んんっ」と唸りながら押すと、それはぎぃぃっと音をたてて開いた。

 彼女に続いて入る。パチ、パチと音がして電気がついた。

「汚くてごめんね。ここ私の部屋」

 そう言いながら振り向いた。

「!? えっ、えっ」

 我ながらキモい反応をしてしまった。女子の部屋とか初めて――じゃなくて。

 やば、可愛い。

 少しグレーがかった綺麗な髪(2回目)、甕覗色かめのぞきいろの色素が薄いぱっちりとした目、ぷっくりとした唇。彼女は従業員用の浴衣を身にまとっていた。

 ――従業員用の浴衣?

 旅館の中に自分の部屋があるということは、ここの旅館の子なのか?


 そんな僕の顔に気づいたのか、彼女は口を開いた。

「私は蒼田そうだ静蘭せいらん。この旅館で生まれたの。よかったらソーダとかで呼んで」

「ソーダ?」

「うん。名字と自分の大好物を掛けたの。うちの旅館特製ソーダはほんと美味しいから一回飲んで見てほしいな。……未成年はビールなんか買ってないで、ね」

「――っ」

 急にぶっ込んでくるなこの子。

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