君に「さよなら」を伝えたい
金石みずき
第一話
「ずっと好きでした。付き合ってください」
「ごめん……」
いつも一緒だった幼馴染からの告白を俺は断った。
涼音は少し顔を下げたが、すぐに真っ直ぐにこちらを見て悲しげに微笑んだ。
「だよね。わかってた。凌太は別に私のこと好きじゃないもんね」
「まぁ……」
言葉を濁して曖昧に返事をする。
ここではっきりと言った方が涼音のためになるのだろう。でも臆病な俺にはどうしてもその選択肢はとれなかった。
「あー、もう。なんか湿っぽい空気になっちゃったな。ごめんね! これからも今まで通り接してくれると嬉しいな」
「それは、うん」
「じゃ、また明日! いつも通り朝迎えに行くからちゃんと待っててね!」
「ああ。……じゃあな」
夕暮れの中、手を振りあって別れる。涼音は運動が苦手らしからぬスピードで駆けていった。
正直、助かる。あのまま二人揃っていつもの交差点まで連れ立って歩いては、間が保たない。
玄関戸をあけて家に入ると、少し殺風景な空間が広がる。
靴を脱ぎ、短い廊下を歩いてリビングへ。
扉を開けて「ただいま」と言うと、キッチンで夕飯の支度をしていた母さんが気が付いた。
「おかえり~。晩御飯もうすぐだから着替えてすぐいらっしゃい」
「はいよ」
洗面所で手を洗い、階段を登って自室へ。
荷物を降ろして部屋着に着替える。
綺麗に片付いた部屋がなぜか少し寂しげに見えた。
階段を下りてリビングへ戻ると、食卓には料理が並べられ始めていた。
「ご飯よそってくれる?」
「はいはい」
今日も父さんは帰ってくるのが遅いので、よそうのは俺と母さんの分だけだ。
気持ち自分の分は多めに、母さんのは少なめに。
母さんは細っこいので、俺としてはもう少し食べてほしいのだが、太らない方が長生き出来ると聞いたことがあるのでどちらがいいのかわからない。病的に細いわけではないので、太りたくないという本人の意思に任せようと思う。
ふたりで座った食卓で「いただきます」。
テレビでは良く知らない芸人が、面白いんだか面白くないんだかわからないことをべらべらと話している。いつもよりもつまらなく思えるのはあんなことがあったからだろうか。
「凌太……涼音ちゃんには話したの?」
副菜のキャベツの和えものを口に入れたとき、母さんが唐突に言った。
俺はあまり口を開けないようにして「ん、まだ」とだけ言うと、母さんは少し呆れたような表情を浮かべる。
「そろそろ言っちゃいなさいよね。凌太が自分で言うって言うから黙ってるけど、母さんも後藤さんや涼音ちゃんにはきちんと挨拶したいのよ」
「わかってる。明日、必ず言うよ」
母さんは「そうしなさいね」と言って、西京焼きに箸を伸ばした。俺もつられて一口。うん、うまい。
学校であったことや、どうでもいいテレビの感想なんかを話しながら食事を終える。食器をキッチンまで持っていき、茶碗は水に浸し、すぐに落とせる汚れは濯いでおいた。
再び階段を上がって自室に行き、仰向けベッドに倒れ込んで溜息を一つ。
――俺は来月、ここを引っ越す。
父さんが他県へ転勤することになったのだ。本社の方へ行くことになったので、栄転というらしいが高校生の俺にはよくわからない。俺にとって重要なことは、生まれてからずっと住んできた、この地を離れるというただその一点だけだった。
涼音と会えなくなる。
考えるだけでズキリと心臓が痛んだ気がした。当たり前だ。まさかこんな形で離れることになるとは思ってもみなかったのだから。
「言えねえ……よなぁ。言わなきゃいけないのは分かってるけど……」
言ったらどうなるだろうか。きっと悲しむ。もしかしたら泣くかもしれない。そんなことを考えているうちにずるずるとここまできてしまった。
涼音が俺に好意を寄せてくれているのはわかっていた。わからない方がおかしいくらいあからさまだったからだ。周りの友達もみんなわかっている。何度からかわれたことか。
「しかもますます言い出しづらくなったし……」
ぐるぐると回る思考はなかなかうまく形になってくれず、心に深い蟠りを残すだけだ。
明日、必ず言う。
だがいつ言えばいいのか。いつなら言えるのか。
そんなことを考えながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます