第190話 世界に叛逆するネットTV配信⑩-ついに解禁! アルティメットフォーム-

 休憩の間に歌うためのステージセットが整った。

 どう考えても歌とは関係ないセットだ。準備に携わったスタッフは困惑している。ずっと困惑しながら作業していた。それでも歌うためのステージセットが整ったのだ。

 実際のところ本当に歌とは全く関係がなかったりする。


 ドラゴンブレイクのショート缶はひじ掛けの上に取り残された。

 実はまだ中身が残っている。今から歌うので炭酸飲料を多く飲むわけにはいかなかったのだ。そんな後ろめたさを心に残しながら真宵アリスは玉座から猫尻尾の充電コードは抜き、再び腰に巻いた。

 やる気充電完了だ。

 新たなる挑戦に胸躍る。

 うずうず笑顔を浮かべて真宵アリスは手のひらをステージの右側に向けた。

 先ほどまで隠されていたステージの様子を配信カメラが映しだす。


「新曲を発表するための準備も整いましたのであちらをご覧ください」


 ステージ上に並んでいたのは巻き藁だった。

 無数の巻き藁が互いに十分な距離を取りながら並んでいる。

 立てられた巻き藁の上部。人間でいえば顔の部分にはそれぞれ違う文言で張り紙がしてあった。


『誹謗中傷』

『デマ』

『ロリコン』

『児童ポルノ』

『ゴリラ』

『チ〇コロ事件』


 系統の異なる単語も混じっているが、そんな細かいことを気にしている状況ではない。

 真宵アリスがなにをしようとしているのか。

 一目瞭然だ。

 脇差だが刀を持っている。

 刀と巻き藁のの組み合わせでなにをするのかわからない日本人はいないだろう。

 わからないのは真宵アリスの発言だ。

 歌と一切関係ない。

 困惑する視聴者に対して理解を強要するように繰り返される。


「歌の準備です!」


 なおこの模様は真宵アリスの満面の笑みで配信されている。


:とうとう新曲発表か

:色々あり過ぎて忘れていたけどこれ歌番組だった

:正確にはアーティスト密着ドキュメンタリー形式の歌番組だから番組前半歌わないのは珍しくない

:でも生配信形式でこれだけ特殊な内容になったのは初めてだろ

:元々アーティスト依存だけどここまでおかしいのはないw

:…………ん?

:ん? ゴシゴシ……あれ俺の目が悪いのかな?

:大丈夫だ……たぶん同じものが皆に見えている

:なんだ巻き藁か

:歌にはやっぱり巻き藁が必要だよな

:最近の歌番組には巻き藁が足りてないと思っていたんだよ……ってねーよ! 巻き藁は必要ねーよ!

:張り紙の文言がwww

:斬るつもり満々過ぎるw

:殺意しか感じないラインナップ

:いや歌は?

:お……おう!

:アリスが歌の準備と言うんだから新曲に必要なんだろ!

:笑顔でゴリ押しされたw

:デビュー配信からずっと追っかけてきてアリスがなにやってももう驚かないと心に刻み付けているのに毎回驚かされるんだよな……もう家に着いたから叫ぶぞ……電車の中でも叫んだけど……歌に刀も巻き藁は必要ねぇからなぁーーーーーっ!

:押忍!

:長文兄貴乙

:よく書いてくれた

:さすが頼れる兄貴!


「ステージの準備は万端。私も喉の調律しますね。本当はショーの最中にするモノではないのですけど」


 視聴者の驚愕は無視して真宵アリスは発声の準備を開始する。

 まずはゆっくりと首を回して首の筋肉を柔らかくする。

 頭を後ろの倒して元に戻す運動で喉と顎の筋肉をほぐす。

 肩を軽く回してストレッチは完了。

 いつもの本番前はもっと念入りにストレッチを行うが、今回は休憩明けの軽いストレッチだ。


 次は鼻から息を通す。

 ここで詰まりを感じたらすでにダメだ。本番も鼻声になってしまう。歌声とは全身から発せられる。姿勢の取り方でも変わる。

 呼吸器の微かなつまりや喉のかすれも歌に大きく影響する。

 ついさっき炭酸飲料を飲んでしまったので空気を抜く意味合いもある。


 そして少しずつ「ん」と「な」の口の形で声を出していく。

 実際にステージに響き渡るのは「あ」の音だけ。

 最初は小さく。だんだん大きくなるように響かせる。

 次は最初が大きく。だんだん小さくなるように響かせる。

 そして最後はステージで魅せるために一番低く弱い声を出す。そこから徐々に強く高い音を出していく。限界まで引き絞っていく。

 ステージ全体が真宵アリスのどこまでも清らかな高音に支配される。

 まるでオペラのワンシーンを見せられたかのように。


 まだ歌っていない。

 ただの発声練習だ

 それだけでもわかることがある。

 真宵アリスは歌が上手いのだと、視聴者の脳が受け入れる。

 巻き藁の存在を置き去りにして。


「うん……調律は大丈夫です。あとはこの耳飾りを開けて」


 先ほどとは種類が異なるが、またも視聴者の驚愕は無視される。

 真宵アリスは猫耳シルエットの巨大な耳飾りをパカリと開ける。そしてコードを取り出し右側は白銀のティアラに接続、左側はケープに接続する。

 淡々と行われた奇行。

 それがなにを意味するのかは視聴者には理解できない。

 でも視聴者の心は一つになっていた。


:あれで舞台の準備が万端なのか

:アリスが言うならそうなんだろうな……アリスの中では

:それってあなたの感想ですよね?

:ただの準備です

:アリス劇場はあるがままを受け入れるしかないんだよ

:これがアリス劇場だから

:真面目にストレッチしてる

:うまい(語彙力消失)

:発声練習を聞くだけでも上手い人は上手いとわかるよな

:本物のプロが厚みのある声量で圧倒してくる奴

:素人がやると音が整っていないから不快な叫びに聞こえるよな

:正直生のステージを聞いてみたい

:そこも開くの!?

:コード接続したw

:だからなにをする気だwww

:お願いだからちゃんと説明して

:なに舞台上に刀と巻き藁と歌の準備万端のアリスと謎のコードを接続した真宵アリスがいるだけだ

:説明されても意味がわからないよ

:大丈夫だ……見てればわかる

:アリス劇場では起きた現実をありのまま受け入れることが大切なんよ


「よし! 私も準備できました! 照明を消しても大丈夫です! それでは新曲発表です。曲名は『全力暴走ガール』。ミュージックスタート!」


 そして圧巻と驚愕のステージが始まる。

 闇に閉ざされた舞台。

 下方から照らされて青色のライトアップされる巻き藁群。

 張り紙が顔に見えて生贄感が半端ない。

 それなのに流れるイントロはポップで軽快なテンポ。

 これからなにが起こるのかが予想できているだけに余計に混乱する。

 だが視聴者の予想は覆される。

 歌声よりも、巻き藁切りよりも、先に新たな驚愕が襲来してきたからだ。


「本日初公開の真宵アリスの新衣装です。なぜか実写での発表です。それではアルティメットフォームスタンバイレディ!」


 唐突な宣言。

 そして驚愕の発光。

 真宵アリスの姿は先ほどまで暗闇の中で見えなくなっていた。

 今は眩い輝きに包まれている。

 ステージライトに照らされたのではない。

 真宵アリスが光り輝いているのだ。

 真っ白なシルエットが浮かびあがる。そのシルエットもいつもと大きく異なっていた。長い髪が風になびく。マント上だったケープは翼のように広がっていた。本日は動きやすさ重視でショートだったスカートも、前は膝が見えるほど短いままだが、後ろはロングドレスのように広がっていた。


 頭頂部から少しずつ輝きが収まっていき詳細がわかってくる。

 ロングヘアの髪は一本一本グラデーションを描きながら輝きを放っている。

 ケープはシルエット通り、三対の天使の羽のように広がっている。翼はひときわ強い輝きを放っており、真宵アリスには後光がさしているようにも見える。

 いつものメイド服も白一色に光り輝いている。後ろが伸びたことで見えるようにスカートの裏地は漆黒。その中にカラフルな星がきらめいていた。

 真宵アリスの皮膚の部分にも蛍光色の電子回路が走っており発光している。

 開かれた瞳は金色に輝いた。


 それは変身だった。

 なぜか実写で魔法少女っぽい変身バンクのような映像が流れた。

 気づけば真宵アリスはアルティメットフォームに変身していた。

 意味がわからない。

 視聴者の意識に間隙が生まれた。

 その間隙をつくように真宵アリスは動き出していた。なぜ視聴者の心の間隙をついたのか。その理由は誰にもわからない。

 予備動作なし。一気に最高速度に到達する。

 縮地法だ。

 真宵アリスの姿はいつの間にかロリコンの巻き藁の前に到達していた。

 そこから左足の踏み込みの抜刀術。

 鞘から抜かれた風切り羽は眩い桜色の輝きを発しながら、減速せずに巻き藁と同じ空間を通過した。


 ――カチャリ。


 風切り羽が鞘に納められる音が鳴る。

 ロリコンの張り紙が張られた巻き藁の上部が滑り落ちて床に沈む。

 そこで新曲のイントロは終わり告げる。

 つい真宵アリスが歌い始めた。

 その全てがわずかな時の中に実行された。

 リスナーの理解が追いつかない。


:新曲はポップな曲調だな

:真宵アリスの歌の作詞作曲はえぐい歌で有名なボカロの氷下天使だろ

:あの人のポップな歌は歌えたことがない

:これぞボカロ曲って感じの曲をぶち込んできそう

:青色ライトアップの巻き藁が不気味過ぎる

:墓標かな?

:どちらかと言えば処刑台だろ

:えっ?

:ここにきての新衣装発表?

:アバターじゃなくて実写でw

:アルティメットフォームってなんだよw

:光り輝いた!

:これ真宵アリス自体が光ってる?

:……ここまで眩くなかったけど光るゴリラなら最近見たな

:そっかVTuberってバーチャルだもんな……そりゃあ自ら光るよ

:仮想に逃避するなwww

:アリスってもしかしてVTuberの意味を間違えてないか?

:神々しい

:いや……マジでそれ

:髪自体がグラデーションに発光してる?

:してるな

:ケープも天使の翼になって光り輝いてる

:スカートの形状も変わっているし変な意味じゃないて中も凄い

:通報

:だから変な意味じゃねーよw

:皮膚にも電子回路が走っていてメイドロボらしさは残っているな

:変身前には回路の発光がないのに

:瞳まで金色か

:ん?

:……え?

:消えた

:斬った

:ヤバいマジで見えなかったからコメントが追いつかない

:気づいたときにはアリスがロリコンの巻き藁の前にいて風切り羽が抜かれてた

:残像がwww

:本人の動きが見えなかった

:ステージ暗くてアリスも刀も発光しているから光の残像は見えるしなにをやったかはわかるけどwww

:リアルでフィクションの抜刀術を再現するなwww

:普通巻き藁切りって上段に構えて刀の重みも利用して袈裟斬りにするのに居合切りかよ

:しかも左足前の踏み込み

:……それって天翔けてね

:歌始めたwww

:相変わらず上手いけどwww

:頼むから曲に集中させてくれ


 ・

 ・

 ・


:あーーーーチ〇コロ事件が

:奴は四天王最弱

:四天王って誰だよw

:巻き藁残っているけど曲は終わりそうだな

:まだ絶望するのは早い! 我らにはまだゴリラ先輩がいる

:お前らどの立場だよw


「はい新曲の『全力暴走ガール』でした。次からはメドレーで色々歌っていきますね。実はまだやってみたいこともあって薙刀と手裏剣も用意してます」


:新曲終わったw

:激ムズでいいボカロ曲だったのは覚えているのにアリスのパフォーマンスに全部持っていかれた

:あとで聞き直そう

:次はメドレーか

:ん?

:薙刀に手裏剣?

:用意するなwww

:歌のステージだよな?

:……アリス劇場だから(震え)

:これだけ動きながら音程一つも外さず生歌披露しているのえぐい

:しかも全部上手いし

:ゴリラパイセンがぁーーー!!!

:えぐい

:なぜゴリラパイセンだけ三連撃

:居合切り袈裟斬りからの空中の巻き藁を突きで仕留める鬼の所業

:ゴリラにだけは相変わらず殺意高い

:でも巻き藁が刺さったままだからこれで風切り羽は使えないはず

:……まさかの歌の途中での武器換装である

:薙刀用意してるって言ってたもんね

:誰だよ真宵アリスに喧嘩売ったの?

:犯人とアリスがリアルですれ違ったらどうなるんだろ

:たぶん犯人がわからないうちに首が落ちている

:アリスが引きこもっていてよかったな


 ・

 ・

 ・


 誰も見たことのないステージ。

 ステージ上に巻き藁の残骸しか残っていない。

 暴走の限りを尽くしている間も真宵アリスは一音も外さずに歌い続けていた。

 もうなにに驚いていいのかさえ視聴者にはわからない。

 驚愕のアリス劇場の演目が終わろうとしていた。


 ステージ全体が一瞬だけ暗転し、すぐに全体が明るくなった。

 するとステージの中心に立っていた真宵アリスの姿が消えている。

 正確にはいる。

 いるのだが先ほどまで実写の姿でそこにいた真宵アリスは消えていて、アバター姿の真宵アリスに変わっていた。

 まるで夢の時間が終わりを告げたかのように。

 仮想と現実。

 どちらが夢の時間だったのかも曖昧にして。

 アバター姿の真宵アリスが笑顔で微笑む。


「それではお仕事モード終了。本日のショーはいかがでしたでしょうか。色々ありました。本当に色々ありましたが、最後に見てもらった通り、私のストレス発散が目的だったりします。リアルでやってみたかったことはやり尽くしました。これだけやればリアル出禁宣言してもいいでしょう。真宵アリスはバーチャルの世界に引きこもります。実写で表に出るのは今日限りです。やり残したこともないので。あと懲りずに私のリアルの画像が不法投稿された場合は厳正な処置を取らせていただきます」


 ただのストレス発散と言い切った。

 リアルにはもう出ない。バーチャルの世界に引きこもる。

 そう宣言した。

 そこには誹謗中傷などの被害を受けた影など欠片も残っていない。


「それでは本日は本当に見ていただきありがとうございます。世界への叛逆を決行し、下剋上を果たした暴走型駄メイドロボ真宵アリスでした。バーチャルの世界でも皆様とお会いできることを楽しみにしておりますのでチャンネル登録をお願いします。私はいつでもそこでショーを開いています」


 やり尽くした。

 その言葉通りの暴走っぷりだけが視聴者の記憶に刻み付けられた。

 VTuberなのに実写で生出演して伝説しか残さなかった。


「それでは皆様。今度はバーチャルの世界でお会いしましょう。次回のショーもお楽しみください」


 ステージ上では真宵アリスのアバターがカーテシーを決めて、ステージの幕が下りる。

 こうして真宵アリスのネット番組スタージャムは無事に生配信を終了した。

 各方面に多大な影響を及ぼし、盛大に再生数を伸ばしながら。



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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 この作品は毎週金土18時に1話ずつ、週2話更新を目指しています。

 来週は4/28(金)に1話更新。4/29(日)に1話更新の予定です。


 暴走の限りを尽くしました。

 感動要素も下剋上もすでにやってましたからね。

 残りはちゃんと暴走型と見せつけるだけだったので。


 次回は掲示板回です。

 現実社会への余波が大きいので掲示板回です。

 前回の掲示板回のように作中作の実況などはないです。

 真宵アリスがリアルの世界に出没してしまったせいで、外の世界では様々な事件が起こっていまったというお話です。


 以上、応援や評価★お待ちしてます。

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