第110話 私だったのだ生配信④-嫌いな言葉-
私はあまり自分のことが好きではない。
自分以外の誰かになりたい。そんな変身願望が常に心の中で寝そべっている。
アフレコを始めたのも最初はただの憧れからだった。
物語の中で輝くキャラクター達。
フィクションの存在。ストーリーのために用意されたヒーローやヒロイン。決められた台詞を喋るだけの作り物の人格。
それがどうした。憧れを否定する理由にはならない。
作り物。けれど誰かが描いた理想像だ。
見ている者の心を揺さぶる言葉を紡ぐ。憧れを抱くように活躍する。共感を覚えるように苦悩する。悩み苦しみ。それでも前を向いて困難に立ち向かう。
キャラクター達は生きていた。
現実に押し潰されて塞ぎ込む私よりも確かに生きていたのだ。
だから憧れて模倣した。
真似ることで勇気をもらえる気がした。
最初はワンフレーズから。
次第に作中の台詞を全て網羅する。
頭の中にキャラクター像をインプットし、あらゆる場面を想定してシミュレーションしていく。あの子ならばこの場面でなにを選択するだろう。どんな言葉を紡ぐだろう。諦めることを知らない物語の主人公。どんな試練が待ち受けていても顔を上げて真っ直ぐに前だけを見ている。その強さが眩しかった。
アフレコしているときは自分が強くなれた気がした。
一人全役アフレコもより深くその世界に浸るために始めた。
そんな私がこの言葉を好きになれるはずがなかった。
「あなたらしくありなさい。誰かの模倣をしてもその席はその誰かで埋まっている」
なんて残酷な言葉だろう。
受け入れられるはずがない。
「大嫌いな言葉でした。私はあまり自分のことが好きではありません。引きこもっている間はアフレコしながらずっと誰かの真似をしていました。それが支えだったんです。そうすることで強くなれる気がしたんです。そんな私の存在を全否定するような言葉です」
:嫌いな言葉?
:アリス劇場開幕
:今日は嫌いな言葉か
:Be yourself, Everyone else is already taken.
:あかん……すでに耳が痛い
:アリスがガチで嫌ってそう
:言いたいことはわかるし正論だけどね……
:受け入れられるかは別問題
:……アリスの口調が重い
:人によってはトラウマ級の言葉
:アリスの過去だとな
:存在を否定する言葉か
「私のように自分が好きではない人には反感しか覚えない言葉だと思います。誰かの真似をしてもその席にその誰かが座っている。わかっています。でも憧れた。少しでも近づきたいから真似をした。誰かに成り変わりたいわけじゃない。その誰かにはいつまでも輝いていて欲しいと願っている。だって憧れだから! 憧れは憧れのままでいてほしい! 憧れぐらい持たせて! 憧れを否定しないで!」
感情のままに嫌いだった理由を吐き出した。
嫌いという感情はしんどい。とても疲れる。向き合うこともせず避けてきた。嫌いなモノは見ない。そんな処世術で生きてきた。だからちゃんと嫌いだと主張することは私にとって珍しいことだ。
「……ずっとそんな風に嫌っていました。こんな言葉は聞きたくもないと忌避していました。でも今は少しだけ見方が変わりました。ただ忌避するだけではない。ちゃんと嫌いだと主張できるくらいには、この言葉と向き合えるようになりました。そのきっかけも三期生の仲間でした」
VTuberとしてデビューする前の引きこもっている期間も、つい最近のスランプ状態のときも、この言葉が頭に浮かんだ。
自分を否定されている。
自分らしくという言葉が怖くて、考えないように遠ざけた。
向き合えるようになるなんて思いもしなかった。
「光栄なことにセツにゃんはデビュー配信で私に憧れてくれたらしいんです。だから私を模倣した。模倣は全ての始まり。自分の理想に近づくことが悪いわけがない。でも途中で気づいた。模倣に固執するあまり自分を否定することは間違っていると」
セツにゃんは私と同じ悩みを抱えていた。
方向性が違うかもしれないが私とセツにゃんはどこか似ている気がする。だから仲良くなれた。だからセツにゃんの言葉は私の中に響いた。
私を布教するのがセツにゃんらしさという主張は受け入れられないけど……。
「そして言われました」
『私はアリスさんと共演できるVTuberになりたかったんです。アリスさんにフォローされてようやく人気が出る同期生なんて嫌だった。同期生と名乗っても恥ずかしくないぐらい自立した活躍がしたかった。ちゃんとアリスさんと並び立ちたかった。それが私の理想でした。決してアリスさんに成り替わりたいわけではない。そんなことは無理です。自分は自分以外にはなれない』
「私も同じ想いでした。誇れる自分になりたかっただけ。憧れの存在と成り替わりたかったわけではない。ただ違うこともあります」
『自分は自分以外にはなれない』
「私にはこの事実を受け入れる覚悟がなかった。だからあんなにも自分らしくを忌避していたのかもしれません。けれど今は少しだけ受け入れることができました。私は私以外になれない。無理に私以外を演じ続けようとすると疲れてしまう。それを理解しましたから」
:自分らしくは確かに嫌いかも
:あかん……アリスマジモードや
:感情的なアリスとか珍しい
:演技力が高いっていうのかな……こういうのも
:俺初見だけどアリス劇場理解した
:たまに心を射抜きにくるよな
:俺もこの言葉大っ嫌いだわ
:わかりみ深い
:反論もできないから忌避してしまうのもわかる
:またセツにゃんだと!?
:仲間っていいな
:てぇてぇ
:なんだろ……アリスとセツにゃんはてぇてぇが一周回ってもう尊い
:互いにいい影響を与えているな
:桜色セツナの配信もセットで視聴するとより二人の関係性がわかるぞ
:桜色セツナの方も見てみようかな
:……なぜかセツにゃんの配信を見るとてぇてぇさが薄れるけどな
:アリスの配信を見ているときは尊いのに……
「そんなわけで改めて私の嫌いだった言葉を復唱しますね」
『Be yourself, Everyone else is already taken.』
「……今もこの言葉をそのまま受け入れることはできません。でも少しずつ意訳していくことで私は受け入れることができたんです。まず後半の部分ですけどそのままでは『誰かになれるわけではない』という意味になります。でも視点を変えれば『誰もあなたにはなれない』とも解釈できます。私だけが誰かになれないわけではない。誰もが自分以外にはなれないんです」
自分の視点だけで物事を判断すると視野が狭くなる。解釈も狭くなる。他者の視点。相談に乗ってくれる仲間がいて初めて気づくこともある。
私のように自分に否定的な人間にとってあまり意味のない解釈かもしれないが。
けれどセツにゃんは私に憧れてくれた。気付かせてくれた。桜色セツナは真宵アリスにはなれない。真宵アリスも桜色セツナにはなれない。だから一緒に配信できる。
自分を否定することがダメなのだ。誰かに憧れることが否定されたわけじゃない。
「私は誰かになれるわけではない。誰かも私になれるわけではない。私は私以外になれない。ならば前半の『あなたらしくありなさい』はどう解釈すればいいでしょうか。最初から私は私なのに」
結局は自分らしさ。
自分の中で形にしなければいけなかった。
「私は理想の自分だと受け入れました。誰かに憧れて模倣する。それが間違いだと思えない。憧れた。素晴らしいと思った。だから模倣した。他者から言われるがまま形だけを模倣することに意味はない。スランプの時の私のように空回りします。自分の心が素晴らしいと感じたから模倣するんです。その先に理想の自分がいるんです。自分の心が宿っているから理想に近づけるんです。だから私はこう意訳しました」
今話していることは私がセツにゃんから教えられたこと。セツにゃんからの受け売りだ。もちろん配信で話すことはセツにゃんから許可をもらっている。
相談に乗ってもらったから得ることのできた解釈。セツにゃんの模倣。でも素晴らしいと思ったから自分の中に落とし込んだ。自分の言葉で話そうと思った。
そうすることで自分の理想に近づける気がした。
『誰もが自分以外にはなれません。だから自分を否定しないで。誰かの真似でもいい。あなたの心のままに理想の自分を目指してください』
「言葉は受け取り方次第です。嫌いな言葉も好きになれる解釈をすればいいだけ。最近そのことを理解しました。そうでありたいと私は望みました。それが私らしいことにしました。以上、スランプ脱出報告です。さてつまらない私の近況はここまでにして、皆さんお待ちかねの『アームズ・ナイトギア』キャスト有志による電凸待ち企画開始です」
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