第69話 収録の裏側③-一期生よもやま話_side白詰ミワ-

 メイド服の少女真宵アリスは嵐のように去っていった。

 私の心に深い傷を残して。


 なんて回想が頭に浮かんだがそこまで深くは傷ついていない。

 自分の出演作を後輩が子供の頃に見ていた。

 作品のメッセージを受け取ってくれている。しかも全て覚えている。特別ヒットした作品でもないのに。

 自分の活動が誰かの心に残っている。それは声優白詰ミワとしての誇りだ。嬉しくないわけがない。

 あとでレナにも教えてやろう。もちろん小学生の部分も含めて。同じ喜びと傷を分かち合うのだ。


 小学生の部分に傷ついたのは事実だが、本当に二期生やリズ姉に気遣われるほどではない。

 でもいい機会だ。このノリに任せてもう少し大人の話をしよう。

 これから挑戦しようとするアリスちゃんにはあまり聞かせたくない話でもある。


「……よし。呑み直そう。カレンちゃんハイボール濃い目でお願いできる?」


「かしこまり!」


「ミワ先輩の目が据わってる」


「これは逃げなヤバいか?」


「こら! 逃げるな後輩達よ。後輩の相談に乗ったら先輩の愚痴も聞く! 酒の席とはそういうモノでしょ! スタッフさん達もまだ収録再開しないでね。少し外部に漏らせない話もあるから」


 私の言葉にスタッフが巻き込まれては堪らないと距離を取る。

 好都合だがそんな厄介な先輩かな私は。

 まあスタッフにとっては一期生は厄介かもしれない。

 二期生三期生と違って事務所での立場も違うし、気をつけないと。


「ミワ先輩。ハイボールお持ちしました。当然皆の分も」


「さすがカレンちゃん」


 カレンちゃんにハイボールを渡されて逃げ腰だった面々も大人しくテーブルに着く。

 本当に察しがいい。普段は率先してバカをやっているのに。一体どこまで見えていて、どこまで計算しているのかまったく見当もつかない。

 二期生で一番大人なのは紅カレンだろう。

 もちろんそこに言及するような無粋な真似はしないが。


「絶妙な濃さ! 今から呑み直す一杯目にはちょうどいい」


「ああ……完全に呑みモードや」


「おつまみに冷蔵庫から残ってたイカの塩辛といぶりがっこを持ってきた。あとなぜか用意してあったチーズ鱈とピーナッツとカルパスも」


「……完璧なラインナップね。さすがアリスちゃん」


 テーブル上が完全家呑みスタイルに様変わりする。

 正直そこまで望んではいなかったが見事だった。 

 紅カレンと真宵アリスの両名をまだ侮っていたのかもしれない。


「場も整ったわけだし、少し先輩の苦労話に付き合いなさい。まず衝撃の事実。実は一期生はあなたたちより給与が少ない月が多い」


「え? マジなんそれ!?」


「個人チャンネル持ってないからね。月比較だと割と下回ることが多いのよ。雇用契約からして違うし。でも安心しなさい。一期生は誰も待遇を不満に思ってないから。仮にも一期生は虹色ボイスプロジェクトの初期メンバーだからね。むしろ好待遇なのよ。実は事務所内で役員待遇。雇用や給与や将来の安定性が保証されている。一般的な同世代や一線級の声優よりももらっているしね。あとこの現場の最高責任者も職位的に私だからスタッフも従ってくれる」


「……知られざる虹色ボイスのカースト制度。もしかして私たち一期生の先輩方に失礼を働いていた?」


「碧衣リンちゃん。今更だしこれまで通り同じ演者として接するように。キツネちゃんも急に背筋伸ばさない。カレンちゃんは……知ってたか」


「カレンマジか?」


「この企画通すときに色々調べたから。絶対に敵対してはいけない上役を調べるのは基本」


「……カレンって実は世渡り上手やんな」


 あまり立場をひけらかすような真似は好きではない。

 でも事務所が大きく動こうとしている。それも重荷をアリスちゃんに押し付ける形だ。支えてくれる周りも事情を理解しているべきだろう。

 嫌われ役を買って出てでも根回しはしておかないと。


「まあ一期生は元々声優として活動していたからね。VTuberになったのも収入の安定を求めたところあったし。今の立場に満足。自分たちが切り開いた道を歩む後輩達が活躍してくれるのは万々歳。これでも苦労人なのよ」


「……本当にありがとうございます。いつもお世話になってます」


「うんうん。VTuberデビューしたときもさ。業界からもファンからも『声優がVTuberとか落ち目』とか好き放題に言われたわけ。私を含めて他の皆もコンスタントに仕事も出演作もあった。仕事があるんだから落ち目とは思わなかった。けれど華々しく活躍している一線の主役級ではない自覚はあったのよ。上には憧れていた先輩方。周りには実力と実績ある同世代。下には才気溢れる新人達。声優業一本の閉塞感から逃げたい気持ちはあったかな。だから『落ち目』という言葉が否定しきれなくて苦しんだね」


「……やはり先輩方ですらそういう状況だったんですか。さすがは供給過多の声優業界。アイドルアニメの量産。アイドル声優と揶揄されることもあるけど、新人は歌って踊ってコスプレして名前を売ってファンを獲得する必要がある。演技一本では生き残れない。歌やイベントで市場開拓しないといけない業界事情」


「……詳しいねヴァニラちゃん」


「私は売れない新人声優としてもがき苦しんだ時期があったから。デビューさえまともにできなかった。名前のないエキストラで現地入りして一喜一憂する日々」


「ヴァニラちゃん私も! だから酒に溺れた!」


「……ヴァニラもカレンも苦労してんな。でも今のカレンが酒に溺れているのは別の事情やろ」


「ふふん褒めてもお酒しか出ないよ」


「……いや褒めてないからな」


 暗くなりかけた空気を和らぐ。

 突っ込んだ話題を振り過ぎたようだと反省。

 助けてくれるカレンちゃんにはこの企画の第二弾賛成という形でお返ししよう。

 たぶんそれを望んでいるだろうし。


「実はさっきアリスちゃんに話した私のデビュー作が虹色ボイスプロジェクトの前身だったりするのよ。ステラプロジェクト。アイドル声優の箱制作。アニメの評判は良かったんだけどね。私もレナもこのデビュー作で演技だけでなく、歌にダンスにトークと全ての基礎を実地で学んだ。この作品に自分たちの将来がかかっている。イベント回りも全力やった。でも肝心のソシャゲがコケてね。二年も続かずサービス終了した。……辛かったなぁ」


「……そんな重要なアニメやったなんて」


「今度見てきます」


「私も見直す。うろ覚えだから」


「私も見た記憶はあるけど、詳細は覚えてないから必ず見直します」


「ブルーレイの購入よろしく。でね、ステラプロジェクトのスタッフや他のイベントスタッフが共同で立ち上げたのが虹色ボイスプロジェクト。私とレナはステラのときの頑張りが評価されて声をかけてもらったんだよね。竜胆スズカと胡蝶ユイは別のアニメイベントから。あの子たちはラジオでも大ウケしてたコンビね。一期生は出演アニメや人気ではなく、イベントでの頑張りやフリートークの面白さで選出されたんだよ。……あの選考理由は嬉しかったな。ちゃんと努力を見てくれている人はいるんだって。VTuberに戸惑いはあったけどもう挑戦するしかないでしょ」


「……あーどうしよ。先輩からの普通にいい話攻勢が止まらんねんけど」


「あたしももっと色々全力で頑張らないと」


「……そのトーク技術に自信がない」


 皆の反応が湿っぽい。話の展開にミスった。

 ちょっといい感じにお酒が回っている気がする。

 こうなったら一期生秘蔵の鉄板トークを繰り出すしかない。


「そんな感じで始動した虹色ボイスプロジェクトは成功して、VTuberの事務所として独立。虹色ボイス事務所の設立ね。イベントやメディアミックスに広報。あらゆるサブカルの応援支援。幅広くやった結果は知っての通りの成功。その広報力を買われて声優としての仕事も増えた。私たちを起用すればそのアニメも広報するからね。すると心ない同業者やファンからまた色々言われるわけよ。『まだ声優やっているの』とか『客寄せパンダ』とか」


「やっぱりそういうのはあるんやな」


「少ない席の奪い合い」


「でも陰口が多かったり、現場の雰囲気を悪くするタイプは実力あっても呼ばれないという話もある。声優の供給過多で一定以上の実力は約束されている。事務所の力も大きいけど、一緒に仕事していい印象だった人が次も呼ばれやすいとか」


「ヴァニラやっぱり詳しい」


「うんうん。そのいい印象の最たるのが一期生の胡蝶ユイだったりする。最近のユイは真面目でお堅いイメージを作ろうとしているけど、実はかなり天然でね。ある日一期生の仕事で四人集まっているときに急に言ったのよ。『客寄せパンダ上等! パンダ好きだし。私は誇り高き客寄せパンダになる!』って。もう皆で大爆笑。それが竜胆スズカと胡蝶ユイ。リンリンとランラン。パンダコンビの始まりなのよ。実は憧れてパンダカルテットのミワミワやレナレナも考えたけど語感が今一つで断念。でもあれは救われたな」


「……ぐず」


「えっ? キツネちゃん泣いてる!? 今の話に泣くところあった? 笑い話だよ! リズ姉も大きな胸元パタパタさせてどうしたの!?」


「少し暑いだけです」


「実はツネちゃんお酒入ると涙もろくなるから。あとリズ姉はエロい」


「エロいってなんですか!?」


「色っぽいならいい?」


「ヴァニラ先輩まで!?」


 想定外に場がしんみりしてしまった。

 鉄板トークのはずだったのに笑ってもらえないとは。

 誇り高き客寄せパンダ……面白かったのに悔しい。

 私がすべらせた形になったので今度ランランに謝らないと。

 ふと気づく。約一名ショックを受けている様子だ。

 

「碧衣リンちゃん? どうしたの!?」


「私……改名します」


「どうした急に!?」


「前から少し気になっていた名前被り。皆呼びにくそうしているのは気づいていた。私は正式名称で竜胆スズカ先輩は愛称。スタッフからも『気にしないでいい』と言われた。竜胆スズカ先輩と『真のリンリン決定戦』として公式チャンネルで勝負したこともある。負けたけど。……まさかリンリンの愛称に一期生先輩方の想い出が詰まっていたなんて」


「いやいやいやいや!? 今更改名は色々困るからね。いろんなところで碧衣リンの名前出ているし。あとリンリンはともかくランランは本当に嫌がっているところあるから。経緯含めて恥ずかしいって」


「でも!」


 碧衣リンちゃん名前のことを実はめちゃくちゃ気にしていた!?

 まさかの後輩改名問題を誘発だよ。

 ヴァニラちゃんに助けを求めるも目をそらされる。

 いざというときのカレンちゃんはキツネちゃんにおしぼりを渡しながら、絶対に目を合わそうとしない。

 リズ姉は『……エロいって』と呟きながらテーブルに突っ伏しているし。

 肝心な時に後輩達が役に立たない。

 私一人では勝てる気がしない。相手はあの碧衣リンだ。残念という概念の擬人化。ゲリラ婚姻届の申し子。勝てるわけがない。

 急いで話題を変えないと。

 ここは戦略的撤退だ。


「よし! アリスちゃんの歌手デビューについて話を戻すよ。みんな聞いて。今からするのはどうでもいい先輩の苦労話じゃないよ。後輩のための真剣な話だから真面目に聞いてね」



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