第5話 「お前は犯罪者になる」

 大海原の恨みスクリーンの上に琥珀色の光が差し込み始めた。

 俺は視線を海平線の方に見遣り、真っ赤に血が爛れたような心臓の形をした太陽が瀕死の状態で眠りに着こうとしているのを確認した。


 船首に行き、網を巻き下ろしたウインチレバーを稼働させ、網を巻き上げにかかった。


「くそっ、今日もムロアジの雑魚ばかりか!」


 網に引っかかった獲物は夏の回遊魚であるムロアジばかりだ。キロ500円しかならない。


 雑魚を網から外し、40センチを超えてる魚だけ生簀に放り投げ込んでいった。


「おっ、ヒラメがかかっている!」


 網に掛かったムロアジを飲み込んだヒラメが最後の方に続々と姿を表して来た。


 天然ヒラメならキロ1500円は超える。今日の注文先の旅館からもヒラメを頼まれていた。


 ヒラメが10枚は獲れた。


 俺はヒラメだけを選別し、杭針で脳天を突き刺し、エラを切り落とし、血抜きのため、海水の入ったバケツに頭から沈めて、一定の量の血を抜き取った後、クーラーボックスにヒラメを仕舞い、バラ氷をスコップで詰め込んだ。


 今日は油代以上の収穫は間違いなかった。


 船泊の桟橋に意気揚々と帰港し、生簀から大物のムロアジをタモで救い、一尾づつ、神経〆で丁寧に処理し箱詰めし、軽トラの荷台にヒラメの入ったクーラーボックスと一緒に載せて、契約先の旅館に向かった。


 代金はヒラメ10尾とムロアジの大20尾で5万円で取引した。


 上出来だ。


 魚好きの両親のため、程よい大きさのムロアジ5匹をビニール袋に入れ込み、帰路に着いた。


 今日は大漁で気分が良いので、妬み節をもう1話することにしよう。


 高校時代まで話したところだったな。


 俺は受験に見事に失敗した。


 東京の三流私立大学しか受からなかった。


 俺の糞担任は、その腐れ大学を執拗に勧めた。奴の出身大学だった。


 俺はそんな腐れ大学には行く気はないとのみ言い残し、高校の悪友達と一緒に福岡の予備校に行くことにした。


 当時は昭和50年代、受験戦争の激しい時代で、福岡市の天神には大手の予備校が乱立しており、そのメイン通りは親不孝通りと呼ばれていた。


 俺はどの予備校でも構わなかったので、悪友が入寮する予備校を安易に選択した。


 寮は福岡市の南区大橋にあり、寮内は暗く、部屋は個室だが、3畳ほどのスペースにベットと机のみ設置され、ドアは上下に中が外から監視できるよう隙間窓が設置されていた。


 トイレ、風呂、食堂は共同であった。


 この寮は古びた病院を買取、改築したそうだ。精神病棟であったとの噂もあった。


 俺はこの暗い陰険な寮をとても気に入った。


 まるで刑務所のようであり、俺の精神にはピッタリだと感じた。


 県下一の進学校、俺は母校の高校が大嫌いだった。卒業式も出なかった。先公どもはホッとしていたと後になり悪友から聞かされた。


 そんな威張った名門高校とは違い、刑務所のような人生の落武者どもが集う、そして、個々に隔離された精神病院みたいな病んだ雰囲気が堪らなく俺の病んだ心を久々に躍動させた。


 予備校に通い始めても勉学は全くしなかった。


 予備校講師を睨みつけることはしなかったが、何となく、何となくだが、勉学には気が向かず、酒とタバコとパチンコに明け暮れた生活を送っていた。


 しかし、皮肉な事に何故か成績は良かった。

 特に現代国語は予備校トップで全国模試で100番以内であった。


 おそらく、高校3年の後半は全く登校せず、読書に明け暮れた成果であろうと思った。


 同居していた祖母が読書家で本を沢山持っていた。


 そのため、暇つぶしに、破戒、蟹工船、土、獣の戯れ、金閣寺、仮面の告白、暗夜行路などなど読み漁ったことが吉と出たみたいであった。


 希望大学の九大文学部も射程内での上々の滑り出しであった。


 ただ、一つ邪魔者が居た。


 寮長が俺には気に食わなかった。


 警察官あがりの老ぼれで、軍隊まがいの口調で張り切っていたのがウザく感じた。


 そもそも俺の大嫌いなポリ公出身というのがネックとなった。


 そして、秋風が吹く頃、この老ぼれポリ公出身の寮長と俺との間に確執が生じ、大きな問題へと発展するのだ。


 キーワードは、やはり、「お前は犯罪者になる。」との一言が引き金となる…


 

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