第23話

 真壁が駐車場から出してきたのは、白いワゴン車だった。側面には毛書体で『いちのせ呉服店』と書かれている。


「え…これって、もしかして…」

 文字を見て呟く凪に、

「おう。一ノ瀬ンちのだ。明日届けに行く予定にしてたんだけど、早い分には構わないだろ」

 運転席の真壁が応じた。

 ワゴン車とはいえ、座席は5人分だけ。後方は完全に荷物用スペースになっている。

 運転席、助手席は結構高めで、乗り込むために凪はよじ登るような格好になった。

 海人がその様子を後ろから心配そうに見ている。


 だいぶ日は傾いて、辺りは薄暗くなりつつあった。

「腹減ったら、台所のモン、適当に食べてていいから!」

 窓を開けて真壁が叫ぶと、海人は無言で右手をあげ、頷いた。それから、

「絶対、無茶すんなよ!気をつけてな!」

 悲壮感さえ漂わせてその手を振る。

 真壁はニヤッと笑うと、パァン!とクラクションを鳴らし、アクセルを踏んだ。


 しばらく、車内の2人は無言だった。

 小学校卒業以来、約8年ぶりに会ってすぐ、この事態だ。

 話すことはいろいろあるが、どこからどう切り出していいものか、真壁は逡巡していた。

 だが、おそらく、8年前に何かの事情で水沢凪と2人で教室に取り残されたりしていたら、やはりこんな雰囲気だったのではないかと思う。


 小学校時代も、口数の少ない、おとなしい印象の女子だった。でも、目立たなかったわけではない。

 小柄なくせに足は速いし、ドッヂボールやサッカーもうまかった。自分よりずっと小さな体で、楽々と8段の跳び箱を跳んでいたことを覚えている。勉強もかなり出来る子だったから、T大の薬学部に入ったと聞いても驚きはしなかった。

(昔、どういうこと喋ってたっけな〜?女子の中でもあんま、喋る方じゃなかったしな…)

 ぼんやり考えている横で、凪は何回か電話をかけては繋がらずにため息をつく、というサイクルを繰り返していた。


「どっかに忘れていってるとかじゃないの?」

 楽観的な言葉をかけてみるが、凪は即、首を振った。

「電源が入ってないの。普段なら、よっぽどじゃないと、電源切ったりしない子だから」

 言い方は淡々としているのに、本当に心配していることはよく分かった。

(ああ、こういうヤツだったな…)

 話した内容よりも、話し方や、その表情、雰囲気の方がよく記憶に残っていることに思いいたって、真壁は妙に納得した。

「お前、変わってねーなー」

 思わずそう口にしてしまう。

「う…え、ああ、そう…?」

 前を見たままの真壁は、凪がちょっと顔をしかめたことには気付いていない。


桜呼さくらこちゃんも、地元に残っているんだっけ?」

 諦めたのか、端末をバッグにしまった凪がボソッと聞く。

「一ノ瀬?ああ、学院大行ってる」

 2人の同級生で、一ノ瀬呉服店の娘、一ノ瀬桜呼は、その可愛らしい名前とは裏腹に、かなり強い性格の女子だった。身長も女子では学年で一番高く、たいていの男子は詰め寄られただけで、怯んでいた。


 学院大、といえば、ここらへんでは修明学院大学のことだ。絵州市の北部に大きなキャンパスがある。

「店の通販の方とか、手伝ってるらしいぞ。海外まで買い付け行ったり、イベントで品物運ぶ時にこの車使ってるんだと」

「え!桜呼ちゃんがこれ、運転してるの?」

「ああ、店の車になってるけど、ほとんど一ノ瀬が個人的に使ってるな。学校にもたまに乗って行くって言ってたわ」

「…ワゴン車で、学校って…桜呼ちゃんらしいというか、らしくないというか…」

 思わず含み笑いを漏らしながら、真壁はチラリと隣を見やった。

 生真面目な顔をした凪は、同級生が店の名前が入ったワゴン車でキャンパスに乗り付ける様子を想像しているらしい。


「水沢は?車持ってんの?」

 凪は首を振った。

「免許は取ったけど」

 赤信号を見つめる真壁の顔に、享楽的な笑みが広がる。

「翼出してさ…運転すると、ハンドル捌き、キレッキレになれるぜ。今度、やってみ。ちょい、スピード出しがちになっけどな」

「やめておきます」

 表情を崩さずに、きっぱりと言い切るが、声に笑いが含まれていた。


 なんとなく、家にいた時よりも同級生らしい会話ができている気がする。

 5、6年生のちょっと大人になりかけた気分の頃。男子同士は仲が良かった…女子に関しては、気になる子もいる反面、苦手な子も何人かいた。苦手、というか口が達者ですぐ徒党を組んで向かってくるから、立ち打ちできないのだ。

 水沢凪に関して言えば…可もなく、不可もなくだった。

 用もなく話しかけてくることは無かったし、口うるさい小宮山や一ノ瀬といった女子とは別のグループで…大人数でワイワイする中にいることはなかったが、かといって孤立しているわけでもなく…

 思い出してみれば、不思議な立ち位置にいたと思う。

 だが、クラスでなければ、そんな名前の子もいたな、ぐらいの存在だっただろう。

 小学生時代の面影を濃く、というよりそのまま残している凪を見ながら、真壁は感傷的な気分になっていることに気付いた。

(なんで、ウィンガーなんて、なっちまったんだかな…)

 しばらく考えたことがなかった、そんなことを思う。


「須藤誠次に会ったんだよな?」

 凪はただ頷いた。

「気をつけろよ。なんていうか…オレはあいつ、あんまり好きじゃねぇ」

 凪はちょっと間を置いてから

「抜け目ない感じ、だよね。そうねえ…あたしも、好きじゃない」

 お互いの"好きじゃない"に含まれる意味が共通していることを、真壁は感じた。


「へぇ、女子受けはいいみたいだけどな。なんせ、あんだけのイケメンだし」

「そう…ね。顔は確かにカッコイイかも。でも、本人がそれを分かってて前面に押し出してくる感じが…はぁ、ってなる」

 真壁の目が見開かれた。

「水沢…なかなか毒舌だな」

 須藤に関してそういう感想を持つ女子がいるとは。

 凪はキョトンとして真壁を見返す。

「まあ…なんだ、その感じだと…なんとかなるな」

 不安ながらも、凪と本郷に任せておけばなんとかなる、と思う。

 そう、今までもそうだったのだから…



 通話を切ると、立山は不信感いっぱいのため息をついた。

 脇で聞いていた本郷も、だいたいの会話の内容は分かっている。

「待ち合わせ場所、変更か」

「いや、変更というか…隣にある職員寮の方に来いって」

「職員寮?」

 本郷は、元の進和会病院の建物を思い出そうとした。行ったのはもう、何年も前のことだ。


 その時もずいぶん古い病院だと思った。

 駐車場も狭く、所々ひび割れたアスファルトから雑草が伸びていて、子供ながらに

 草むしりぐらいすればいいのに、と思った記憶がある。

 そうだ、確か駐車場が何カ所かに分かれていて、病院のある敷地の一段高いところに第二駐車場があった。そこに、アパートというかマンションというか、3、4階建ての建物があったはずだ。本郷の記憶にある建物の雰囲気からするに、あれが職員寮ではないかと思われた。


「病院の西側に駐車場があって、そこから階段で上の駐車場に行けたはずだ。階段、登ればすぐに寮の建物があるはずだ」

「分かった。ま、わかんなきゃ、須藤に電話するよ。とりあえず、近くまで行ったら降ろしてくれ。あんたは姿を見られないうちに帰った方がいい」

「…ああ、そうだな」

 頷きながらも、本郷は立山の言う通りに帰る気はなかった。


 思うところあって、本郷もアイロウや、そこに関わる対策室には不信感を持っている。

 何が起こっているのか、須藤がどう関係しているのか、確認しておきたかった。

 下手すれば、本郷も"登録"ということになるが、そこはとうの昔に覚悟ができている。

 大学に通い続けるのは難しくなるかもしれないが…


(大学通って、医師免許取ったとしても、ウィンガーじゃ使ってくれる病院はなさそうだもんな〜)

 そこはちょっと悲観的になるが、

(アイロウに就職して、内部を探る、っていう手はあるな)

 と、すぐに思い直した。


 立山は、自分の置かれている状況でいっぱいいっぱいで、本郷の思惑には気が回らないようだ。

 国道から、進和会病院の跡地へと続く脇道で車を降ろすと、思い詰めた眼差しで須藤の手を握った。

「ホント、世話になってばかりでスマン。エビさんや真壁さんにもよろしく言ってくれ。連絡出来るようなら、話の結果を教えるよ」

「分かったよ。この坂を登ったところが病院だ。じゃあ…無理はすんなよ」


 立山が坂道のカーブの向こうへ見えなくなってからもしばらく、本郷は車を停めたままだった。

 脇道とは言っても、元は病院へ続く道だったから、道幅は結構ある。片側1車線ずつ。歩道もあるが、歩いている人はいない。

 道の両側は民家やアパートで、生活道路のはずだが、車の通りもさほど多くはない。


 病院までは100メートルもないはずだ。

 そろそろ、立山が着いた頃だろうと見計らって、本郷は車を動かした。



 元の病院入口にはバリケードが立てられているが、人は十分すり抜けて、駐車場へ入っていける。

 薄暗がりになってきた中に、病院の建物は黒々と浮かび上がっていた。当然、灯りは見えない。

 本郷の車はスピードを落として、更に坂を登って行く。民家もほとんどなくなっていた。

 記憶のとおり、やがて右手に第二駐車場と、一見、アパートのような四角い建物が見えてきた。

 第二駐車場の入り口にもバリケードが立てられている。その第二駐車場の道路を挟んで向かい側も確か病院の駐車場になっていたはずだ。だが、そちらの空き地にはバリケードは立っていなかった。


「ん?」

 後ろから車が来ないことを確認しつつ、車を停める。

 その空き地の入り口には、黄色と黒の縞模様のロープが張られていたようだが、すっかりたるみ、ほとんどの部分が地面を這っていた。

 空き地の、特に周辺部には雑草が茂り、だいぶ時期的に枯れかけてはいるが、鬱蒼としている。

 入り口から入ってすぐ、手前のその草むらの中に車が2台、停まっていた。

 薄暗くて色ははっきりしないが、どちらも黒っぽい車で、一台はセダン、もう一台は軽のRV車だ。

 ただ通り過ぎただけなら、目に留まりにくい位置に停めてある。


 本郷は、右手の建物の方へ目を向けた。

 やはり、灯りはない。が、おそらく車の一台は須藤のものではないかと直感した。

(誰か、もう1人くらい対策室のヤツが来てるってことか?)

 立山を場合によっては力ずくで保護することを考えれば、応援を連れてくるのは当然だろう。

 だが…

(加勢してやるか…ナオちゃん、本当のこと聞き出せるかどうか…)

 本郷は少し考えてから、さらに車を道の先へ進めた。




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