“落ちる” 三つのお話
橙 suzukake
“落ちる”① 「コンビニおにぎり」
今から、15年くらい前の夏、同時期に起こった“落ちる”がキーワードの不思議な出来事をお話しします。でも、私にとって、それは、“不思議”ではなくて、まったくもって“恐怖”の体験でありました。
その始まりは、職場近くのコンビニでの出来事でした。
午前中の仕事を終えて、職場近くのコンビニに昼飯を買いに行きました。
店のドアを押して中に入ってすぐです。私の目線は店内の床を指していましたが、突然、前方から飛んできた三角形のおにぎりが私の目線に入ってきました。私の前方1mくらいの床に落下したおにぎりは私の足元まで転がってきました。あまりに突然のこの出来事に驚く暇なく、私は反射的におにぎりを拾い上げてその原因を探るべく目線を上げました。
私の近くに、おにぎりを床に落としたと思われるお客さんは居ません。私のすぐ左横にはそのお店のレジがありましたが、店員は居ません。私が立っている5mくらい先の左側には2つ目のレジがあって、ピンクのポロシャツを着た若い女性のお客さんが支払いをしている最中でした。少しの間、もしや、その女性が落としたのではと思ってその場に立っていましたが、会計を終えたピンクのポロシャツの女性は、私の右横を通り過ぎて店外に出ました。
呆気にとられた私は、正面前方、2つ目のレジの側にあるお弁当コーナーに視線を移します。お弁当コーナーの上段には、落ちて転がってきたのと同じ三角のおにぎりが並んでいます。私は、なおもその場に立ち尽くしたまま、さっきのおにぎりがどうやってここまで飛んで落ちてきたのかを頭の中で描きます。落ちてきたおにぎりを私が確認したのは私の1m前方、床上30㎝くらいのところからなので、そのおにぎりの出発地点はわかりません。しかし、明らかなのは、真上から落ちてきたのではなく、私の前方から私に向かって飛んで落ちてきたのです。となると、おにぎりの出発地点は、私の前方ということになりますが、その出発地点は、先ほどのピンクのポロシャツの女性のお客ではなかった。ましてや、コンビニのレジに居た店員であるわけもない。
(じゃあ、このおにぎりの出発地点はどこ?まさか、前方のお弁当コーナーから???)
(んなこと、あるわけないでしょ!)
私は、誰か、店内に居る他のお客の仕業を疑って、立ち尽くしていたその場を離れて店内を歩きました。しかし、他のお客さんは一人も居ませんでした。
私は、最初におにぎりを拾った場所まで戻って、再び、おにぎりの出発地点から足元に転がってくるまでの絵を頭の中で描きました。しかし、どう考えても、結局、お弁当コーナーから飛び出して、私の足元に転がってくる以外のストーリーを描くことができなかった私は、入り口近くのレジに戻ってきた女の店員さんに勇気を出して事情を説明しました。
「信じてもらえないかもしれませんが、聞いてください。さっき、私がお店に入ってきたら、前の方からこのおにぎりが飛んで転がってきたんです」
おにぎりを手渡された女店員さんは、それでも私の話をきちんと聞いてくれたのですが、あろうことか「まあ、なんて元気のいいおにぎりさんなんでしょ」と女店員さんは言いながら、その三角おにぎりをお弁当コーナーの上段に置き直しに行ったのです。
(元気のいいおにぎりさん…)
私は、そのお店で昼飯を買うことをやめて、駐車場に停めていた車内でとりあえず煙草に火を点けました。しかし、まったく落ち着くことはありませんでした。
私の解釈は、2つです。
ひとつは、あのピンクのポロシャツの女性の仕業です。もちろん、レジにかごを出して支払いをしている最中に、店内に入ってきたばかりの私に向かっておにぎりを手で投げることはできないでしょう。しかし、彼女が特殊な力を使っておにぎりを弁当コーナーから飛ばして私を驚かせたのかもしれません。というのも、思い返してみると、会計を済ませたピンクのポロシャツの女性が立ち尽くしている私の右横を通り過ぎる時に、わずかに微笑んでいたような記憶があるからです。あの微笑は、もしかして「してやったり!」の微笑だったかもしれないからです。
もうひとつは、このコンビニ自体に不思議な現象が頻発していたのではないか…ということです。それは、女店員さんの対応からです。私の話を聞きながら驚いている様子は伺えたものの「なんて元気のいいおにぎりさんなんでしょ」とボケをかましながら弁当コーナーに置き直すという機転の利いた対応をすぐとれるものではないと思うからです。それまでに、似たような不思議現象がそのコンビニでは複数回あって、女店員さんは「またか…」という感じで対応をしたのではないか、と思ったからです。
私は、その後、しばらく落ち着かないまま暑い夏を過ごすことになります。第二の恐怖体験を迎えることを知らないまま。
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