第6話 受け継ぎし刀

 茶色の短髪を触って立ち上がった龍雅は、精悍な顔立ちをして筋骨隆々な体型をしている。そしてその両腕の太い腕で出雲の蹴りをいとも簡単に受け止めたのである。


「君は前当主のお気に入りの黒羽出雲君だね?」

「お気に入りかは分からないですけど、黒羽出雲です!」


 久しぶりに見たな。間近で見ると怖いからあまり話さないようにしていたけど、やっぱり怖い。

 常に顔に力が入っているのか、睨まれているように感じる。龍雅は胴着に付着している埃を払いながら目の前にいる出雲を睨みつけた。


「いくら訓練だろうが、やり過ぎだ。前当主を殺すつもりだったのか?」


 体の奥に響く低音で話しかけられる。

 怒りを抑え込みながら話しているようで、変なことを言えばすぐにでも爆発をすると感じ取れた。


「そ、そんなことは考えていません……」

「なら、何を考えていた?」

「ただ源十郎さんを倒すことしか考えていませんでした……」


 ただ倒す。たったそれだけだった。なのに出雲が放った技は源十郎を殺す勢いであったのも確かにである。

 龍雅はそれだけかとだけ呟くと、勢いよく右拳を出雲の鼻先数センチの距離まで放った。


「どうだ? これが顔に当たっていたら死んでいたぞ。力は使いようだ。君はどのようにその力を使いたいんだ?」


 出雲の額に右拳を軽く当てた龍雅は、涙を流している麗奈を連れてその場から移動をした。時宗や源十郎は床に座って溜息をついているようである。


「ワシもやり過ぎた。すまなかった」


 床を向いたまま源十郎が謝った。

 突然の謝罪に戸惑ってしまうが、出雲もすみませんでしたと謝ることにした。


「いえ、俺こそすみません……」

「お前は悪くない。煽ってしまったこちらが悪い。気にするな」


 重い空気が流れてしまう。

 どうすればいいのか悩んでいると、時宗が口を開いてとりあえずここを出ようと提案をしてくる。


「ここいても仕方ないし、出ない? なんか空気重いしさ」


 空気を読まない時宗が良い働きをした瞬間である。

 今はその提案に乗るべきだと思った出雲は、出ましょうとその提案に乗った。


「そうだな。出ようか」


重い腰を上げた源十郎は静かに部屋から出て行くのを見て、続いて出雲が部屋を出ようとすると時宗が少し待てと話しかけてきた。


「どうしたんですか?」

「いや、お前あれだけ魔法を使ったのに精神的に疲労とか感じないのか?」

「それほど精神的にはないですけど、何かあったんですか?」


 精神的疲労と言われても特には感じない。

 魔法はそれほど使っていないと思っていたので、時宗が何を言っているのか分からなかった。 入り口側にある庭に出ると、そこには龍雅と麗奈が何やら話している姿が見える。何やら怒られているように見えるので、心配で出雲は駆け寄ることにした。


「な、何があったんですか!?」


 駆け寄って声をかけると龍雅が君には関係がないと一蹴してきた。

 その顔は無表情ながらも怒りが現れていると一目で分かった。どうすればいいのか分からず二人の側に立っていると、源十郎がこっちにこいと呼んでくる。


「二人の話に入ることはない。こっちに来るといい」

「わ、分かりました……」


 何を話しているのか分からないまま源十郎の方に行くことにする。

 途中、龍雅が魔法がと言っている言葉が聞こえたので、麗奈が何か魔法でしたのだと思うことにした。


「家族の話に入ることはない。出雲は今は魔法騎士団に入ることだけを考えるといいぞ」

「そうですよね。入り過ぎました……」

「気を付けた方がいい。いくら道場の門下生でも立ち入ってはいけないことはある」

「はい……出過ぎた真似をしました……」


 肩を落として落ち込んでいると、源十郎が一枚の紙を手渡してきた。


「これが必要だろ?」


 そう言って手渡してきたのは、魔法騎士団を受験するために推薦人の名前を書いてもらう紙であった。源十郎はその紙に名前を書いてくれたようだ。


「これが必要だろう? 試験も近いし、さっきのように暴走をしないように魔法も鍛えていけ」

「ありがとうございます!」


 受け取った紙を掴みながら源十郎に頭を下げていると、側にいた時宗が魔法騎士団に入りたいのかと聞いてきた。


「そうです。俺は魔法騎士団に入って叶えたい夢があるんです」

「魔法騎士団ねえ……俺はあまりあの集団は好きじゃねえな。なんかお高くとまっているかというか、下の人間を見下しているというか」

「そうなんですか?」


 自身の知らない魔法騎士団のことを聞いて不安になってしまう。

 そのようなことは聞いたことがなかったので、魔法騎士団はそういう人がいるのかと小首を傾げていると、源十郎があまり気にするなとフォローをしてくれた。


「大きな組織になれば、似つかわしくない人もいる。たまたまこいつが見た魔法騎士団の団員がそういう人間だったんだろう。良い人も沢山いるはずだから、気にすることはない」

「そうですよね。ありがとうございます!」


 気にすることはないかと思っていると、気にはしておけと時宗が再度忠告をしてきた。


「分かりました! ありがとうございます!」


 まさか時宗が忠告をしてくるとは思っていなかった。

 第一印象が悪かったので、魔法のことを教えてくれたとしても苦手な部類の人間だったのだが、意外と親身になってくれるのかと度肝を抜かれてしまう。


「今日はこれで帰ります。また明日訓練をお願いします」


 二人に頭を下げて帰ろうとした時、ちょっと待てと源十郎に止められた。

 一体どういう理由なのか不安になってしまうが、変なことじゃないと言われたので少し安心をすることができた。


「いつか渡そうと思っていたのだがな、魔法騎士団の試験も近いことだしこの訓練もしないとと思ってな」


 その訓練とは何なのか分からないが、訓練が増えたことは確かである。

 待てと言って源十郎は、天竜家の人達が暮らす場所や天明流の事務所がある母屋の方に移動をした。五分程度だろうか。この場で時宗と待っていると何かを手に持って戻ってくる姿が見えた。


「これを渡そうと思ってな」


 そう言いながら一振りの刀を手渡してくる。

 それは黒い鞘に入っているが、とてつもない力を秘めていると一目で直感的に感じる。そんな凄まじい力を秘めている刀を、源十郎は出雲に渡してきたのである。


「魔法騎士団の試験には真剣が必要だからな。各自武器を持って参加となかったか?」

「そうなんですか!?」


 資料をまだ見ていない部分があるため、そんなことが書いてあることは知らなった。まさか源十郎の方が知っているとは思っていなかったのである。

 それを知ってなのか、まさか刀をくれるとは驚くことばかりであった。


「引き抜いてみろ。その刀身を見てやれ」

「分かりました」


 言われるがままに刀を鞘から引き抜く。

 すると綺麗な目を奪われるほどに美しい刃文が目に入る。静かな凪のような海を想像できるその刃文は、とても鋭い刃に見えた。


「それは代々受け継いでいる神楽耶と呼ばれている刀だ。大切にしてやってくれ」


 代々受け継ぐ刀。

 そんな大切で重要な刀をもらっていいのか。すぐに受け取ってはダメだと考えてしまうが、目の前にいる源十郎は出雲に受け取って欲しいために持って来たのだとその思いを感じ取ってしまう。


「必ずお前なら神楽耶を使いこなせるだろう。期待をしているぞ」

「ありがとうございます! 必ず使いこなして魔法騎士団に入ります!」


 目を奪われる綺麗な刃文を見ながら、静かに鞘に戻す。

 刀をどう持って帰るか考えるが、やはり木刀を入れていた袋に入れればいいと思いそこにしまった。


「一応真剣を持ち歩くことは違法だからな。この紙を常に持っているんだぞ」


 受け取った紙には帯刀許可書と書かれていた。

 いつの間にか源十郎が取得してくれたようで、名前欄には黒羽出雲と書かれている。その横には責任者天竜源十郎とも名前が書かれていた。


「俺が責任者となったことで、出雲がその刀を持つことに許可が出た。ちゃんと責任をもって扱うんだぞ」

「ありがとうございます!」


 今日はどれだけありがとうございますと言ったか分からない。

 それほどまでに源十郎や麗奈、それに時臣に感謝しきれない恩ができていた。

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