特別な人達は、何も知らない幸せな人達を見守る

楠木あいら

第1-1話 兄と妹

「ねぇねぇ知ってる?『特別な人達』はね、空を飛べるんだって」


 通学途中、棚島たなじま 和技わぎは妹が収集してきた『特別な人達』の情報に『またか』とため息をついた。


「飛んでいる所ところなんて、1度も見たことがないんだが」

「そりゃ、一握りしかいないんだよ。当然じゃない」


 この世界には『特別な人達』と呼ばれる一握りの人達が存在する。


 『存在しているらしい』だけで、謎が多い。

 誰が特別なのか名乗る者はおらず、噂だけが出回っていた。


「未知なる力を持っているとか、移動交通費も国会議員並に優遇されているとか。本当なのかね」

「本当だよ。『特別な人達』なんだから、全てが凄いんだよ」


 自転車を押して歩く中学2年生の七流ななるは、高校生の兄を軽くにらむが、すぐに『特別な人達』について目をキラキラ輝かせる。


「いいなぁ『特別な人達』どうやったらなれるんだろう」


 『特別な人達』は、生まれた家柄や血筋に関係なく、ある日突然なれるというという。

 しかも10代から。


「七流には無理だろ。数学できないし」

「うっさいな、数学関係ないでしょ。お兄ちゃんだって、一生なれやしないよだ」

「はいはい。

 なれないのはいいけど七流、学校であんまり『特別な人達』の話するなよ。チート的に悪く見る輩もあるんだから」

「大丈夫、大丈夫。あ、ちーちゃんだ。じゃあね、お兄ちゃん、行って来まーす」


 前方に同じ自転車通学の友達に気づいた七流は、カゴに乗せていたヘルメットをかぶり、兄から離れていいく。


「やれやれ」


 離れていく妹の姿に和技は、ため息をついた。


「空を飛べるね…」


 妹たちが通りすぎていった道を徒歩で進む。

 5分ぐらいで最寄り駅に着くが、数メートルと進むことなく足を止めた。


「……」


 和技は辺りを見回す。

 ここは住宅街のど真ん中、ブロック塀が左右に連なり、和技が立っている側は横に突き出して伸びる木の枝があった。

 その枝から塀に1羽のスズメが飛び降りてきたが、和技が伸ばす手に躊躇なく移動する。


「おはようさん」


 手の平のスズメが人語で挨拶した。

 しかも、おっさん声で。


「可愛いスズメで出てくるのやめてもらえない?」


 和技は驚くことなく、スズメに不満を言う。


「今、和技がいる辺りで使用できるのはスズメしかいないんだよ。

 それよりも仕事だ、相棒」


 和技の目が鋭くなった。


「今すぐ、ここのエリアにある中学校に行ってくれ」


 鋭くなった目が戸惑う。


「えー、中学校ってななるがいるじゃないか」

「姿変えれるからばれないだろ。というより和技んとこ妹がいるのか? 可愛い?」

「手を出したら、承知しねぇからな、エロオヤジ」


 和技は人語をしゃべるスズメを捕まえようとしたが、簡単に飛び上がると、上空を二、三周して和技の頭上に舞い降りた。


「ずいぶん、兄ちゃんぶってるじゃないか。帯論たいろんさんは安心したぞ」

「……」


 和技はぷいっと顔を横に向けた。


「そんな悠長なこと言ってられんかった。緊急修復レベルだった。急いでくれたまえ『特別な人達』の1人よ」

「それを早く言え」


 和技は慌てて左手首にある縦長のリストバンド型のスマートウォッチの小さな画面をタッチする。


「高校生がスマホ連携の腕時計だなんて『特別な人達』だとバレるぞ。スマホ操作に戻しとけ」

「この前、ななる…妹がスマホいじってて、やばかったんだよ。

 大丈夫、見た目は安物にしか見えないから。背伸びをしたい痛い高校生が、バイトとお年玉はたいて買ったとしか見られないよ」


 頭上のおっさんスズメに見られながら、和技は素早く設定画面に進む。


「何でまた妹が兄のスマホを見たがるのかね。ああ、そうか、兄の性癖を知るためか…」

「俺に彼女がいるかだよ」


 呆れながらも和技は画面にある『最終確認』ボタンをタップして設定を完了させる。


 高校2年生男子 棚島和技から、近隣の中学校に通う男子生徒に。


「さて、行くか」


 和技は学ランを着る中学生に姿を変えたが、和技の隣には高校2年生の和技が存在していた。

 中学生姿の和技は、高校生姿の和技の背中をぽんと叩く。


「じゃあ、俺の代わりに高校生活をよろしくな、AIさん」

『あぁ』


 AIと呼ばれた高校生 和技は駅に向かって歩き始めた。


「特別な人達にデビューしてからの俺の全行動を読み取って、俺として計算した行動をしてくれるなんて、ありがたいよな」

「修復終わったら、とっとと学校に戻って勉強しろよ。AIが勉強しても、和技の頭に入ってこないから」

「はいはい…」


 中学生姿の和技は、飛ぶ事なく走りだした。



「それにしても、彼女いないか気になるなんて、和技お兄ちゃん、好かれてんじゃねぇか」


 スズメの姿はないが、和技の耳にはおっさんの声が届き、和技も隣にいるかのように言葉を返す。


「ちげーよ。俺が友達と遊んでいる形跡がないから、彼女がいるのか、ぼっちか調べようとしてたんだよ」

「まあ、こっちで友達を作るのもリスクあるからな。

 おっ、良いこと思いついた。この帯論様が、高校生になって和技の友達になってやろうではないか」

「やめてくれ、あんたが友達になったら、俺の性格が疑われる。

 ほら、着いたから、音声をミュートにして、ナビゲーションよろしく」

「目の前に昇降口があるだろ。入って右な。ちゃんと上靴に履き替えろよ。特別な人達だと疑われるからな」

「へいへい」


 校門に近づくにつれて学生たちの声や姿が多くなり賑わってきた。


『昇降口から右に曲がって廊下に出たら、左奥の理科準備室に進め。

 教室は左側になるから、目立つようなら、腹に両手を当てて、トイレに駆け込む痛い奴になりきれば良いだろう』

「……」


 和技はナビゲーションが表示された腕時計画面を軽くにらんでから、アドバイスを無視して目的地に向かう。


 長い廊下を走り『理科準備室』のプレートを確認した和技は、ノックした。

 準備室内に人がいないか分からないので、念のために『失礼します』と挨拶して引き戸式のドアを開けると、目を疑いたくなる光景に そっと閉めたくなった。


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