第8話
その後、魔物たちには「ハナ、チラスカ?」と聞かれ、猫王子には「はしたない」と罵られた。はい、いつも通り。
そして、私たちは移動魔法陣に乗り、王宮へと場所を移した。
王宮の人たちの案内で、国王陛下と王妃様と会う。二人とも私に礼を尽くしてくれ、今回の村への訪問への感謝を伝えられた。
ついでに猫王子には「がんばりなさい」と激励(?)を送っていて、猫姿の息子を受け入れているあたりが器が大きいよなぁ感動する。そして、同時になぜこんなきっちりとした両親から第一王子が育ってしまったんだろうと世界七不思議の一つを発見してしまうよね……。
国王陛下と王妃様への挨拶が終われば、王宮での用事は終了だ。
すぐに東の村の近くの領へ飛ぶために、もう一度、移動魔法陣へと戻っていく。
私は王宮の廊下を歩きながら、ふと猫王子を見た。
クドウとコウコちゃんの間を、姿を隠すかのようにひっそりと歩いている。騎士団では一人で自由に歩いているし、みんなで移動するときも一番前を歩いていたから、こんな姿はあまり見ない。
「どうしたの? 元気ないね」
「……気にするな」
声をかけてみるが、ふんっと言う鼻息で返される。
いつもは強気で自分の決断に自信しかない猫王子だが、さすがに古巣で猫の姿でいるのは居心地が悪いのだろうか。まあ、王宮じゃなくて騎士団で暮らしを選んだわけだしなぁ。
そんなことを思い歩いていると、曲がり角から豪奢な服を着た、一人の壮年の男性が現れた。
あちらもどこかへ行く際中だったのだろう。男性のそばには何人か従者がいる。服装や付き従う人を見るに、男性は地位が高い人物なのだろう。
どう対応するべきかわからずザイラードさんを見上げる。
ザイラードさんはその人物を見て、すこし眉を顰めた。
どうやら、ザイラードさんの様子をみるに、あまり出会いたくなかった人物のようだ。
「これはこれは!! 王弟殿下と、噂の聖女様ではないですか。いや、はははっ! こんなところで出会うとは!」
壮年の男性はそう言うと、両手を広げてこちらへと向かってきた。
ザイラードさんと私を認識した上で用があるようだ。
とりあえず、なんというか……大げさである。
しかも、目が笑ってない。どちらかというと睨んでいる。
のに、言葉と両手は私たちを歓迎しているかのようで、ちぐはぐだ。
会社員の本能が告げる。こういうのはよくない、と。こういう輩はめんどくさい。チクチクチクチク嫌味を言ってきたり、仕事の邪魔をしてきたりするタイプである。
「ザイラードさん……」
「そのままで大丈夫だ。こちらで対処する」
「ありがとうございます」
ザイラードさんは私を安心させるように頷くと足を止めた。
壮年の男性が進行方向から来ているから、こちらは止まるしかないのだ。私たちへの言葉と広げた両手のせいで、すれ違うこともできないしね……。
ザイラードさんに合わせて、私も足を止める。
ザイラードさんは私より半歩前に出て、さりげなく私の体を隠してくれる。どうやら壮年の男性から見えにくくしてくれたようだ。
「……なにか用か?」
ザイラードさんは向かってくる壮年の男性に対し、低い声で警戒するように返事をした。
すると、私たちの前までやってきた壮年の男性はハンッと鼻を鳴らす。
ん? ……なんだか似ているな。これ。知っているぞ、このすぐに偉そうに鼻を鳴らす感じ。思い起こされる記憶に思わず目を瞬く。
「これはこれは。さすが表舞台からすぐに姿を消した王弟殿下だ。礼儀を知らないと見える。このように王宮内で出会ったときはお互いに近況を話し、歓談し、友好を深めるものなのですよ。そのように用件を尋ねるなど、野蛮だと誤解されてしまう」
壮年の男性はそう言うと、ザイラードさんを見て、バカにしたような笑みを浮かべた。
わぁ……! こ、この表情も……! そっくり!
話の内容もかなりの酷さだが、私はそれよりもその人の表情の作り方に驚いてしまった。
そう……! これは第一王子! 第一王子の人間時代の表情だ……!
壮年の男性はハハハハッと一人で笑ったあと、さらに言葉を続ける。
「まあ、礼儀に疎い王弟殿下はおわかりにならないかと思いますが、私たち貴族は……」
「――用がないなら避けてくれ」
ザイラードさんが表情も変えず、ぴしゃりと会話を中断させる。
まさか、こんなにはっきりと言われると思っていなかったのだろう。壮年の男性は言葉を呑み込み、目を白黒させた。
ザイラードさんはそんな壮年の男性の様子を気にも留めず、言葉と続けた。
「俺たちは今、国として正式に依頼されたことを行っている最中だ。暇ではない。話したいのであれば、正式に国王陛下へ陳情し、手順を踏むといい。機会があれば、言葉を交わすこともあるかもしれないな」
うん。非常にはっきりとした「世間話お断り」である。話したいなら上を通せ、と。こんな廊下で呼び止めるな、と言外にありありと滲ませている……。
ザイラードさんの言葉の意味をすぐに理解したのだろう。
壮年の男性の顔がみるみると赤くなり……。
「な、なんと失礼な物言い……! それが私に対する言葉か……っ!」
語尾は荒く、声も大きくなる。
冷静に告げたザイラードさんと大違いだ。
そして、ザイラードさんはそんな壮年の男性の様子にも反応せず、じっと見据えている。
「なんだその目は! 王位継承権のない王弟が驕り高ぶりおって……! そこの小娘もなにが救国の聖女だ! ただの小娘ではないか!」
「黙れ」
壮年の男性がザイラードさんの影に隠れていた私に視線を向け、指差す。
瞬間、ザイラードさんは右手を斜めに振り下ろした。
「退けろ」
『はっ!』
ザイラードさんの手振りと言葉で、周りにいた騎士たちがすぐさま動いた。
こちらに立ち塞がっていた壮年の男性の腕を取り、捻り上げる。
「なにをするっ! 私をだれだと思って……っ!! たかが王宮の騎士がこのようなことをしていいと思ってるのか!」
「王宮の治安を守るのが騎士だ。国王が感謝を述べた救国の聖女の進路を妨害する者を退かせるのも仕事だ」
騎士たちは一瞬、壮年の男性の言葉に動きを止めたが、ザイラードさんの言葉でふたたび自分たちがどうするべきかわかったのだろう。
そのまま壮年の男性を壁際へと追い立てた。
壮年の男性は騎士たちから逃れるために暴れているようだが、王宮の騎士の前では歯が立たないようだ。
「嫌なものを見せた。行こう」
ザイラードさんはそう言うと、私の手を取り、廊下を進もうとする。
この場に留まってもまったくいいことはなさそうなので、頷いて、私も歩みを進めようとした。すると――
「マッカンダル!」
――猫王子がそう声を上げた。
「私だ。エルグリーグだ。こんな姿になってしまい、王位継承権もなくなったが、マッカンダルは今、どうしている?」
クドウとコウコちゃんの隙間から出てきた猫王子が壮年の男性――猫王子はマッカンダルと呼んだ――に、とてとてと近づいていく。
壮年の男性はその声にちらりと猫王子を見て、そして――
「ふんっ、なにかと思えば出来損ないか」
――ザイラードさんと同じように見下し、鼻を鳴らした。
「魔物から動物へと成り下がった出来損ないが私の名を軽々しく呼ばないでいただこう」
「……マッカンダル、私は……」
「呼ぶなと言っている! もとより能力のない王子だとわかっていたが、このような恥知らずな姿になるとは、思ってもみなかった!」
猫王子のピンと立った尻尾が、その言葉により、ぽてりと垂れ下がる。
三角の耳も心なしか倒れ、踏み出そうとしていた右足はゆっくりとうしろへと引かれた。
それでも猫王子はその場に立ち、壮年の男性のそばにいた一人の女性を見上げる。
茶色い髪に翠の目。大きな声を出す壮年の男性のそばにいたせいか、全然目立っていない。なんていうか影が薄いというか、あまり元気がなさそうというか……。
「……セイラ、私は伝えたいことがあって……」
「やめろ! 私の娘に話しかけるな! 我が家とお前とは関係ない!!」
猫王子の言葉は遮られ、女性――セイラと呼ばれた――はその怒声に紛れるように従者の影へと逃げた。
それは猫王子から隠れたようにも見えるし、怒声を上げる男性から距離を取ったようにも見える。
壮年の男性には罵声を浴びせられ、女性には逃げられ、猫王子はそれ以上の言葉を伝えられず、ただその場に立ち尽くしていた。
そんな猫王子に壮年の男性はさらに罵声を続ける。
「このような出来損ないの役立たずと関係があったことが本当に悔やまれる!!」
「そこまでにしろ。たしかにエルグリーグのこれまでについては、エルグリーグ自身の問題だ。だが、関係性を持ったのはそちらの選択だろう」
「黙れ! 王位継承権のない、なんの意味もない王族が!!」
ザイラードさんの言葉に壮年の男性は唾を飛ばして声を荒げる。
ザイラードさんはとくに表情を変えずに、猫王子を見た。
「行くぞ」
猫王子もその言葉が自分宛だとわかったのだろう。
壮年の男性のもとを離れ、こちらへと向かってくる。
ザイラードさんは、私へと視線を向けると、私を安心させるように笑みを浮かべた。
……こんなときでも、ザイラードさんは落ち着いている。
でも、それが、こんなことが……、こういう酷いことを言われるのが初めてではないように思えて……。
ザイラードさんの落ち着きに尊敬を持つとともに、これまでザイラードさんが経験したであろうことに胸が痛む。
すると、歩き出した私たちの背中に声が掛けられた。
「……っこのようなことができるのも、今だけだぞ!」
――いわゆるこれは、捨て台詞。
悪役のやるあれである。まさかリアル捨て台詞を聞くなんて……! すごい。騎士に取り押さえられながらも、話し続ける胆力。まさに減らず口!
そして、もちろん、歩みは止めない。
聞いてもだれも得しないしね。
しかし、そんな私たちにさらに言葉が投げつけられて……。
「救国の聖女が手に入って、そのように驕り高ぶっているのだろう? 今だけはそうしているがいい。聖女は私でも手に入る。そのときはこのような無礼は二度と働けなくなるのだからな!」
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