第27話

 しかもアデリーペンギンじゃん。

 みんな、アデリーペンギンって知ってる?

 日本人がすぐに思い浮かぶペンギンは、皇帝ペンギンとかイワトビペンギンとかだと思うんだよね。かわいいしかっこいい。

 でも、アデリーペンギンはね……なんていうかこう……間が抜けている。

 ペンギンなのに猫背。そして、目に光がない。目の周りが白く隈取られているんだけど、それがまた間が抜けた感じを増しているんだよね……。

 美しかったアイスフェニックスは、そんな間が抜けた水色のペンギンになっていた。

 ぽちゃぽちゃ~と鳴く、有名水色ペンギンのかわいらしさからは程遠い。

 なぜ。私は「かわいくなぁれ!」と言ったのに。「間が抜けろぉ!」とは言っていないのに。なぜ。

 まあ、とりあえず……。


「南極へお帰り……」


 異世界に南極があるかは知らないが。

 ここより寒い場所があるだろう。そこへお帰り……。

 雪が止み、晴れてきたこの場所では暮らしにくいだろう。

 ペンギン(アイスフェニックス)の隣へ屈み、そっと背中を押す。

 すると、ペンギン(アイスフェニックス)は、首(だと思われる部位)を左右に勢いよく振った。


「イヤイヤ、アリエヘンヤロ! コンナ体ニシトイテ、メッチャ酷イコト言ウヤン! ダイタイ『ナンキョク』ッテドコヤネン!」

「すごいしゃべるペンギン……」


 レジェドやシルフェに比べて、とてもよくしゃべる。

 二人が片言なのに対して、すごいネイティブに関西弁。


「アイツラガイインヤッタラ、ワイカテエエヤン! 一緒ニオラシテヤ!」

「うーん……」


 どうかなぁ……。一緒にいれる? ペンギンと? うーん……。


「南極へお帰り……」

「ダカラ、『ナンキョク』ッテドコヤネン!」

「君が帰るところだよ……」

「知ランワ! ソンナトコ!」

「住めば都」

「ナンヤソノ、イイ言葉風ノヤツ!」


 突っ込みペンギン。

 ペンギンは一通り突っ込み終わると、じっと私を見上げた。


「ワイヲ見テヤ」


 光がなく、瞳孔が開いた金色の円が私を見つめる。

 水色の体毛はしっとりとして、全体的に猫背の流曲線。その場で足を踏めばぺたぺたと音が鳴った。


「ワイ、コンナ体ニナッタ」

「……うん」

「ワイ、イイコヤデ?」

「……うん」

「一緒ニイタイネン」

「……」


 ……。


「かわいくない!!」


 私は目の前の一抱えサイズのペンギンをぎゅっと抱きしめた。


「かわいくない……かわいくない……。なのに、どうして……」


 どうしてだろう。胸がむぎゅっとした。かわいくないがゆえの愛しさ? この胸にあふれる感情は愛しさ……?


「お腹……低反発クッションなの……?」


 パッションのまま、白いお腹に頬を寄せれば、ずむむっと吸収されていく。これはマイクロビーズクッション。このペンギンは内臓ではなく、マイクロビーズが入っている。間違いない。


「気持ちいいね……」


 いようじゃないか。一緒に。


「ホンマ失礼ヤケド、マアエエワ!」


 ペンギンはそう言って、グゥエグゥエッと笑った。

 すると、その途端、わぁあ! と歓声が響き――


「さすが聖女様だ……!」

「伝説のアイスフェニックスまで、手中に収められた……!」

「救国の聖女様、万歳!」

「「「救国の聖女様、万歳!!」」」


 騎士団のみんな、王宮騎士、全員が口々に喝采を送る。

 その視線の先は――


「私だ……」


 ペンギンのお腹に頬を埋める、この私だ。

 こんな救国の聖女でいいのか? 落ち着け、みんな。よく考えろ。本当にいいのか? アデリーペンギンに疑問はないのか?

 私はある。大いにある。疑問しかない。

 かわいくないのに愛しいという相反感情。それに揺れ動く私が救国の聖女? そんな話があるわけがない。

 とりあえず、ペンギンを抱えたまま立ち上がる。

 すると、ザイラードさんが、私の前に跪いて――


「また、あなたに救われた」


 凛々しい。凛々しい騎士のポーズ。

 アデリーペンギンを抱えた私にそんなに礼を尽くさなくても……。律儀な人だ……。


「救ったなんてとんでもないです。それよりも、雪道で膝をついては汚れてしまうので……」


 ペンギンを地面に戻し、ザイラードさんの手を取る。

 とりあえず立ち上がってもらわないとね。

 そうして、立ち上がってもらうと、より一層、歓声が増した。

 まあ、ペンギンを抱く私よりは、ザイラードさんの手を取る私のほうがいいよね。盛り上がる気持ちもわかる。

 すると、喜びの声の中に、違う色の声が響いた。


「なんで……! なんであなたばかり……!」


 叫んだのは女子高生。

 騎士の一人が、女子高生を受け止めてくれ、逃げ出したり暴れないように手を抑えてくれているようだ。

 女子高生はキッと私を睨んで――


「私も……私もみんなに拝まれたい……!」

「え、拝まれたい……?」


 え、私、今、拝まれてたのか……? 喝采を浴びてはいた。それを拝まれたと言うならば拝まれているのか……?

 というか、珍しい願望だな。


「みんなにお賽銭を投げてもらいたい……!」

「お賽銭を……?」


 珍しい願望その2。

 そんな願望ある? 願いは人それぞれだと思うけれど、あんまり聞かない。すくなくとも私は今、初めて聞いた。

 そして、私はお賽銭を投げられてはいない。


「聖女になれば……聖女になれば、みんなに拝まれて、お賽銭投げてもらえるはずだったのに……!」


 そうか……? 聖女ってそういうものか……? 女子高生が言う聖女像。……なんか違うな? 私が言うのもなんだが、そんな聖女いるの?

 はて? と首を傾げる。

 すると、女子高生は感極まったのか、ヒックヒックと肩を揺らした。

 手を抑えていた騎士も、女子高生の変化に困惑顔で……。


「この世界ならうまくいくと思ったのに……っ。どこにいっても私はっ……」


 そこまで言うと、女子高生はわぁぁぁん! と、声を上げて泣き始めた。

 大粒の涙がぽろぽろとこぼれていく。

 とても美人な女子高生が、大声で泣く姿はとてもかわいそうで――


「だ、大丈夫!?」


 除雪した道を慌てて駆け戻る。

 ハンカチっ、ハンカチあったかな!?

 走りながら、ポケットを探るが、防寒着を着ていたため、あいにくハンカチはすぐに出そうにない。

 女子高生の元までやってきた私は、しかたがないから、防寒着の袖口をそっと当てた。

 手を抑えていた騎士も、私たちのやりとりを見て、手を離す。


「落ち着いてっ、えっと、とりあえず、バイタリティがあるところは良かったと思う!」


 異世界に来てすぐに聖女だ! と名乗ったり、祈ってみたり、王宮に行ってみたり。


「私にはないバイタリティがあった! 若さとやる気があった! すごい!」


 とりあえず、思いついたことを褒めてみる。

 女子高生はそんな私を涙にぬれた目のまま見上げた。うん。美少女。


「つやつやの黒髪とうるうるの黒目。100点満点!」


 圧倒的優勝。

 一瞬、泣き止んだ女子高生。けれど、またわぁああん! と泣き始め――


「バカみたいな褒め方しないで!」

「え、あ、ごめん」

「謝らないで!」

「あ……。え……」


 泣きながらも私への文句を忘れない。

 難しい……。難しいよ……。若い子の慰め方なんて知らないよ……。なにしても怒られる……。

 戸惑っていると、なぜかぎゅうっと抱きしめられた。


「あなたなんて嫌いなんだから!」

「え、あ……うん」

「嫌いだけど……でも……私は、私がもっと嫌い……っ!」


 つやつやの黒髪から、ニュッと三角の耳が出てきた。

 え、これ、いわゆるケモミミでは……? え……?


「私はダメなの……っ!」


 そう言うと今度はふかふかのしっぽが……? ええ……?


「私はどうせ、ダメな狐なの……っ!」


 女子高生(?)が、私に抱き着いたまま、わぁあん、わあぁんと泣く。

 そして、みるみる姿が変わっていき――


「……人間じゃない、の?」


 もしかして。もしかしてもしかして。

 私はただ目を白黒させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る