第22話

 さっきまで暖かかったのに、なんでいきなり……。

 しかも、最初の雪はチラチラぐらいだったけど、どんどん勢いが増している気がする。え、これ、積もる……!?


「これ、片付けます」

「ああ、そうだな」


 パイやカップに雪が積もってはいけないので、急いでバスケットへ戻す。

 そして、異世界事情を尋ねた。 


「ザイラードさん、ここでは気温ってすこしの時間で変動するんですか……?」


 異世界だし。ないとも言い切れない。

 本日は二十三度、日差しの暖かな朝でしょう。からの、午後は氷点下二度、雪が舞うでしょう。みたいな。

 私の質問に、ザイラードさんは「いや」と首を振った。


「雲が出て気温が下がることはあるが、こんなことは初めてだ。雪が降るような季節でもない」


 そう答えると、ザイラードさんは私の肩にそっとマントを掛けてくれた。


「とにかく室内へ戻ろう」

「あ、マント……、ザイラードさんが寒くないですか?」

「俺は大丈夫だ。さあ、行こう」


 ザイラードさんがバスケットを持ち、そっと私の手を取る。

 マントを返しそびれてしまった私は、そのまま騎士団の建物へと足を向けた

 すると、右肩にいたレジェドがマントの隙間にぐいぐいと鼻を入れてきて――


「オレ、サムイ、キライ」

「そうなんだ。わかった、ここおいで」

「オウ」


 心なしかテンション下がり気味のレジェドの声を聞き、左手でマントを前で合わせる。

 右肩から私の胸の前へと移動したレジェドは、マントと私の左腕の隙間にすっぽりと収まった。

 レジェドの体は鱗で覆われ、すべすべ。たしかに耐寒性能は低そうだ。

 一方のシルフェは――


「雪! ウレシイ!」


 ――やはり犬。(シルバーフェンリルだが)


 私の周りから2mぐらい。はしゃいでぐるぐると駆け回っている。

 すでに1cmぐらい積もった雪にシルフェの足跡がたくさん。


「シルフェは寒いの平気なの?」

「コレグライ、サムクナイ!」

「そっか」


 真っ白なシルフェの毛皮。ふわふわのそれに雪が落ちていく。どちらもふわふわでどこからが毛皮でどこからが雪か見分けがつかない。

 シルフェは赤い瞳をキラキラと輝かせ、口から舌を出している。ハッハッハッと速い息遣いで走り回り、とても楽しそうだ。

 その姿を見ていると、私も笑顔になってしまう。

 腕の中にすっぽりとはまっているレジェドもかわいいし、はしゃぐシルフェもかわいい。ここがかわいいの宝石箱や……。

 二人の姿をしみじみと摂取していると、ザイラードさんが繋いだ手にきゅっと力を入れた。


「せっかくの休日だが、この気温の変動について調べる必要がありそうだ」

「あー、そうですよね……。本当にお疲れ様です」


 午前中は私とキイチゴ狩り。森の道が崩落したことを報告し、昼食。午後からは私と一緒にキイチゴのカスタードパイを食べる会。そしてこれからは気温の変動についての調査。

 ……。ザイラードさんの休日、大変すぎる

 ザイラードさんに時間外手当を……。多めに……。


「あなたともっと一緒に過ごしたかったな……」


 ザイラードさんのエメラルドグリーンの瞳。すごく優しい色。

 雪の中でもザイラードさんの金色の髪は輝いていて――


「どうしたんだこれは! 事件か!」


 ――弾みそうになる胸は、一瞬で普通の鼓動に戻った。

 そして、テンションが下がった。


「どうなっている! なにが起こった!」


 あー……この声、聞いたことあるぅ……。もう二度と聞かなくていいなって思ってたのにな……。


「ザイラードはどこだ!」


 あぁ……ザイラードさんを探してる……。

 チラッと見上げたザイラードさんは、すごく嫌そうな顔。

 すると、男性の声のあとに女性の声もして――


「ザイラードがいないなら、ほかの者でもいい! 報告をしろ!」

「事件ならば、私が解決できます」


 あー……この声。……わぁ元気そう……。

 即座にわかるこの声。最初に聞いた声とセットで聞くと、より頭が痛くなるこの声。


「うむ! 私にかかればすぐに解決だな!」

「はい。私の力も見せます」


 異世界に来たときぶりだね。そして、相変わらず、なぜか二人とも自信たっぷりだね。


「ザイラードさん……」

「ああ……雪が降る以上に厄介なのが来たな……」


 ……第一王子と女子高生。突然の気温変動よりも頭が痛くなる二人。なぜかウキウキとしているように見えるし。

 頬を上気させた二人。

 思わず足を止めてしまったザイラードさんと私に罪はないだろう。

 が、気づいたときにはもう遅くて――


「おお! そこにいるのはザイラードか! この突然の雪についてすぐに私に報告をしろ!」

「隣にいるのは、一緒に来た女性ですね。今度こそ、私が聖女であることを証明しますから」


 ――居丈高な王子と、私をキッと睨む女子高生。


「めんどくさいことになりましたね……」

「めんどくさいことになったな……」


 ザイラードさんと私はがっくりと肩を落とした。

 休日。最高の休日が突然迷子……。どうして休日、すぐ消えてしまうん……?

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