第56話 勇者、謝罪する/勇者の父一行、準備する

   ◆とある高原・とある村◆



 港町アクレアナから山を二つ超えた場所に広がる高原にて。

 アルカ、サキュア、ガーノスの三人がボロボロになった村を見つめていた。



「これは魔王軍の仕業ですかな?」

「でもガーノスさん、血の匂いも死臭もしませんよ?」



 サキュアとガーノスが首を傾げている。

 だがアルカだけ、現実を受け入れている顔で見つめている。

 クロアに呼び出されるまでも、こういった村を巡ってきた。最初は罪悪感と絶望で胸が痛んだが、そうも言っていられない。

 アルカは二人を振り向き、光のない目で自虐的に笑った。



「この村、俺の攻撃の余波で壊れたんだ」

「ぁ……」

「それはそれは」



 サキュアはクロアが言っていたことを思い出した。

 今アルカは、自分が壊してしまった村を回っていると。



「二人はちょっと待っててくれ」

「え、でも……」

「サキュア様。今はここで待ちましょう」

「ガーノスさん……わかりました」



 アルカが村に歩いていくのを、サキュアとガーノスは見つめる。

 と、木材を運んでいた一人の男が、アルカを見て目の色を変えた。



「このッ……。……これはこれは勇者様。こんな辺鄙な場所になんの御用で?」



 一瞬怒りを顕にしたが、直ぐに仏頂面になる。

 周りの村人もアルカの存在に気付いたのか、冷たい目で睨んでいた。



「謝罪に来ました。……俺のせいでこんなことになってしまい、申し訳ありません」



 アルカはゆっくり腰を折り、深々と頭を下げる。

 突然の謝罪に男も面食らったが、直ぐ頭に血が昇った。



「ざけんじゃねぇ……ざけんじゃねぇ! 確かに村を脅かす魔物は消えた! だが村を壊してなんの意味がある!? しかもその場での謝罪じゃなく、今更だと!? 何が勇者だ、ふざけるなァ!!」



 男が近くに落ちていた石をアルカに投げつける。

 アルカは守ることも身構えることもなく、甘んじてそれを受けた。

 それがきっかけとなり、村人たちがアルカに石を投げ付ける。

 怒声を撒き散らす男。罵倒する女。泣き喚く子供。とんでくる石。

 サキュアは見ていられなくなり、魔法でアルカを守ろうと杖を掲げたが、ガーノスがその手を下ろさせた。



「ガーノスさんっ、このままじゃアルカ様は……!」

「まあ、見ていましょう。あの若者がどうするのか」



 そんな余裕があるとは思えない。

 アルカには勇者の力として、自己再生能力がある。

 だからどれだけダメージを受けても回復するとは言え、痛みは感じるものだ。

 今も、頭から大量の血が流れている。

 しかし、アルカはまだ頭を下げたままだ。

 それどころか──



「本当に、申し訳ありません」



 ──地面に膝をつき、頭を地面に擦り付けた。

 土下座だ。紛うことなき土下座。

 自分が汚れることを厭わず、アルカは土下座をした。

 流石にそこまでするとは思わなかったのか、村人たちの動きも止まる。

 サキュアは思い出した。最初にアルカを見た時、泥だらけだったのを。

 寝る間も惜しんで、ずっとこうして謝罪を続けていたのだろう。だから泥だらけだったのだ。



「……ガーノスさん」

「ええ、我らも行きましょうか。我らが仲間になる以前の問題とはいえ、今は我らも勇者一行。笑う時も、喜ぶ時も、悲しむ時も、泥を被る時も。全て共に」



 サキュアとガーノスも、共に謝罪するべく、アルカに近づいていったのだった。



   ◆港町アクレアナ・海◆



 港町アクレアナの海にて。

 ミオンは祈るように手を合わせ、目を閉じて集中している。

 既に水上に立って数時間。一定の魔力量を消費しても、疲れることなく立てている。

 それを見て、ウィエルも満足そうに頷いた。



「……はい、オーケーですね。合格です」

「やったー!」



 諸手を上げて喜ぶミオン。

 だが海中に沈むことなく、そのまま立っている。感情がブレても、無意識的に水上に立っていられるようになったみたいだ。



「これを応用すれば、水の上で寝転ぶことも、座ってご飯を食べることも出来ます。それは旅をしながら、おいおい覚えていけばいいでしょう」

「こんな感じですか?」



 すると、唐突にミオンが水の上に座ったり、寝転んでゴロゴロ回り出した。



「あはははは! これ不思議ですね! なんか楽しいー!」



 まるで床をゴロゴロするかのように、楽しげに海の上で回転するミオン。

 流石のウィエルも、それを見て目を僅かに見開いた。



「……驚きました。まさかもう出来るとは」

「私、昔から基礎が出来たら応用は直ぐに覚えられるんです。まあ、基礎を覚えるのに凄く苦労するんですが……」

「なんと……素晴らしい才能ですね」



 基礎は大事だが、魔法戦闘においては基礎ばかり出来ても意味がない。

 応用し、工夫し、相手を上回る魔法を使う必要がある。

 だから魔法という分野において、応用が得意というのは大きなアドバンテージになるのだ。

 と、ビーチで様子を見ていたクロアが、二人の所へやってきた。



「無事覚えられたみたいだな。大したもんだ」

「えへへぇ。ありがとうございますっ」

「なら、ここからはアクレアナを自由散策しよう。出発は三日後。準備を怠らないように」

「わかりました!」



 自由散策と聞き、ミオンはうきうきとプランを練る。

 ミオンもお年頃の女の子だ。服だって見たいし、美味しいスイーツも食べたいのだ。

 うきうきしているミオンを見て、ウィエルも頬に手を当てて微笑んだ。



「うーん、自由散策ですかぁ。私も散策しましょうかねぇ」

「ウィエルは迷子になるから俺と一緒にいること」

「信用ないですね」

「ないな」

「酷い」

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