エピローグ
熊倉レポートを三十階に持っていく前にミサキちゃんに相談してるんだよ。とにかくこのレポートは最初の方に翆のレイプもあるから刺激的なんだよね。ミサキちゃんはとにかくお淑やかで常識家だし、猥談なんて始まるとすぐに真っ赤になっちゃうんだもの。
いきなり三十階で読んだりしたらコトリ社長とユッキー副社長の酒の肴にされちゃうじゃない。ミサキちゃんは予想通り、顔を赤らめながら読んでた。ミサキちゃんならそうなるのは予想通りだったけど、
「これは実地調査が難しそうですね」
拘置所もそうだけど、下調べしていた月集殿本部も刑務所並みだものね。そしたら、女神の集まる日の前に中南米への長期視察に急遽出張に行っちゃんたんだ。あれって思ったけど、きっと性転換の話があった時点で、ゲシュティンアンナが絡んでくると見て逃げたんだよ。そうだね、実地調査が無いなら女神の秘書は不要ぐらいで良いはず。
ミサキちゃんは賢いと思ったもの。ゲシュティンアンナ絡みになるのはシノブもわかってたけど、そうなるとこれまた予想通り、コトリ社長とユッキー副社長の猥談に引っ張り込まれたもの。SM小説の蘊蓄なんて見事に乗せられちゃって参ったよ。さすがにあれはやり過ぎた。シノブのイメージがダウンしちゃうじゃない。
今回の事件でやっぱり思ったのは神の時間感覚の違い。うちならあの二人になるのよね。これも普段は感じないけど、女神の事件になってくるとモロに出るのよね。熊倉にはあれこれ思う事も多いけど、ごく素直には残りの人生を女となり、マゾ奴隷として死ぬまで過ごす点はそれなりに大変そうと感じる面はあるもの。だけどあの二人的には、
「生きたいのなら、それしかないじゃないの」
日本で熊倉ほどの重罪人となれば死刑しかない。これは考える余地もないぐらい。死刑執行の時期の長短こそあれ生きて拘置所から出ることはあり得ないんだよね。さすがに死刑反対論者だって釈放しろとは言わないと思うよ。
それでも生きたいのなら、それ相応の代償が必要になる。これだって命の代わりにする代償だから普通は存在しないのよね。熊倉が代償として要求されたのは死刑囚なら誰でも願うはずの、
『なんでもするから、命だけはご勘弁を』
この『なんでもする』の具現化。そのために問答無用で女に性転換され、真性のマゾ奴隷に鍛え上げられている。
「願い通り命は残ってるやんか。それもやで、女になれて不満言う方がおかしいで」
こういう事になっちゃうのよね。元が男だから女への違和感があるかもしれないけど、女であるのは罰でもなんでもないし、男より良いことは数え切れないぐらいにあるもの。シノブも男になりたいなんて考えたこともないよ。
「女として思う存分楽しめるやんか」
「ま、それしか出来ないぐらいの罰はあってもイイでしょ」
これも極端な見方で、女は男と違ってセックスさえ出来れば誰でも良いわけじゃない。男だってそれなりにあるだろうけど、女の方が許容度が遥かに狭いのよ。そう、やりたくもない男とセックスさせられるのは苦痛どころか拷問だよ。だからレイプはあれほど徹底的に拒絶する。
だけど女だって性欲はあるし、セックスだって嫌いじゃない。シノブだって大好きだもの。熊倉は男への拒否感を叩き壊されてるだけじゃなく、どんな男でも喜んで受け入れるようにされてるはずなのよ。
熊倉が売られる世界で求められるのは男への奉仕しか考えられないけど、考えようによってはセックス三昧と見えない事はない。こういうケースで人なら出てくるはずの人間としての尊厳とかも、
「死ぬ代わりの代償やんか」
「過ごしている時間をどう感じるかの主観の問題だけよ」
マゾ奴隷がマゾ奴隷用世界で楽しく暮らせれば、それはそれで人の一生として十分ぐらいの考え方なんだよ。
「熊倉はマリに足向けて寝られへんと思うで」
「再生の大恩人だものね」
てな結論で終わってしまうぐらい。シノブなんか熊倉が生き残ってしまったのに腹が立ってるし、やっぱり素直に絞首台で死んでれば良かった思ってるけど、
「それも人生やろ」
「だいたい五十年ぐらいでしょ。死ぬのがちょっと遅くなるだけじゃない」
これぐらいの扱い。ここも言いきってしまえば、今回の事件でも熊倉への関心は殆どないとして良いぐらい。ゲシュティンアンナが絡んでいなければ一顧だにしてなかったと思う。
「ところで闇の委員会がなくなればゲシュティンアンナはどうするのでしょう」
「別になんにも困らんやろ」
「そうよね。あれだけの施設を作っちゃてるし」
コトリ社長やユッキー副社長の見るところなら、月集殿の本部やトンネル、峡谷の道の買収には大道が噛んでるはずだって。いくら僻地で放棄同然と言っても県有財産の下げ渡しが、あれだけスムーズだったのはそのせいだろうって。それだけじゃなく、
「本部やその他の施設の建設資金も出してるはずや」
「チャチな施設じゃ夜も寝れなくなるよ」
なるほどね。明るみに出たら闇の委員会も一蓮托生だものね。
「と言うか、あれは大道がゲシュティンアンナに作らせたんやろ」
「そうよね。あんなところに本部を置く宗教法人なんてありえないよ」
そっか、そっか、そうだよね。大道は性被害者救済に取り組んでたけど、LGBTに比べても問題はさらに厄介。やれる事と言ったら性犯罪へのさらなる厳罰化とか、性被害者救済のための補償金とか、性被害者対応医療施設の充実ぐらいしかないのよ。
ただ厳罰化と言っても他の法律とのバランスはあるし補償金も同様。性被害者対応医療施設の充実も一朝一夕でどうにもならないもの。
「性被害者は既にやられとるところから始まるから難しい」
そこなのよね。レイプされてしまってるんだよ。そう取り返しのつかないところから始まるのが性被害者対策になるのよね。だから大道はかつて息子の太郎を性転換させたゲシュティンアンナの協力を仰いだのだろうって。
「発想的に必殺仕置人ね」
「行き着いたのが、そこやってんやろ」
それが正解だったと思わないけど、性被害者と真面目に向き合い続けた一つの結果として、宗教法人を隠れ蓑にした性犯罪者への復讐施設の建設になったんだ。でも闇の委員会が終われば、
「施設の有効活用と言うか、ゲシュティンアンナの本来の目的に使われるだけだよ」
「そうやと思うで。今は臨時対応のはずや」
そう見るか。大道が闇の仕置事業のために月集殿本部を作らせてるけど、闇の委員会の活動は長くないとゲシュティンアンナは見てたはず。だってその時に大道は七十代後半だし、大道がいなくなれば、あんな危ない事業は続けられるはずがないもの。
「メイド服組は特別待遇やったんちゃうかな」
ゲシュティンアンナもマゾ奴隷を作るのは趣味だけど、無暗に量産して楽しむタイプかと言えば微妙なところがある。ドゥムジみたいに一人に熱中するタイプじゃないけど・・・だから十室で十人なんだ。
巫女組もマゾ奴隷化してると考えていたけど、あれはマゾ奴隷化されていないから熊倉はマリに見れないように躾けられたはず。そっか、そっか、あそこに入室できるのはマゾ奴隷だけど、教団的には最高ランクの巫女に違いない。
巫女についても調べたんだけど、月集殿で巫女になるのは格別の名誉なことにされてるのよね。お手当だって破格だもの。それこそ女性信者の憧れの的みたいな位置づけで良いと思う。その中でも本部勤務になるのは夢みたいな扱い。
三階のマゾ奴隷はメイド服だったけど、マリもそうだったのがポイントのはず。本来の月集殿の教義的には本部の巫女になるのがゴールじゃなく、本部の三階でメイド服を与えられる者こそが最も神に近い存在として崇拝されるぐらいのはずなんだ。
本来のシステムは本部の巫女の中から、さらに選ばれた者が三階で神であるゲシュティンアンナに直接仕える身分を得るぐらいだよ。仕えるために授けられるのがマゾ奴隷にされることだけどね。
「その代わりに絶世の美と、永遠の若さが手に入れられるじゃない」
「神の快楽もな」
そう考えると円城寺家時代に量産していた元男のマゾ奴隷は、
「趣味変ったんちゃうか」
「元男の心を折るのはビジネスのためだったのかもね」
この辺は、居場所の確保と食うことが優先されるのが神だからありうるかも。でも、そうなるとマゾ奴隷販売がなくなるから収入面で困りそうだけど、
「逆ちゃうか」
「わたしもそう思う。闇の委員会からの受託事業は、気を遣うし、手間もかかるから、仕事としては美味しくなかったはずよ」
なるほどね。元の事業に戻れば良いだけか。神の性転換は性同一障害の治療と考えれば最良のものだもの。そりゃ、生理や妊娠こそ出来ないものの、完全に女になってるし、見た目だって飛び切りの美少女になれるもの。セックスだって女とまったく同じ。いや、それ以上の気がする。
「そうなると思うで」
「性転換手術なんかと比べ物にならないもの」
性転換手術は痛みもあるし、傷跡も残る。その成果だって見た目だけ辛うじて性器がそれらしくなっただけ。性器以外となると太郎がそうだけど、女に見れるようにするのにどれだけの手間がかかるかわからない者だっている。
「希望者は世界中におるからな」
「それに年間三人限定だから、値段はそれこそ青天井じゃない」
月集殿本部の建設費用は怖いぐらいのなのよね。土地こそタダ同然だけど、峡谷の道は全部作り直してるようなものだし、トンネルだって補修工事にどれだけ必要か。盆地の中だって荒れ地同様だもの。
トンネル入り口の倉庫兼積み替え施設や峡谷の道の入り口にある城門も立派なもの。なにより本部の建物がデラックス。どこかで見たことがあると思ったら、あれのモデルはカイカットのロックフェラー邸だよ。それもオリジナルよりさらに大きくしてある。
そういう施設が欲しかったゲシュティンアンナが取引に応じたんだろうな。大道の死さえ待てば全部自分ものになり、自分の好きなことに専念できるもの。ゲシュティンアンナにとって十年や二十年は瞬きするぐらいの時間だろうしね。
でもだけど、人目に付きにくいという点では申し分のない施設だけど、あんな僻地なのはどうなんだろ。不便すぎる気がするんだけど、
「良いところじゃない」
「コトリも隠れ家に欲しいな」
あんな僻地がと思ったけど、考えてることが違った。
「世の中でも、世界でも良いけど、変わらないものはないのよ」
「そうや永遠やと思たものでも全部滅んだで。あのローマでも滅びて跡形もなくなってもたもん」
この二人は古代オリエントの国々の興亡を知ってるだけでなく、ローマ帝国の全歴史をその目で見て経験してるんだった。シノブが住んでいる日本だって、百年先、二百年先、千年先にあるかどうかはわからないもの。たとえ日本と言う国があっても、今のものとは全然違ってる可能性があるものね。国の体制が大きく変わる時には戦乱は必ず起こるから、
「あんな何にもない僻地に軍隊なんか来るかいな」
「そうよ、戦乱が起こっても、マゾ奴隷たちと高みの見物が出来る絶好の地よ」
そんな先まで考えてゲシュティンアンナは・・・神なら考えるか。ゲシュティンアンナになると持ってる記憶は一万年だものね。
「これから自家発電装置も充実させる予定やろな。土地は空いてるからソーラーと蓄電システム使たら、かなりカバーできそうやんか」
「トンネルに横穴掘れば食糧貯蔵庫も出来るし、核シェルターにも使えるじゃない」
時間とカネさえかければ出来るものね。そもそも地形的にトンネルを塞いじゃったら、それだけで天然の要塞みたいなところだもの。外界の混乱を避けて高みの見物が出来そうだし、あんなところまで戦災に巻き込まれたら日本も終わりみたいなものだしね。
でもさぁ、でもさぁ、これだけ調べての収穫は、ゲシュティンナンナとドゥムジが但馬の月集殿にいることだけだったな。
「大収穫やんか。神にとってこれ以上の情報はないで」
「そうよ、あの二人が元気にしているはわかったし、わたしたちに敵対する意思がないのもわかったじゃない。これ以上、何を知りたいのよ」
神が知りたいのはそこだけか。神は不死に近いけど、もし死があるとすれば自分より強い神と出会った時のみ。これも古代は会ったら最後で、どちらかが必ず死んでいたで良さそう。今も生き残ってる神は、どう言えば良いのかな、そういう殺し合いに飽きた神なんだろうな。
それでも会ってしまえば何が起こるかわからないから、なるべく会わないようにしてるし、その動向はやはり把握しておきたいんだろう。天の神アンの事件の時にユッキー副社長はヴァチカンでユダに会ってるけど、
『ホント、あれこそ世界一危険なデートだわ。あれに較べたら、素っ裸で夜のNYのハーレムを歩く方がよほど安全よ』
どんだけと思うけど、神が会うとはそういう事らしい。シノブにしたら大山鳴動して鼠が一匹みたいな感じだけど、とにかくこれでオシマイ。もう当分触れたくないし、エライ物を掘り出したって後悔してるもの。
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