選ばれた理由

 熊倉が中学時代に起こした委員長レイプ事件は検証できた。あれは掛け値なしの実話だ。あんな鬼畜な所業が実際に起こってるんだよ。だけど検証には手間がかかった。それは警察沙汰になってないからなんだ。


 そのために熊倉はノウノウと次の女を餌食にしていってる。警察沙汰にならかったのは委員長の親父が話を抑え込んでしまったからなんだよ。


「たかが市会議員程度に出来るか?」

「それより親でしょうが」


 まあそうなんだけど、委員長の親戚は政治家一族で、


「委員長の名前は青野翆なんです」

「それって、あの青野なの」


 これもわかってシノブもビックリした。こんなつながりがあったとはね。熊倉が起こした委員長事件で違和感があったのが委員長の父親の反応。ああされてしまった自分の娘にそこまでするかだったんだよ。


 体面を気にして娘を家に閉じ込めたのはまだしも、熊倉には一切手を出していないのが不思議過ぎた。そっちはそっちで復讐するのが親のはず。ここもあえて警察沙汰にしないことはあるのはある。


 警察沙汰になって表沙汰になることで二次被害を避けるためなんだ。泣き寝入りってことになるけど、悔しいけど性被害の一つの側面でもあるのよね。だけどね翆の場合は町中に知れ渡ってるじゃない。今さら表沙汰になるデメリットは少ないはずなんだ。むしろ警察沙汰、表沙汰にする方がメリットもあるはずだと思うのよ。


「あの総選挙か」

「青野史郎の指示と見て良いはずです」


 青野史郎は青野の変で大道に追い落とされた政治家。青野は三世議員で地元で三代にわたって連続当選を続けてる。だから政治家一族だけど、一族も県会議員になったり翆の父親のように市会議員になってるのもいる。


 それだけじゃなく市会議員や、県会議員にも青野の息のかかったのが多くて、県知事もそうなってる。その頂点にいるのが国会議員の青野史郎であり、青野王国と呼ばれるぐらいの権勢を揮っていたぐらいだよ。


 だから選挙も強かったんだけど、この時の総選挙は与党に猛烈な逆風が吹いてたんだ。さらに青野史郎にも定番の政治とカネの問題でスキャンダルを起こして苦戦が予想されてた。


 勢いに乗っていた野党も青野を追い落とそうと有力候補を送り込んでたのよね。青野は大接戦の末に辛うじて比例復活当選したものの、総選挙の結果としても現職大臣が落選するほど与党は大敗し、総選挙後にすったもんだの末のヘンテコな連立政権になったぐらい。


「だからこれ以上のスキャンダルはお断りだったんだろうね」

「臭いものに蓋したんやろな」


 翆の父親が娘を餓死させようとしてたかどうかは不明だけど、折檻ぐらいはしてたはず。政治家にスキャンダルは禁物だからね。翆の事件は政治的な不祥事とは言えないけど、選挙にプラスにならないの判断だったはず。



 翆は熊倉に売り飛ばされたし、その後の生活は誰もが想像する通り。そうそう翆が高く売れたのはまだ中学生だったから。さらに言えばグラマー・タイプじゃなくスリムな貧乳型。言いたくないけど、いかにも中学生らしい価値が評価されたからで良いみたい。


 ベドフィルまで行かなくても、その手の未成熟な女の需要は高いのよ。コアな客が群がってくる感じかな。自分で言いながら胸糞悪いよ。それとこういう経過をたどった訳あり女は逃げ出せないし、終わりがないのよね。


 だけど、そんなどん底の生活から五年後に助け出されてるんだよ。これがわかってシノブもホッとしたもの。これがわかったのは暴力団が経営していた地下売春組織の摘発があったから。


 保護された翆だけど、家には連絡されてる。でも父親は翆を引き取るのを拒否してる。建前上の理由は、


『成人した娘が何をしようか自己責任だ』


 詭弁でしかないけど他にも理由もある。翆の母親は交通事故で亡くなって若い後妻を迎えて子どもまで出来てるんだよ。今さら翆に関わりたくないってぐらいだよ。冷たいもんだね。だから施設に収容されたんだけど、中学すら卒業できていない。


 義務教育の公立中学だから、少々のことで留年なんかさせないものなんだよ。かなり危ない連中でも、追試だとか、レポートとかで目を瞑って普通は卒業させるもんなんだ。だけど、その前提として生徒がいて家族の協力がいるけど捜索願さえ出されていなかった。



 ここで一人の女が登場する。その女はわざわざ施設に翆を訪ね、その境遇を聞き、引き取ってるんだよ。それだけじゃない、傷ついた翆を癒すために懸命な治療をさせてるし、立ち直ってきた翆に夜間中学を卒業させ、さらに定時制高校に通わせ、仕事の世話までしてるんだ。


「良かったね。バッドエンドは救われないもの」

「そうや、日本人なら浪花節や」


 浪花節はさておきシノブも良かったと思う。


「まさかと思うけど青野の変に関係してるとか」

「可能性だけです」


 翆を救った女の名前は山本裕子。翆だけでなく性被害者の救済を行ってるし、そういう団体の代表でもある。だけど素性も救済のための資金源も謎に包まれてるんだ。うちの調査部も使ってもさっぱりわからないぐらい。どれだけわからないかは年齢さえ不詳。画像はあるけど、


「飛び切りの別嬪さんやん」

「二十代の半ばぐらいに見えるけど」


 見た目はそうだけど、裕子の活動歴からすると合わないんだよね。


「まさか太郎」


 そう考えると符合する部分は幾つもある。ゲシュティンアンナが性転換させた女なら美貌になるし歳も取らない。さらに大道の息子なら素性は完全に隠されるし、さらに資金源の説明も可能になる。


 裕子は何人もの女を救済してるけど、とくに翆は可愛がっていたで良さそうなんだ。仕事を世話したと言ったけど、自分の団体の事務員だものね。


「子どもは産めへんから娘代わり」

「そんな気がします」


 確証はないけど、とくに美貌で歳を取らない女はこの世にそうそうはいないのよね。というか居る方が不思議なんだ。この部屋には集まり過ぎるけど。もし裕子が太郎なら説明できてしまう部分が多すぎるのよ。


「そやなぁ、青野の変で青野史郎を破滅にまで追い込んだのもそうやし、大道が性被害者救済に熱心なんも説明出来てまう」

「熊倉をわざわざゲシュティンアンナのところに送り込んだのもそうなるじゃない」


 大道と太郎はしっかり結びついているはずなんだ。神の性転換を受けた太郎は別人として暮らさざるを得なくなったけど、大道は見捨てるどころか太郎のやりたい事の手厚い援助もしてるはずなんだよ。


「太郎が性被害を受けた可能性は」


 こればっかりは、どう調べてもわからなかったんだよね。ついでに言えば男関係も全く不明。でもさぁ、太郎の心は女じゃない。女の苦しみ、悲しみはわかってもおかしくないと思うもの。


 なんとなく思ったけど、太郎なら大道の後継者になれたかもしれないと思ったぐらい。人への思いやり、優しさって大事だよ。


「そこはわからんな。政治の世界は甘ちゃんじゃ生きて行けるものじゃないからな」

「そこがシビアなのよね。でも太郎のような優しさが大道にもあったんだと思うよ。こんなもの知り様がないけど、家庭での大道と太郎は仲が良かったはずだし、太郎も大道を尊敬してたんじゃないかな」


 だからあそこまでしたはずなんだ。そうじゃなくちゃ出来るものじゃない。熊倉の死刑執行からゲシュティンアンナの館の扱いまで太郎の影響が大きいはず。いや、それがすべてかもしれない。熊倉は選ばれるべきして選ばれている。

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