月集殿本部

 コトリ社長と話してんだけど、


「月集殿の本部って但馬やったよな」

「要塞みたいなところです」


 四方を山に囲まれた盆地なんだよね。山はそんなに高くはないけど、とにかく険しくて、その盆地にあった村は外との交通がとにかく大変だったそう。


「ちょっと変わった村やったらしいな」

「外との交流が乏しかったからだと思います」


 そんなところに誰がわざわざ侵入するかと思うけど、外部からの侵入者に対して非常に厳しかったそう。


「定番の落ち武者伝説もあるらしいからな」


 そのためかもしれないけど、トンネルが出来るまで電気も、水道も、ガスも、電話もない江戸時代並みの自給自足の生活をしていたと記録に残されてる。


「なんでトンネル掘ったんや」

「県民への福祉のためだとなっています」


 秘境どころか独立しているようなもので、行政サイドも色々手を焼いたのはあったみたい。時の県知事が予算を付けて掘ったとなってるけど、


「後は毎度のことか」

「文明の利器に流されるのは早かったようです」


 村はトンネルが出来て外部との交通が容易になったと言うものの、それでも僻地も良いところで、狭い谷というより峡谷の奥のどん詰まりにある。ここへの道もトンネル建設のために作られたもの。


 その道路の入り口だってなんにもないところ。街どころか、人家ですらクルマで一時間ぐらいかかるんだよね。電車どころか、バスすら走っていないぐらい。言ったら悪いけど、あんなところに人が住んでいるなんてよく知られていたと思うぐらい。


「まあ米も取れん村やったそうやし」


 そうなのよね。完全な盆地だから川もなく慢性的に水不足に苦労していたらしい。ここも水の出口がないから池なり、湖になりそうなものだけど、一番低いところにある沼に地下水路があるらしく外に流れ出してしまうみたい。


 井戸で飲料水ぐらいには困らなかったようだけど、水が乏しいから米は難しく、ソバとか大麦、大豆が主力だったとなっている。とはいえ耕地に出来るところも限られてるから、慢性的な食糧不足に悩まされていたみたいなんだ。


 文明生活を知ってしまうと不便しか存在しないような村だから、三十年もしたら村から人口が流出してしまい、廃村になっちゃったぐらい。ちょっと極端な気がするけど、閉じ込められてたから住んでたけど、無理してまで住む土地じゃなかったとしか言いようがないよ。


「秘境過ぎて観光地にも出来へんかってんやろ」


 そんな秘境を買い取ったのが月集殿。村ごと全部買ったそうだけど、土地の価値なんてタダに等しかったみたいで、登記料だけだったなんて話も残ってるぐらい。


「トンネルは」

「どうもこれも月集殿の管理になっています。ついでに言えば峡谷の道もです」


 県のトンネルと道路のはずだけど、どうも月集殿が買ってしまったようなんだよね。まあ、トンネル使って行けるのは月集殿の本部だけだし、そんなトンネルの維持費を県が払うのもアホらしいと言えばアホらしいのはわからないでもない。


 だから今では月集殿の私道になり、私トンネルになっているはずなんだ。でも、その結果として、月集殿の本部に行くには、月集殿が管理する道とトンネルを通らないと行けない仕組みになってるんだよね。


「トンネル開通前に使っていた杣道は」

「元が秘密のルート扱いでして、トンネル開通後は誰も通らなくなり、荒れ果ててるどころか、どこに杣道があったかもわからなくなったそうです」


 そんなに高い山じゃないから、登るのは不可能じゃないけど、とにかくどこから登っても険しくて、相当な装備と準備がないと登れないとされてるのよね。山は高くなくても、登山道がない山はそう簡単に登れないもの。


 さらにトンネルの入り口付近にトンネルを塞ぐような建物が建てられてるんだよ。月集殿だって食べて行かないといけないから、食料とか、日常必要物資を運び込むのだけど、入り口のところが倉庫になっているみたいで、そこから月集殿のトラックに積み替えて本部に運んでるみたいなんだ。


 これもさらに言えば、峡谷の道の入り口に門が作られて、そこも許可されたものしか通れないようになってる。だけど許可されても行けるのはトンネルの入り口の倉庫兼積み替え施設までだけどね。


「門言うても、こりゃ城門みたいやな」


 そうなのよね。二階建で一階部分に門がある構造。門の山側はびっちり塞がれてるし、峡谷側にも大きくせり出すように作られてる。だから門の向こうなんて見えないんだよ。通る時はここの詰所の許可をもらう仕組みだよ。


 そりゃ宗教法人の所有地だから、許可なく入れなくするのは可能だけど、あの本部に入れるのは本当に限られた人だけで良さそう。単に信者ぐらいじゃ絶対に無理って情報もあるもの。


「ほんまに要塞みたいやな。月集殿の本部に行こうと思たら、門を突破して、トンネルの入り口の倉庫兼積み替え施設みたいなのを突破せんとあかんもんな」


 さらに本部側のトンネルの出口だけど、延長されて月集殿の本部に直結してるんだよ。本部にも特別に許された信者が参拝するのだけど、トンネル側に玄関があって、そこから本殿に入るらしい。だから参拝しても盆地の中に行けないし、窓もないから見えないそう。


 峡谷の道だって山側も谷側も断崖絶壁みたいなもので、そこから道に出ようとすればロック・クライミングでもしないと到底無理だよ。これは倉庫兼積み替え施設まで行っても同じだよ。


「電気とか、水道とか、ガスは?」


 ガスは僻地だからプロパンのはずだけど、水道は通っていないからたぶん井戸水。電気とか電話線は通じてるけど、城門のところから地下みたいなんだ。峡谷の道を整備した時に埋め込み式にしたんだと思ってる。だって電線ないんだもの。


「なるほど、電気メーターも城門のところにあるんやろな。こりゃ徹底してるわ」


 そりゃ、宗教法人と言っても民間施設だから、警察とか、消防とかは入れると思うけど、部外者が興味本位で近づくのは不可能として良いと思うよ。


「それだけやないやろな。そうやってゲート施設があったら、警察とか来ても本部に連絡が行くやんか。門からかって時間かかるから、マゾ奴隷を隠してまう時間が稼げるってことやろ」


 シノブもそう思う。興味本位の連中は物理的に近づけないし、警察とかは時間の壁で対応するぐらい。そうやってマゾ奴隷とかを隠す施設と言うか、手段も用意されてるはず。


「月集殿本部以外は森と言うか、荒れ放題の林みたいなものやから、そこに隠したらまず見つからんやろ」


 熊倉も最初は脱出を考えてたみたいだけど、いくら逃げても飢え死にするか、捕まるかしかないと思う。本部の三階から抜け出すのも監獄並みだけど、建物を出ても、もう一度本部の一階を通り抜けないとトンネルにも行けないもの。


「ましてや靴はハイヒールや。か弱い美少女の体力じゃ、秘密の杣道を見つけても登られへんやろ」


 服だってメイド服だものね。さらに言えば夜は素っ裸。体力的に可能性が残されていた最初の夜は、あの最後の晩餐だよ。翌日にはフラフラのままいきなり性転換。


「まさに万全の準備やな」


 シノブもそう思う。まあ、逃げられたらヤバイのはわかるけど、まさに鉄壁の配備と計算が施されてるで良いと思う。


「本部の構造は少しぐらいわからんか」

「ほとんどわからないに等しいのですが」


 特別参拝者が見れるのはトンネル直結の玄関から本殿ぐらいまでで、月集殿本部の内部の情報はこれしかないのよね。おそらく一階部分は宗教施設が大部分ぐらいと考えるのが精いっぱい。


「一階でも玄関・本殿とそれ以外は、かなり厳重に分けられてるはずや」


 特別参拝者が迷い込まれたら拙いものね。後は熊倉レポートにあったクローゼットの様なもの。中にボックスがあってどこかに動くのはわかるんだよね。だけど隣の部屋ではないのはまず間違いない。隣もマゾ奴隷部屋だもの。


 そうなるとボックスは、そのまま二階に下ろされていた気配がある。シノブも自走台車システムみたいなものを想像してたけど、ダムウエーターに近いもので良さそうな気がする。


「構造は似てそうやけど、電導やのうて手動の気がするわ」


 ダムウエーターって小型のエレベーターみたいなものだけど、運んでいるものもメイド服一式と下着、とにかく薄くて軽いシーツと掛け布、後は枕カバーと雑巾しかないのよね。それにダムウエーターなら、マリが食事のたびに運び込んでいたワゴンもいらなくなりそうだもの。そんな仕組みは脱出口になりかねないけど、


「そんなものがあるのを知った時にはムチの嵐や」


 そう熊倉がそういう仕組みがあったのを知ったのは、女になって二日目の夜。最初の夜は服のままで寝かされてるもの。箱の存在を知った夜は半殺し状態で、以後は脱出よりムチの恐怖への対応しか考えられなくなってる。


「そんな仕組みにしとる理由は、よほど三階に人を入れたないんやな。それと本部自体も人が少なそうやな」


 シノブもそんな気がする。洗濯物なら取りに来れば良いだけだし、ワゴンだってマリが毎回運ばなくても良いものね。それと熊倉は警備員すら見ていないんだよ。いれば見せてるはずだから、あれはいないと思う。確実に住んでいるのは十人のマゾ奴隷とマリ、ゲシュティンアンナとドゥムジだけ。後は食堂があるからコックは必要だけど、


「後は全部女かもしれへん。炊事も、洗濯も、掃除も女で全部出来るからな。男のスタッフは倉庫兼積み替え施設におるはずやけど、本部は玄関ぐらいしか行かれへん気がするわ」


 シノブもそんな気がする。


「そうなると本部は」

「ゲシュティンアンナのマゾ奴隷だけ」


 その連中が一番信用置けるものね。自分が仕込んだマゾ奴隷が裏切るとは思わないけど、ここまで用心してるなら、


「ひょっとしてゲシュティンアンナも災厄の呪いの糸を使えるとか」

「可能性はあるで。元が女神やから」


 災厄の呪い糸は女神の得意技となってるらしい。もっともユダ情報だけどね。ナルメル事件の時に死んだニンフルサグも使えたらしい。ゲシュティンアンナも宿主は男だけど、女神は女神か。とにかくはっきりしない事が多すぎるけど、


「要塞ですよね」

「秘密の隠れ家とも言えるで」

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