謎のレポート

Yosyan

プロローグ

「ただいま」

「コトリ社長、おかえりなさい。お疲れさまでした」


 コトリ社長とは宿主名が月夜野うさぎ、エレギオン次座の女神にして、エレギオンHD社長。ツバル戦争に巻き込まれ、その後始末もやってたものだから久しぶりの帰還。私はシノブ、宿主名が夢前遥で、エレギオンの四座の女神。エレギオンHDでは専務、CIOやってるんだ。


「長いよコトリ、足掛け三年じゃない」

「ユッキーもごくろうさん。エエやんか。老い先短いんやから」


 ユッキーとは宿主名が如月かすみ。エレギオン首座の女神にして、エレギオンHD副社長。ややこしいけど前宿主の小山恵が前社長で氷の女帝と恐れられた世界のVIP。神戸のアパレル・メーカーだったクレイエールを世界一ともいわれるエレギオン・グループに成長させた大実業家。


 コトリ社長がツバル戦争に巻き込まれて長期不在になった時に急遽社長代行となり、ツバル戦勝利の立役者の一人になってる。ツバル戦にはエレギオンHDも莫大な費用を出したのだけど、それをあっさり回収してしまった凄腕。


「あれ。遊んだ分ぐらいは働かないと悪いしね」


 そうそう、コトリ社長は老い先短いと言ってるけど、まだ五十二歳。ただ次座の女神の宿主年齢は五千年前からなぜか五十歳前後になってる。これは前宿主の立花小鳥も、前々宿主の小島知江もそうだったのは、シノブも見てたし実際に知ってるもの。


「今はわからないじゃないの。死にそうなの?」

「そんな気配もあらへんけど」


 これは主女神の記憶の継承が復活した時に、寿命と結婚、さらには妊娠の呪いが解けたんじゃないかと考えられてるんだよね。もっとも、


「寿命は死んでみんとわからん。結婚と子どもだって、やってみんとわからん」


 ここで出てきてる「死」とは宿主である人間の寿命のこと。女神は宿主が死んでも、魂というか記憶は次の宿主に移っていくから実質的に不死の存在なんだ。シノブやミサキちゃんはここ百年ぐらいの記憶しかないけど、コトリ社長やユッキー副社長になると五千年の記憶と経験を持ってるんだよね。


「ユッキー、大学は」

「コトリが三年もツバルでバカンスしてたから、戻れなくなっちゃったじゃない」


 ツバル戦争が勃発した時にユッキー副社長は、港都大学院考古学部エレギオン学科の院生。コトリ社長がツバルから帰れなくなった緊急事態を受けて、急遽エレギオンHDの指揮を執るために復帰してくれている。あの時は、ミサキちゃんと二人でどうしようかと困っていたから本当に助かった。


 あの時は休学だったのだけど、コトリ社長の不在が長引き三年目に突入した時点であきらめて退学にしちゃってる。博士号が欲しかったみたいで、たまにボヤくぐらい。ちなみに大学時代は法学部で、在学中に司法予備試験、司法試験をクリアし、ついでに司法修習所も卒業して弁護士にもなってるよ。


 そうそうミサキちゃんの宿主名は霜鳥梢。エレギオンの三座の女神にして、エレギオンHD常務。CAOだけど永久女神懲罰官でもあり、女神たちのお目付け役でもある。ついでに女神の秘書もやらされてる感じかな。


「ユッキーがおるんやったら、社長やってや」

「ダメ、今度こそコトリがトップ。だいだいだよ、わたしはまだ二十六歳なんだよ。五十三歳のコトリを押しのけて社長になるのが不自然でしょ」


 これは遥か四千年前の約束で、主女神を眠らせた後に古代エレギオン王国の指導者を交代でやるってお話。この時は様々な切羽詰まった事情が重なり、ユッキー副社長が据え付けのトップとして延々と四千六百年も統治してるんだよね。



 そんなことはともかく、久しぶりにエレギオンの四女神が三十階仮眠室に集まったことになる。女神は様々な能力があるし、コトリ社長やユッキー副社長になると、まさに神の御業みたいな能力も使えるけど、普段は殆ど使わないのよね。これも神の能力の一つになっちゃうけど、人としての能力が桁違いに高いのだけ使ってる感じだよ。


「シオリちゃんは?」

「北欧に撮影旅行らしいよ」


 シオリさんは主女神。今の宿主名は麻吹つばさ、世界一のフォトグラファー。他の女神はエレギオンHDだけど、シオリさんはオフィス加納副社長。実質的にはオーナーみたいなものだけど、そこら辺を説明すると長くなるから今日は省略。


「とにかく、カンパ~イ」


 三十階仮眠室とはエレギオンHDが本社を置くクレイエール・ビル三十階にある屋内御殿みたいなもの。エラン宇宙船事件の時にミサキちゃんを誑かして作ってしまった代物。今では出入りする者も限られていて、外部からは現在のミステリーゾーンとまで呼ばれてるぐらい。


 まあ、入れるのはエレギオンの四女神と主女神であるシオリさん。後はシオリさんのお弟子さんとその家族ぐらい。エレギオンHDの社員でも入れないし、掃除とか洗濯の雑用係もいない。ゴミだって自分で出すし、買い物もそう。


 シノブやミサキちゃんも結婚前は住んでたけど、今はコトリ社長とユッキー副社長の家になってる。でも女神にとっては実家みたいなもので、ここに集まるのは楽しみだし、安らぐところでもあるんだよ。


 シノブもミサキちゃんも結婚して子どももいるけど、月に二回は女神の集まる日として、こうやって宴会やってるんだよ。これは純粋に宴会の時もあるけど、エレギオンHDのトップ・フォーが集まるから仕事の話も出るし、さらに女神の仕事の時には作戦本部になったりもする。


 女神の宴会は、とにかく食べるし、バカスカ飲む。お酒についてはコトリ社長とユッキー副社長は底なし、シノブとミサキちゃんが大うわばみぐらい。シオリさんになるとザルどころかワクって話もあるぐらい。


 シオリさんは職業柄、接待と称して酔い潰して襲おうなんて考える不心得者がいるそうだけど、酔い潰そうとしても逆に酔い潰される。少々お酒に自信があって、十分の一のペースで飲んでもペシャンコに潰されるぐらい。


 もっともシオリさんを実際に襲ったりしたら大変な目に遭うのは確実。そりゃ主女神だからエレギオンの女神で一番の力を持っているんだ。ただ本当に危険なのはそこではなく、主女神として目覚めてから力の使い方に慣れていない点なんだよ。


 エレギオンの女神の得意技の一つに一撃があるんだ。これはアングマール戦中にコトリ社長が編み出した技だけど、シオリさんが考え無しに使えば神戸空港がラクラク吹き飛ぶぐらいらしい。まあシノブが使っても、船室からブリッジまで突き破ったから、それぐらいの威力はあっても不思議無い。


 他にも火をつける技も女神は出来るらしいけど、もしシオリさんが使えばクレイエール・ビルが大炎上しかねないって。火を着ける技は難しいらしくて、次座の女神であるコトリ社長も最初はマッチぐらいの火を着けるつもりが火炎瓶状態になり、あやうく丸焼きになりかけたって言ってたぐらい。


 神の技は使えるのと、使いこなすのに距離があるのだけど、怒りに任せてシオリさんが使えば大惨事になっちゃうのよね。その辺はシオリさんが女神であることよりフォトグラファーであることにしか興味が無い人だから平和かな。


「ところでシノブちゃん、相談したいことがあるんだって」


 シノブが率いているのは戦略情報本部。様々な役割があるのだけど、大きな任務の中に情報収集がある。これは多岐にわたるもので、ライバル企業の情報もあるけど、個人情報も集めてる。


 個人情報と言っても基本的な経歴だとか、住所や家族構成もあるけど、食事の好みとか、個人的な趣味もある。趣味も表向きなものだけじゃなく、裏で密かにやってるのも集めてるよ。もちろん愛人情報とかもね。


 企業で重要なものに様々な企業間の交渉があるけど、相手の弱点情報を握ると交渉が有利になる。コトリ社長の異名の一つに恐怖の交渉家があるけど、その能力の源泉の一つ。コトリ社長の巧妙なところは、そうやって集めた情報をまずは使わない点かな。


「情報は相手に知られてるかもって疑心暗鬼させただけで有利になるんよ」


 あのエレギオンHDだから知られてるかもしれないって、常にプレッシャーをかけてるぐらいだよ。その辺のハッタリがいかに上手いかはシノブも散々経験させられた。とにかく女神というか神は息を吐くようにウソを吐くのだから始末に負えないと思ってるもの。


「ええ、ちょっと気になることが」

「仕事か?」

「仕事になりますが、本業ではなく女神の仕事です」


 シノブも結崎忍時代にエレギオンの女神にしてもらったけど、とにかく事件に巻き込まれやすいのだけは学習した。大小合わせると毎年じゃないかってぐらい。ツバル戦争もそうだもの。


 神の力を使うトラブル対応を女神の仕事って呼んでいる。これは人相手の時もあるけど、他の神相手の時もある。魔王やデイオルタスとの戦いもあったし、パリではミサキちゃんが冥界巡りをやらされてる。シオリさんだってフェレンツェで天の神アンと決闘やってるものね。


 現在の地球にどれほどの神が生き残っているのかは不明。殆ど残っていないと考えられてた時もあったようだけど、多くはないけど案外の数がいるんじゃかってと今は思われているぐらい。日本にだってエレギオンの女神以外にもいるぐらい。


 そういう神の情報を集めるのも戦略情報本部の重要な仕事。そりゃ、神との対決になれば、コトリ社長も、ユッキー社長もガチだものね。それぐらいリスクが高いのが神。それこそ出会ってしまえば、どちらかが神として死ぬぐらいの代物なんだ。


「神か」

「ええ、おそらく」


 本業でさえ遊んでいるようなものと言われるコトリ社長や、ユッキー副社長も神が絡む女神の仕事と聞くだけで緊張感が走るのがシノブにも伝わるぐらいなんだ。この奇妙な事件のレポートをむさぼるように読みだした。

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