第10話 聖獣様ソレは当たり屋っていうんですよ?


 白い毛並の動物、それも二匹。

 ティナ様がそういえば――――


「あ、そうそう。聖獣二体だけれど、貴女達が教会から出て、家族で昼食を取った後の屋敷への帰り道で聖獣二体と遭遇させる事になってるからそのつもりでね?」


 何て言ってたような…

 遭遇ってコレの事…?

 リティシアは、呆然とする。


 呆けた私の耳に、お父様の「白い動物が二体!? 何ということだ!」と悲鳴のような声が聴こえた。


 いつの間にかお父様は馬車の外へと出ていたようで、話し声が外から聴こえてくる。

 私はお母様に守るように抱きしめられていた。


「お母様、私も外へ行かせて欲しいの。」

「シア、ダメよ。お父様が今現状を確認しているから――――」

 宥めるように背を擦られながら、反対される。


(聖獣様だと思うんだけど、お父様達が騒いでいるのが気になる)


 御者さんの「旦那様…聖獣様では――――」と話す声。

 護衛の人達の声もする。

「――大変な事になりましたね…」と悲壮な声。

「早く屋敷へ連れて行き治癒士に見せましょう!」という声。


 何か大変な事なってきたようだ。


(どうしよう。倒れてるって言ってたから轢いてしまったのかな…)


 この世界の聖獣様とはそんなにか弱い生き物だったのか。

 折角、女神様に護衛として付けて貰ったのに、大変なことに――――


『もうよい。いい加減起きろ!』


 女神様が教会で私の頭の中に直接話しかけてきた時のように、直に声が訊こえた。

 変声期を終えたばかりの少年のような曖昧な低さの声だ。


『女神の提案通りにしてみれば、人間達に混乱を与えているだけではないか!』

 曖昧な低さの声の主は怒っているようだ。


『提案に乗ったのはお前だろぉー? 僕は「止めといたら?」と言ったじゃないかー。こんな血みたいな色の果物の汁なんてつけて悪趣味すぎぃー 』

 もうひとつ、少し高めの中音…というのだろうか、怒った声の主よりは高い声が、先程怒っている声の主をバカにするような話し方をしている。


「血みたいな…」


 最初に聴こえた声からシーンと静まり返っていた場に、お父様の呟きがハッキリと響いた。


(もしかして、お父様達にもこの声が聴こえている?)


 お母様に抱きしめられている為に外へと確認に行くことも出来ない。


『愛し子は馬車の中かなぁー?』

 中音の声がさっき聴こえた距離よりも近い気がした。


 お母様の私を抱きしめる力がギュウッと強まった。

「お母様、痛い……」



『リティシア見っけ!』


『待て待て! 挨拶もせずに女性が居る馬車の中を覗くなど!』


『…頭硬すぎ。ってかさー、お前もう天界戻れよ。僕だけでもちゃんと護れるし』


『何を言う! 最初に選ばれたのは我ぞ。お前はついでだ!』


『お前こそ何言ってんの? 最終的に選ばれたのは僕。お前が必死過ぎてリティシアの情けで選ばれたようなもんじゃん?』


『おい、お前、今一度、我から徹底的に痛めつけないとわからないようだな?』


 目の前で、ガウガウキシャキシャと喧嘩をしている聖獣様が二体。


『ほぉ……、お前、一度も僕に勝ててない気がするけど…ねぇ、忘れたの?』


『ぐっ……! 我はまだ未覚醒の個体だから力が足りぬのだ! 覚醒すればお前など!』


『はっ、覚醒は僕もしてませんけどぉー? お前、脳みそにも筋肉ついてんじゃないの? この遣り取り前もしたよね? ねぇ、バカなの?』


『なんだと!』


「はいっ! 止まって下さい、聖獣様たち!」


 今にもお互いが飛び掛かって大ゲンカが始まりそうだと判断して、その瞬間に私は割って入る形で大声で声をかけた。


 勿論、馬車の扉前で入口を塞ぐように立つ聖獣様を、唖然としたままに凝視しているお母様の腕の中に未だに居る状態。

 咄嗟に大声を出してしまったが、お母様の耳は大丈夫だろうか…。

 ――どちらにしろ、出した後であり、今更である。


 お母様の腕の中にいたから気付いてなかったのか、互いを牽制する事に忙しくて見えてなかったのかは分からないが、大喜びの二匹。


『あ、僕のリティシアだ! 会いたかったよぉー』

『リティシア……!』


 女神様の所で紹介された時より、ちょっとだけ大きな体になった子虎ちゃんと子狼ちゃんである。


「聖獣様たち、お怪我はありませんか? 血が出ていたようですが」


 会話は聴こえていたので、怪我すらしてないというのは分かっていた。

 色々仕込んで倒れていたのも。


『全然平気っ!』

『平気だ。心配かけさせたようですまぬ。』


 子虎ちゃんは元気いっぱい、子狼ちゃんはシュンとしてる。


 …うん、元気なの分かってますよ。念のための確認です。


「実は、聖獣様たちの会話で分かっていたのですが、念のためお聞きしました。

 走る馬車に当たったようなのは事実ですし、ちょっと心配でしたので。

 先程のような行為はですね、人間の世界では“当たり屋”と言われて犯罪行為ですからね? 馬車にわざわざ自分から当たりにいって、大怪我をしたように見せかけて相手を騙すのは犯罪ですよ。二度としちゃダメですからね!」


 こんな事されなければ、心の中だけでも「モフモフぅ、可愛いぃ」とデレデレしたかった。

 が、今は我慢。

 女神様の提案とはいえ、実行したのはこの二匹、飼い主としてここでしっかりと躾けておかねば。


 どうも、ティナ様にいいように遊ばれてる感が拭えない、ちょっとおまぬけな二匹である。


 と決意を新たにしながら、リティシアはキリッとした顔でコンコンと道理を説く。


『ええっ!?』 『なんと……っ!』


 唖然とした二匹の聖獣様。

 私はその二匹の聖獣様を前に、お母様の腕の中から顔だけ向けている状態。


 これからずっと一緒に居る為には、この世界の人間のルールも覚えて貰わねばならないかもしれない。

 聖獣様とはいえ悪い事をしたのだからと、厳めしい顔を作って説教をしたのだった。


 ペットの粗相は飼い主の責任になるんですからね!


 女神が見ていたら大爆笑しているであろう光景である。


『ねぇ、ペットって単語が聴こえた気がしない?』

『ああ……』


 聖獣達のリティシアに会えた喜びでフルフルと揺れていた尻尾が、ペタリと下がったとか。

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