第18話「二択」

「ちゃんと約束を守ってくれるのね」

「男に二言はないと申し上げたはずです」


 フィンは右腕を押さえながらゆっくりと起き上がる。

 ぶっ飛ばされたというのに、その表情はどこか嬉しそうだ。


「フィ、フィン? 大丈夫なの?」

「聞いていた以上の力だ。まさか私が手も足も出ないとは……ハハ、ハハハ!」


 どこか上の空な調子で、リアーナの声も届いていない。


「――地下牢にいる人物が誰なのか答える、という約束でしたが。いい物を見せていただいた礼です。サービスでもう少しだけ質問に答えましょう」

「なら聞くわ。ルビィを連れ去ったのはあなたたちね?」

「連れ去った、というのは少々人聞きが悪いですね。山中で保護しただけです」


 保護。

 上手い言い方だと、私は舌打ちした。


「ホワイトライト領では保護した人間を地下牢に閉じ込めるのが当然なの?」

「我々としても心苦しい選択でしたが、なにぶん彼女がいた場所が立入禁止区域だったので。何らかの他意があるという可能性を考慮し、地下牢に入っていただいておりました」

「……」


 煙に巻くような物言い。

 どう考えても方便だけれど、それをここで問答している時間はない。


「ルビィをどこへ運んだの」

「さあ」


 とぼけるように、フィン。

 戦いには負けたけれど、状況は依然として自分が有利だということをよく理解した嫌な笑みだった。

 遠くを見るように、彼は顔を上げた。


「捕らえた人間は規則に従い、業者に引き渡すことになっていまして。どこへ行くのかは存じ上げませんが――彼らはいつも峠を越え、大森林の方角へ向かっています」

「王国の外じゃない!?」


 大森林。

 オルグルント王国を出て、平原を越えた先にある森の呼び名だ。

 もちろん『極大結界』の加護は及ばない地域であり、その危険度はルトンジェラの非ではない。


「あなたの足なら、大急ぎで向かえば国を出る前に間に合うかもしれませんね?」


 ルビィを助けたいなら、自分もリアーナも放置して行け。

 フィンの言外の言葉を理解し、私は眉間に皺を寄せた。


 ここで彼らを捕らえておきたいけれど、その時間でルビィが手の届かない場所に行ってしまうかもしれない。


 ルビィか、フィン達か。


 私が取れる選択は、実質的に一つだけだった。


「あなたの顔と名前、覚えたわよ」

「おお怖い」


 私はフィンの顔をしっかりと脳裏に刻みつけてから、きびすを返して屋敷の塀を跳び越えた。


「――よ、よくやったわフィン! さあ、あいつが戻ってくる前に逃げるわよ!」


 リアーナのそんな声が聞こえたが、今は無視だ。

 後で覚えてなさい。



 ▼


 領を出てしばらく走っていると、夜空に巨大な影が見えた。

 走りながら吹いた口笛を聞きつけたワイバーンが来てくれたのだ。

 私はワイバーンの背中に飛び乗り、告げた。


「大森林に向かって直進して」


 ワイバーンは短く鳴いてから、ばさり、と翼をはためかせた。


 今日は月が出ていて明るい。

 輝く星々と暗い地上の対比はなかなかに美しかったけれど、そんな風景を楽しむ余裕は今の私になかった。


(ルビィルビィルビィルビィルビィルビィルビィルビィルビィルビィルビィ)


 馬車がいそうなところを、文字通り血眼になって探す。


「いたッッッ!」


 黒い馬車を発見する。

 深夜、こんな人里から離れた場所に馬車が走っているなんて通常ではありえない。

 私はすぐさまワイバーンの背中から飛び降りた。


 くるりと身を翻し、御者の隣に音もなく着地する。


「――は?」


 突然降って湧いてきた私に、御者は幽霊でも見たかのように間抜けな声を出した。

 その顎に狙いを定める。


「聖女パンチ」

「!?」


 悲鳴すら上げる暇もなく御者の身体が斜め下に吹き飛び、地面に突き刺さった。


「どうどう」


 手綱を引き、馬車をゆっくりと制止させてから馬の縄を解いた。

 これでもう馬車は動かせない。


「おい、なんで止まるんだ。夜までに平原を超えねえと怪しまれ――」


 馬車が止まったことを仲間が不審がり、幌から男が顔を出す。

 私は握った拳をその顔面に叩きつけた。


「聖女パンチ」

「えぐぁ!?」


 バネ仕掛けのオモチャのように、男の身体が跳ねて飛んでいく。


「な、ななななななんだお前!?」

「通りすがりの者よ」


 幌を開けて中を確かめると、もう一人男がいた。

 そして、彼の後ろには小さな檻に入った女の子が眠っている。


「……ルビィ」


 やっと。

 やっと、見つけた。


「お、俺に手を出すんじゃねえぞ!?」

「……」


 檻の前にいた男が、何かをちゃらちゃらと掲げる。


「この檻は特別な鋼でできてる。カギが無けりゃ開けられねえぞ! 俺に指一本でも触れてみろ! こいつを飲み込んで出られなくしてやるからな!」

「そんなものいらないわ」


 私は手を伸ばし、檻の格子を両手で握った。


「ふんっ」


 格子が粘土のようにぐにゃりと曲がり、人一人が通れる道を空けた。


「え……あ……特別な、合、金……」


 目を白黒させる男を尻目に、私はルビィを抱えて荷車を降りた。


「よかった……眠っているだけね」


 念のため聖女ヒールをかけたが、必要なさそうだ。


「聖女キック」

「はぎゃああああ!?」


 背後でこっそりと逃げようとした男を、荷車ごと蹴り飛ばす。


「ルビィ……本当に、本当に良かった……」


 ルビィを抱きしめると、胸の中でもぞもぞと動いた。


「ん……」

「ルビィ。気が付いたのね」

「お姉様……? ここは……」

「悪い奴に捕まっていたのよ。けれどもう安心――」

「っ、そうだ、悪いやつ!」


 ルビィは急に目を見開き、私にすがりついた。


「お願いですお姉様。ユーフェアちゃんを助けてください!」

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