第8話「ホワイトライト領」

 偽装された雪を取り除くと、隠された足跡は三人分あった。

 それぞれ大、中、小と別れていて、どういう人物がつけた足跡なのかが透けて見える。


 一番小さな足跡。これはユーフェアのものだろう。

 大サイズはおそらく男のもの。かなり大柄であると予想できる。

 中サイズは少年、あるいは女性。

 ルビィの足跡かと思ったけれど、その可能性をすぐに否定する。


 大きさは似ているけれど、雪の沈み込み方が深い。


「ルビィの体重は四十四キロだから……この足跡の人物はあの子よりも重いわね」


 三人の足跡の中にルビィのものはない。

 来ていない、という説は手袋があることで否定されている。

 となると考えられるのは……。


「ユーフェア以外の二人のうち、どちらかがルビィを担いでいる」


 私は一番大きな足跡をもう一度調べた。

 足跡が深いのは当の人物が大柄だからと考えていたけれど、人を一人抱えているから、と考えられなくもない。

 抱えられている人物がルビィである場合、あの子の足跡はつかなくなる。


 ルビィを抱え、足跡を隠す。

 どう考えても誘拐犯の所業だけれど、そうなると疑問がひとつ残る。

 どうしてユーフェアは誘拐犯について行っているのか。


 足跡を氷魔法で消す手間を省くというのなら、ルビィもユーフェアも担がれるはずだ。

 そうしなかった理由を、いま手元にあるもので推測することはできない。


「何はともあれ一大事だわ。すぐに追いかけ――っと」


 不意に懐の念話紙が魔力を捕らえた。

 その主は――ユーフェアだ。


「ユーフェア! いまどこにいるの? ルビィは?」

『……』


 ユーフェアはしばらく無言だった。

 けれど意を決したように息を呑む音が聞こえた後、


『ホワイトライト領主の家。ルビィはそこにいるよ』


 ユーフェアの声はいつも通りだった。

 いつも通りの平坦な声で、何を考えているのかは全く読めない。


「ホワイトライト領? どうしてそんなところに。ルビィもあなたも――」


 無事なの、と言おうとしたところで、唐突に通信が切れる。


「あ、ちょっと、ユーフェア!?」


 こちらから連絡を取ろうと試みるも、相手からの反応はない。

 何がどうなっているのやら。


「考えても仕方ないわ。理由は会ってから聞きましょう」


 私はワイバーンにまたがり、急いで山を降りた。



 ▼


 ホワイトライトは山を降りてすぐの場所にある領だ。

 シルバークロイツと同じ辺境領ではあるけれど、あの場所のように賑わってはいない。

 私たちが住まう国、オルグルント王国は南と東に開けた平原がある。

 入国するならそちらから通った方が遙かに利便性はいい。

 遠回りになる上、道も険しい北や西から入ろうとする酔狂な輩はいないため、外部からの人の流入がほとんどない。


 ある意味、字面通りの『辺境』領で、上空から見てもどこか寂れた印象を受ける。

 そんな場所で何をしているのだろうか。

 謎ばかりが増えていく。


「あの山に戻っててね」


 私はワイバーンの頭をひと撫でして、背中から飛び降りる。

 今は街中を歩く時間すらも惜しい。


「よっと」


 ホワイトライト領主の館の門扉近くに着地し、少しだけ服装を正す。



「突然の訪問すみません。私は聖女クリスタですが、領主様はいらっしゃいますでしょうか」

「せ、聖女様……!? 少々お待ちください!」


 門番に声をかけると、彼は慌てて屋敷の中に入っていった。

 いつぞやのセオドーラ領にいた横柄な門番との扱いの違いに少し感動した。


「大変お待たせいたしました。こちらへどうぞ」


 十分ほどしたのち、屋敷内の応接室に通される。

 そこで待っていたのは、私と同じ年齢くらいの女性だった。

 背は私よりも幾分か低い。ちょうどルビィと同じくらいだろうか。

 色素の薄い水色の髪と肌はどこか儚い印象を受けるけれど、目の奥には芯のある光を湛えている。

 彼女はたおやかな笑みを浮かべながら、スカートの両端をちょこんと持ち上げた。


「初めまして聖女クリスタ様。病に伏せております当主の代わりに娘であるわたくしリアーナ・ホワイトライトがお話を伺います」

「人を探しています」


 単刀直入にそう告げる。


「ルビィという名前で、このくらいのふわふわした髪をしていて妖精の生まれ変わりのように愛らしい笑顔で周囲の人々を癒す、聖女に引けを取らないほどの能力を持っている女神の生まれ変わりのような美少女なのですが、ご存知ありませんか」


 ありのままのルビィの姿を告げる私に、リアーナは何故かやや首を傾げながら、


「――申し訳ありません。そういった方がいるというお話はこちらには届いておりません」


 リアーナは領主の娘、と言っていた。

 届いている情報を知らない可能性は大いにある。

 私は引き下がらず、重ねてお願いした。


「調べていただけますか? この家にいることは確実なんです」

「……どうしてそのように思われるのですか?」

「仲間の、聖女ユーフェアから連絡がありまして。ルビィはここにいる、と」


 ユーフェア。

 その名前が出た瞬間、リアーナの表情が僅かに曇った。


「どうかしましたか?」

「――何でもありませんわ。少し、失礼いたしますわね」


 すすすっ、と扉から出て行くリアーナ。


「? 何か変ね」


 なんとなく奇妙な感覚を覚えた私は、リアーナが消えた方向の壁に耳を当てた。





「――どーいうことだよあのクソガキ! 誰にも連絡すんなっつったのに!」


 壁を通して聞こえてきたのは、同一人物とは思えないほど低いリアーナの怒声だった。

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