第29話 ちょっと昔話①

「モモちゃーん。あまり遠くに行っちゃダメですよぉ」


「分かった」


 日曜日の昼前、モモは外で柔らかいボールを蹴って遊んでおり、徐々に遠くに行く彼女を見てレイラがそんな風に注意する。


 アパートの前には段差があり、俺はそこに腰をかけてモモの様子をみていた。

 そして俺の前でレイラは、箒で吐き掃除をしている。


「なんでレイラが管理人してるんだよ」


「だってお仕事しないといけないでしょ? それがこの世界のルールらしいですしぃ」


「仕事ねぇ……」


 ちなみにラークは仕事はしていないらしい。

 競馬なるものに興味を持ったらしく、今日は馬券売り場に出向いている。


 真面目なレイラに不真面目なラーク。

 二人の性格が良く出ているよ。


「おお、蒼馬。何をしておるのじゃ?」


「マナ。別に何もしてないぞ。モモが遊んでるのを見ているだけだ。中ではコレットが掃除してるしな」


「ほう」


 二階から下りて来たマナは、運動をするためかジャージ姿。

 彼女は腕を組み、モモの様子を眺めている。


「運動でもするのか?」


「うむ。余は魔王じゃからな。鍛錬を積んで勇者に負けんようにしておかんと」


「ははは。魔王も努力するんだな」


「努力は当然。余について来てくれる者たちのためにも、余はもっともっと強くならねばならん。魔族に勝利をもらたす為にもな」


「そっか。俺、努力してる奴は好きだぜ。頑張れよ」


「ほえっ!? そそそ、そうか。まぁちょっとばかり頑張ってくるわ!」


 マナは顔を赤くして走り出す。

 だがその走るは様になっておらず、すぐにこけそうになっていた。


「あの子、走るのは苦手みたいですねぇ」


「皆みたいに走れないって言ってたしな……でも頑張ってればなんとかなるだろ」


「ねえねえ管理人さん! 蒼馬の話聞かせてよ!」


 マナと入れ替わるかのように、今度はエレノアが部屋から飛び出して来る。

 そして俺の隣に座り、ワクワクした顔でレイラの方を見ていた。


「蒼馬の話ですかぁ? うーん……どこから話せばいいんでしょうかぁ」


「そうだね……蒼馬って何か通り名とかなかったの? カッコいい、こう剣神とかさ!」


「蒼馬に通り名ですかぁ? 色々ありましたよぉ」


 掃き掃除をしながら、ゆったりとした声で答えるレイラ。


「死神を討伐せし者、最強の暗殺者、黒の後継者……他には何かありましたっけ?」


「龍の王」


 そう答えたのはモモ。

 ボールをこちらに蹴りながら答えていた。


「ああ、そうでしたねぇ」


「ふーん。本当に色々あるんだ。やっぱり大変だった?」


「大変だったな。何回も死にそうになったし」


 俺は笑えないことを笑いながら言う。


「レイラたちに殺されそうになったこともあったからな」


「え……?」


 エレノアはまさかといった表情でレイラの方を見る。

 レイラは少しバツが悪そうな表情で掃除を続けていた。


「あれは……仕方なかったんですよぉ」


「分かってる分かってる。別に怒ってないだろ。俺だって必死で、色んな人を傷つけたしな」


「な、なんでそんな戦いなんてすることになったのさ?」


「モモの所為」


「え? モモの所為?」


 モモがボールを俺の方に蹴ってきたので、俺は立ち上がりボールを蹴り返す。


「うん。蒼馬、モモのために人間敵に回して戦ってくれた」


「人間を敵に回したって……モモちゃん、何やったの?」


「ははは。モモは何もやってないんだけどな。でも、結果としてモモを助けるためにこいつらともやりあったんだよ」


 モモはボールを手で拾い、エレノアに向かってハッキリとした口調で言う。


「命を救ってくれた蒼馬のためになんでもするって決めた。だからモモはずっと蒼馬と一緒」


「へ、へー……ちょっと気になるんだけどその辺りの話聞かせてよ」


「面倒くさい」


「教えてくれないのっ!?」


「教えない。蒼馬に聞いて」


「ちょっと蒼馬! モモが冷たいんだけど!」


「ははは。あんなもんだろ」


 モモの冷たい態度にエレノアがちょっぴり悲しそうな顔をしていた。

 モモと仲良くしたいようだが、彼女と打ち解けるのは大変だぞ。


「あ、蒼馬ー。マナ様知らない?」


「マナなら走りに行ったぞ」


「ああ、なるほど」


 二階からメグが顔を出して俺にそう聞いてきた。

 そしてカンカンと音を立てながら下に下りてくるが……エレノアの顔を見て苦笑いしだす。


「ああ……勇者もいるんだ」


「なんだよ。ボクがいたら悪いの?」


「悪いねー。うん。悪すぎ」


 カチンときたのか、エレノアはメグを睨む。

 メグはニヤニヤしながらも臨戦態勢を取っている。


「喧嘩はやめとけって。あんまり仲悪いと、管理人に怒られるぞ」


「管理人って……このホワホワした人でしょ? 流石にこの人には負けないね!」


 メグはレイラの穏やかな顔を見て、そんなことを言い切っている。


「ホワホワしてるけど、お前たち全員まとめて軽く倒せるぐらいは強いぞ、レイラは」


「……嘘だよね?」


「嘘じゃねえよ。レイラが本気出したら怖い目に遭うことになるぞ」


「怖いというか、地獄」


「だな」


 メグとエレノアが優しい顔で微笑むレイラを、唖然とした顔で見ている。

 見た目は強くなさそうだからな、こいつは。

 でもあの世界で最強の九人に選ばれているようなやつだ。

 実力は半端じゃないぞ。

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