第27話 ハンバーガーショップとトイレ

「あっちにハンバーガーショップがあったよな」


「ハンバーガーショップ……まさか、あそこのことじゃないじゃろうな?」


 しゃぶしゃぶを食べたショッピングモールから出て裏道に入ると、そこそこ大きなモールがまた姿を現す。

 その地下に飲食店が立ち並んでおり、その中にハンバーガーショップがある。


「蒼馬、ここは?」


「ここはハンバーガーショップだ。でもソフトクリームも売ってるんだぜ」


「なるほど。だったら両方食べる」


「ま、まだ食べるんだ……こんなによく食べる人初めて見たよ」


 モモの無尽蔵の食欲。

 それに驚きを隠せない様子のエレノア。

 本当によく食べるからな、モモは。


「やっぱりコレットに食事の量を増やしておいてもらった方がいいな。でもモモ、これまであんなに食べることなかったのに、なんであれだけ食べるようになったんだ?」


「量がなかったから」


 なるほど。

 目の前に食べる物があるから食べたということか。

 となればあるだけ食べてしまうということになるから……逆に出したらダメかもしれないな。

 

 しかしモモは、コレットに食事を用意させるという話を聞いて少し嬉しそうな顔をしていた。

 これは失敗したかな。

 なんて考えながらも、地下へと続く階段を下りていく。


「いらっしゃい! ご一緒にポテトはどうだろうか!?」


「なんだよ。ムトーのやつここでバイトしてるのか?」


「お、おお……その、生活費を稼ぐためにの」


 店内に入ると、ムトーが制服姿で客に向かって大声で接客をしていた。

 敬語はどうも使えないようで……なんだか偉そうに見えてしまう。

 別にいいけど、クビにならないように気をつけろよ。


「いらっしゃ……ああ、これはマナ様! いかがなされました!?」


「小娘がソフトクリームを食べたいと言っておるのじゃ。なのでソフトクリームを用意してやってくれんか?」


「かしこまり!」


「貧乳魔王」


「どうしたのじゃ? 後、貧乳はやめい」


 モモがマナの服を引っ張り、彼女に伝える。


「ハンバーガーも欲しい」


「……ついでにハンバーガーも用意してやってくれ」


「かしこまり!」


 ムトーは料金をいらないと言ってくれたが……バイトも始めたばかりだし、そんなせこいことをさせて彼の評判を下げるような真似はしたくない。

 好意は嬉しいんだけど、やっぱりちゃんとしておかないとな。


「の、のう……ちょっと席を外してもよいか?」


「ああ。もちろんいいぜ」


「そうか。ならちょっと」


 マナはコソコソと店の外へと向かって歩き出す。

 するとエレノアがマナのその姿を見て、彼女を指差しながら言う。


「あ、トイレだ!」


「う、うるさい! さっきソフトクリームを食べ過ぎたのじゃ!」


 顔を赤くして走って行くマナ。

 エレノアは勝ち誇った顔で彼女の背中を見送っていた。


「ねえ蒼馬。このまま三人でどこかに行こうよ」


「え? マナはどうするんだ?」


「魔王は放って行ったらいいと思う。逆だってそうするだろうしね」


「ダメだ。そういう陰湿なことはしたくない」


「ちぇっ。折角蒼馬を一人占めに……って、モモちゃんがいるからそれは無理か」


「無理。永遠に無理」


 モモはムトーからハンバーガーを受け取り、口に含みながらエレノアにそう言った。


「でもこれからはずーっとボクも一緒だからね」


「おいおい。結婚すること前提で話すのはやめてくれ」


「えー。でも責任は取ってもらわないと」


「勇者! 芹沢はマナ様のものとなるのだ!」


 ムトーがソフトクリームを俺に手渡してエレノアに怒鳴り付ける。


「ふん。魔族に蒼馬を渡すわけにはいかないね。蒼馬はボクたち人間の味方だからね!」


「俺はどっちの敵になるつもりはないぞ。だから絶対一緒には帰らない」


「そんなー」


「蒼馬、ソフトクリーム食べる」


「ほら」


 モモはハンバーガーを食べ終えたので、包みと交換でソフトクリームを手渡す。


「蒼馬」


「ん?」


「魔力の高い奴いる」


「え? どこに……って、あれか」


 店の外に視線を向けると……この間の新庄の仲間らしき奴がこちらを見据えている。

 だが相手は騒ぎになるのを警戒しているのか、こちらに襲ってくる様子はなかった。

 

「……ムトー。ありがとな」


「おう! また来いよ!」


 俺はモモを抱いたまま店の外へと移動する。

 俺も目立つのは控えたい。

 どこか人気のない所で相手してやる。

 だけど……


「なんでこう何度も襲ってくるかな」


「敵はどんな奴なんだろうね?」


「さあ……そもそも俺を狙っている理由が分からない」


 捕まえて聞き出そうが、どうせまた操られているだろうから意味はない。

 なら、相手の動きをうかがうしかないよな。


 俺は人目を避けるように、建物の奥へと入って行く。

 するとこちらの思った通り、操られている奴は俺を追いかけるようについて来ている。


「どうするの?」


「目立たないところで気絶させる。それしか方法は――っ!?」


 建物の一番奥。

 そこには全く人気が無い場所。

 そこに到着した瞬間、壁を破壊してもう一人の敵が現れる。


「凄い力だね……」


 エレノアが驚くほどの力。

 だが相手は拳で壁を破壊したらしく、その腕は粉砕骨折をしているのだろう、グチャグチャになっていた。


「無茶ばかりさせやがって……」


 俺は操っている奴に対して憤りを覚える。

 そして壁を破壊した男と、後方から接近する男の胸に拳を入れ、さっさと気絶させた。

 勝負にもならないのに、そんなこともまだ分からないのか。


「直接やる勇気はないのかよ……」


 俺は気絶する男二人を見下ろしながら拳を強く握り締める。


「……な、何が起こっておるのじゃ……」


「ああ。敵が俺を襲って――」


 マナの声が聞こえたので、俺は声の方に返事をした。


 だがしかし、驚いたことに――

 彼女はなんと、トイレの真っ最中であったのだ。


 どうやらさっき襲ってきた奴は……トイレの向こう側から侵入し、そのままトイレの壁をぶち抜いてきたらしい。

 

 なのでトイレの最中のマナが丸見えで……彼女は何が起こったのかまだ理解できておらず、便器に座ったままポカンとしていた。


「敵が襲って来たのさ……」


 俺は少しだけ顔を赤くして視線が合っていたマナから目を逸らす。

 だが俺の腕の中のモモが、ソフトクリームを嘗めながらマナを見ていたので――


 そこでようやく、マナが置かれた状況に気づく。


「お……お願いじゃ蒼馬……あっちに行っててくれ」


「わ、分かったよ」


 マナはもう今にも泣き出しそうな……そんな情けない顔で、消え入りそうな声でそう言った。


 エレノアはマナの姿に笑っているが……トイレの最中の姿を見られるのは可哀想の一言しかない。


 もしかしてこれが敵の目的だったのか? 

 なんてありもしない可能性を俺は考えたりしていた。

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