第16話「俺の橘さん」



 文化祭の当日の朝。


 昨日の帰りに話し合った「何をするか?」で頭がいっぱいになって寝つきが悪かったのにも関わらず、案外目覚めは良かった。


 母親には最近よく遅く帰ってくるのを見抜かれて「今日こそ唇奪ってこい!」と背中を押されたが正直、そこまでの自信はない。


 というか、付き合ったとはいえ、俺が橘さんとキスをするイメージが湧かないだけなんだけど、それでもできるわけないという気持ちは一切変わらなかった。


「橘さんの唇かぁ……」


 朝食のウインナーがふと、一瞬だけ桃色の唇に見えてしまった俺は末期だろうか。否、とうに終わっているな。


 まぁ、そんな御託は良しとして桃色で艶があり、照り輝く柔らかい唇を奪う瞬間はきっと気持ちのいいものになるのだろう。口づけ、接吻、つまりは印付けの様なものだからだ。


 あくまでも俺の個人の見解だが、自らの所有物と言う烙印を押すような、そんなロマンチックなものをキスと言うとこの前に読んだ小説で書いてあった。それが今でも焼き付いて、したいという欲と橘さんを所有物化して良いのかという変な比較で何とも言えない気持ちになってしまう。


 あぁ、と。息を吐き、俺は悟る。


「————これはもう、とっくに死んでるのかもな」


 朝食を平らげ、台所に皿を置き、とにかくうるさい母親をさらっとかわしてリビングを出た。(さらだけにな、キラン☆)


 洗面台の鏡でいつもより念入りに歯を磨きながら、自らの顔をまじまじと見つめる。


「中の下……か」


 別に好きでもない小さじ少々不細工な顔を眺めるのが最近、一種のルーチンになりかけているが抱く感想はあまり変わらなかった。


 パッとしない短い髪に、可もなく不可もない顔立ち。

 目は純粋な黒で、唇も鼻も普通。


 悪いとは言い難いが決して良いわけでもない。簡単に言うならば。


「いい人止まり」


 女子がよく言う「優しいんだよねぇ」程度の顔だろう。まぁ、実際に割とイケていたはずの中学時代にも何人かの女子に——


「木田くんって結構頭も良くて、生徒会にも入っていてすごくできる人って感じだよね~~」

「あ、わかる! 友達と言うか……親友としてほしい立ち位置? ほら、色々と頼りにできそうだし!」

「私は嫌いじゃないけど……あれだよね、刺激が足りなそうだよねぇ。エスコートしてくれて寄り添ってくれるけど優しいだけって言うかさっ」


 ——と言われたくらいだ。書記として部活の後輩からは「よし先輩‼‼」だなんて慕われ憧れられていたはずなのに、同年代の恋愛対象の女子からは冷たい視線ときた。


 悲しきかな……と昔の詩人たちも卒倒するレベルだ。


「……はぁ」


 思わず、溜息が口から溢れ出た。


「でも……さすがに、橘さんと一緒に歩くのに何にもしないのはダメだよなぁ」


 と渋々ではあったがネットで調べた「JKの大好きな男子の髪型10選!!」というサイトの3番目に書いてあったちょびはねダウナー系を実践することにした。





「行ってきますっ」


「兄貴ぃ~~、何その髪型?」


 玄関を開けると、同時に小学6年生の妹、木田春子きだはるこが半笑いでそう言った。


「いいんだよ……気にしなくて」


「ふぅん……あっ! もしかして、女!?」


「うっせ、だまってゲームでもしてろっ」


 気付いたのか、にまっと笑みを浮かべた春子を母親の時と同じように追い払い、とりあえず待ち合わせの場所まで向かった。


 いやはや、それにしてもだが……今どきの小学生は恋愛に関してどこまですすんでいるのやら、オシャレと言う単語が露骨に分かるくらいには凄い恰好をする春子を見る度俺は驚かされるのだ。






 待ち合わせ場所の公園まで走っていくと、集合10分前にも関わらず橘さんは読書をしながら俺が来るのを待っていた。本から一瞬目を離し、辺りを見回すと走って近づく俺に気づいたのか手を振って、さながら可愛い女の子のように飛び跳ねていた。


「っごめん、待ったか?」


 慌てて謝る俺を見つめると、手を握り彼女はこう言う。


「ううんっ、大丈夫!」


「そ、そうか……ならよかった」


「うん。私こそ、生徒会の設営準備のために早く来てもらって悪いよっ。木田くんは……ってあぁ……そうだ、名前だったね」


「え。あぁ」


「よ、義弘くんこそ……大丈夫?」


 よそよそしい名前呼びだったがそれもギャップがあって散々ばら家族からいじられてげんなりした気持ちが一瞬にして晴れていく。


「うん、全然っ。それに、たちば……り、六花のほうが……仕事忙しいだろうし、手伝うって言ったのは俺の方だしなっ」


「り、六花……」


「ん?」


「へ? あ、なんでもないっ! そ、そっかぁ……嬉しいね、私もいい彼氏を持った!」


「あ、あぁ?」


 少々テンションがおかしかったが、文化祭当時と言うことも鑑みれば当たり前かもしれない。今日くらいは何も言わないでおこう。


 とにかく、二人とも文化祭を楽しめそうなくらい元気なんだし、とりあえずは良いとしておこう。


「よし、いこっか!」

「そうだな」


 そう言ってさりげなく手を繋ぎながら学校へ向かった。




<あとがき>

 こんばんは、ふぁなおです。

 12月1日、クリスマスもそうですが始まりましたね、カクヨムコン7!! 名だたる数々のラノベ作品を輩出してきたコンテストに僕も参加するつもりです! 一応、この作品でも行けるところまで応募してみようかなと思っています。また、12月3日には新作ラブコメ「【命題】もしも、ある日世界が滅亡して、ツンデレヒロインと二人きりになったらデレるようになりますか?」と12月4日には短編「明日の君だけいればいい」を投稿する予定です。2カ月間と長い戦いにはなりますが僕の力になっていただけると嬉しいので、作品のフォロー、そして評価などもよろしくお願いします!!


 

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