第10話「いや、お前もかい!!」

 


 あれから、さらに1週間。


 気温も徐々に上がっていき、ここ北海道の札幌市も30℃を超えるようになってきた夏のある日。


 橘さんは2週間後に控えた文化祭で生徒会の活動が徐々に忙しくなってきたらしく、最近は学校外で会える時間も無くなり、俺も俺で部活動存続のための文芸大会への出場や文化祭での出し物などを探っていた。


 そんな忙しい放課後の時間での出来事だった。







 今日も今日とて汗を拭って文芸部の部活に向かった俺に懐かしい音が聞こえた。


 忘れもしない1カ月ほど前の夕暮れ時に聞いたアレに似ている、ちょっと不安になる声だった。


 思い出すと懐かしいが、まだまだ一か月前でしかないのが少々感慨深いまである。そう考えるとあれはあれでいい経験だったかもしれない。


 おかげで橘さんと付き合えたのだから悪いことでもない。


「……って、なんかそう考えると俺も結構、罪だよなぁ」


 そう呟きながらあの日の事を頭に浮かべ、廊下を歩いている俺の耳により鮮明に聴こえてくる。


 部活後に忘れ物を取りに2年6組の教室に戻ると妖艶で甘い声に導かれて、今では彼女の橘六花、私立豊平栄高校の生徒会長が俺の机で俺の名前を熱烈に呼びながら自慰……という名の一人エッチしていたところに鉢合わせるという。


 類い稀なる強運をもたらした時と同じような雰囲気が部室棟4階を包んでいた。


 時間的にはまだ学校にも人が残っている時間だが、文化系部活しかない階のため人影が少ない。それが功を為したのか、声がはっきりと聞こえてくる。


 静かな学校の隅であまりにも怪しい声。


「……んぁ……ぇ」


 あの時よりも声は小さいが俺の耳にはしっかりと届いていた。弱弱しく、気持ちよさそうな芯のある声。


 ふわふわな感覚をしてもいない俺が感じるくらいには緊迫感と爽快感が凄くて耳を傾けざる負えなかった。


 それに言うまでもないが————今度もエッチ過ぎる。


 一体誰だろうか。

 

 いやしかし、この高校には変態しかいないのだろうか。特に女子だが。男子はみんなどこでも変態だからいいとして、女の子はここまで変態なものだっただろうか——と、おかげで思考がまとまらない。

 


 とりあえず、ここで鉢会うのは避けたい。



 もう、というかまた学校でそんなことしちゃう人と出会うのは色々と枷を持たされるみたいで怖い。


 変態男子にはい意見してるくせによ。とか言われそうなのは目に見えているし、分かっている。きっと、俺もその現場に居なければ君らと一緒でそう思っていただろうから。


 ただ、現実はちょっと違う。


 まず、誰に言うつもりは俺にはなくとも、そのことを知っていると言うだけで気分、メンタル面で結構くるのだ。


 弱みを握っている様で悪用するつもりはなくても責任が生じて、気が気ではない。今では彼女になってくれた橘さんのあれだって本当は怖いのだ。


 まぁ、見たこと自体を後悔はしてないけど。だって、エッチだったし。健全な思春期男子だったらあんなの目が離せないのは本当だし、さっきも言ったが気持ちはわかる。


 ただ————


 ――って、変なこと考えている場合ではないんだよ、何言ってんだ俺は。


 とりあえず、無尽蔵にどこかから聞こえてくる喘ぎ声に注意しながら、腰を低く、まるで戦地に赴く兵士の様な格好で壁にすり寄って歩いていく。


「ん……あぁっ……んぁ……」


 しかし、喘ぎ声は止まらない。


 というか、歩けば歩くほどに近くなっている気がしなくもない。


 ただ、ここで止まるのも止まるので―—まるでそういうことをしている女子を覗き見ようとしている変態男のようで見られたらいろいろと終わる。


 ここは、突き抜けるしかない。

 走って、部室の中へ飛び込む。


 それだけしか、無理だ。最適解はそれだけだ。


 そう思った俺は一度、周りを見回す。とりあえず、4階の部室棟の廊下には誰もいない。

 

 そして、息を吐く。


「ふぅ…………っ‼‼」


 吐き出し、吸って刹那。


 俺は中学校の頃に鍛えた脚力を全力で使い、地面を低く、前に向けて蹴りだした。


 近づく部室、一瞬で過ぎ去る廊下の窓や床。喘ぎ声のドップラー効果が俺の耳に届き、誰もがしたことない経験をたった1秒ほどの時間に詰め込んで。


「————部長!!」


 目をつぶって、部室のドアをぶち壊す勢いで開け放つ。


 同時に口も動いて、ついつい名前を呼んでしまったことに気づいた俺は馬鹿にされる前に釈明しようと再び瞼を開く。




 すると……世界が止まった。




 世界が、いや——正確には二人の世界が止まった。


 俺と部長。


 木田義弘と牧城舞花の二人の空間の二人の時間が走馬灯かのように時間の流れがゆっくりなっていき、俺はただ、唖然と立つことしか出来なかった。





 そう、なぜなら。





 私立豊平栄高校の3年生で、由緒正しき古き伝統がある文芸部の部長。テストの成績は上から数えた方が早い、実は頭のいいだらしない、俺の先輩。


 牧城舞花は口をぽかんと開けながらみっともない体勢で俺の目を見つめていた。


「え」


「へ」


 母音が重なって、状況が理解できない。

 

 なぜ、なぜ、なぜ?


 どうして、部長が部室でスカートをたくし上げて、俺がいつも座っている机の角で自分の股を擦っているんだ。


 これは夢か?

 部長だったのか?


 いや、もしかしたら橘さんと出会ってからすべて夢だったのか?


 混乱が動乱し、混沌が動揺を招く。


 明日は我が身——そんな言葉が似あいそうな、あまりにもな修羅場が再び俺の目の前に現れたのだった。





 どうやら、俺の周りには学校で自慰に励むエッチな女子高生……いや、とんだド変態しかいないらしい。


 まぁ、それもそれで悪くないか。

 

 


 



PS:なんやかんだ昨日、ピンク色のローターは無事に返すことが出来ました。結局叩かれましたが、それはそれでよかったです。

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