写真⑯
拓人のことが気になっているのにはもうひとつ理由がある。 先月伝えた家庭訪問に対して拓人は多分大丈夫と答えていたが、日程の返事を促した際に父親を通さず訪問を断ってきたのだ。
家や携帯に電話をしても応答せず、疑問は膨らんでいく。最後に父親と話したのは拓人が腹痛を起こして家に送り届けた時だ。 あの時も連絡がつかず翌日の昼間になって学校へ電話がかかってきた。謝り続ける父親から誠意を感じられたがその声は喉の渇きを我慢しているかのような疲れ切ったものだった。
「林先生!」
岡本が手を振っている、その後ろに拓人が立っているのが見えた。岡本は、ほらと言わんばかりの顔で林に目で合図している。背を押されて拓人は林のところへ歩いた。
「どうしたの?」
拓人はポケットに右手を入れた。取り出したのは紙切れだった。
「これ、何の住所か調べて欲しいんです」
渡された紙切れは一度丸められたのか、よれている。
普段生徒の前で携帯電話を触ることはしない。しかし、あれだけ頑なに口を閉ざしていた拓人が自分を頼ってくる事が珍しく、林は私用の携帯電話を取り出してメモの住所を検索した。
表示された画面を見て思わず眉間に皺を寄せた。拓人はその様子を見て画面を覗き込んだ。
「これってお墓ですか?」
「そうね。このメモは誰が書いたの?」
「…お父さん」
拓人が父親のことを口にした、林は触れてみることにした。
「原君、お父さんはお仕事大変だと思うけど家のことちゃんとやってくれてるのかな?例えば、ご飯は作ってくれてる?」
「先生それ前も聞いてたよね」
「ええ、そうね」
「お父さんは元気です、僕を大事にしてくれています」
拓人は林を真っ直ぐに見る。
「そっか、ごめんね。心配になっちゃって。家庭訪問は無理って聞いたけど何か相談があればお電話くださいって言っておいてもらえるかな」
「わかりました」
背を向けて出て行こうとする拓人に林は聞いた。
「原君、誰か亡くなったの?」
拓人は「わかりません」と答えて職員室を出て行った。
携帯電話の検索結果には墓の画像と“渦河うずかわ霊園”の文字があった。
翌日、林は訪問することを決めた。拓人が学校に来ていない。
電話をしても応答はなく、緊急連絡先として書かれている父親の職場へ問い合わせた。責任者が出て、原は1ヶ月以上来ていないと言われた。不安が重くのしかかる。
2ヶ月前に拓人を送り届けた道を辿った。家の前に誰か立っている。何やら中の様子を気にしている。その人物は曽根明美だ。
面識のない林は問いかけるようにして顔を見た。
「こんにちは。どうかされたんですか?」
曽根明美は不安そうに言った。
「この家に住んでる人がね、朝早くに大きな物音がしたから気になってインターホンを押してるんだけど出てこないのよ」
林は嫌な予感がした。
「私は小学校の担任です」
「ああ、先生なのね。ちょうど良かった。たっくんとお父さんとは昔からずっとお付き合いがあるんですけどね、私ちょっと入院してて長い間会ってなかったんです。それで久しぶりに尋ねてるんですけど、昨日もずっと返事がなくって心配で」
「昨日もですか」
「ええ。昨日退院してきて昼と夜に1回ずつ尋ねてるんだけど……たっくんは学校に行ってますか?」
「昨日までは来てました。今日欠席していて連絡がつかないので様子を見に来たんです」
曽根明美はより深刻な顔つきとなった。林もインターホンを押してみたがやはり応答はなく、もう一度家に電話をかけることにした。
発信を押して耳に端末を当てる、少しして呼び出しがかかった。玄関の近いところに電話機があるのか、家の中から微かに呼び出し音が聞こえる。すると突然、硬い物が投げつけられるような音と男の叫び声がした。
「今の何!?」
林と曽根明美は顔を見合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます