第11話 これが俺の本気だ、ライラ

 小細工一切なしの、正面きっての攻撃。

 それを見たライラもまた、真正面から受けることを決めたようだ。


「いいねぇ、いいじゃねぇかライラ! それでこそだ!」


 俺は限界まで、ライラの乗る紅那内くないとの距離を詰める。

 ライラの駆る紅那内くないもまた、俺の攻撃の隙を突こうと両手に得物を構えていた。


「まずはこいつからだ!」


 隙の少ない斬撃を繰り出し、ライラにさばかせる。

 一撃も届いていないーーだが、それでいい。元より、この程度で仕留めるつもりはない。


 と、ライラが俺の剣を弾き飛ばす構えを見せた。


「いいぜ、来やがれ!」


 俺は馬鹿正直に剣を振り抜きーーそして、剣が天高く弾かれる。

 ……へっ、狙いどおりだ。


「おっとぉ?」


 残った右手の剣を振ると見せかけて、紅那内くないの脚部に蹴りを入れる。

 そしてそのまま、背中を向けて距離を取った。


『……わざとですか?』


 怒りをおびた、ライラの声が聞こえてくる。


「あん?」


 俺はすっとぼけたフリをして、ライラに返した。


『とぼけないでください。模擬試合とはいえ、真剣勝負の真っ最中に背中を向ける……侮辱以外の何ものでもありません』


 いい感じにキレてるな、ライラ。

 だが、俺はただアンタを怒らせるためだけに、こんな真似をしたワケじゃねぇんだぜ。


「じゃあ無効試合にすっか? 俺はそれでもいいぜ」

『ふざけないでください』

「ほぉ、腹の虫がおさまんねぇみてぇだな? だったらどうするつもりだ?」

『……全力を以て、貴方を完膚なきまでに敗北へ導きます』


 怒気を含ませた声で、俺を冷たい視線で見据えるライラ。

 そんな寒気のする怒りを感じつつ、俺は投擲とうてきの気配を察知して機体を調整する。


 重素グラヴィタを用いるアドシアは、速度を出したままで高度を下げる芸当すら可能とする。俺の乗るリヒティアもやはり、逃げるスピードを保ちつつ高度だけを落としていった。

 その直後、先ほどまでリヒティアがいた高度を、ものすごい勢いで投擲とうてきされたクナイが通り抜ける。アドシアの腕力って、やっぱ違うな。


 さて……この辺りで、いいだろうなぁ。

 俺は機体を、背を向けたままその場で静止させた。


『おや、もう逃げないのですか?』


 ライラの紅那内くないも、俺から一定の距離を保ったまま静止する。あー、実にいいぜそのポジション。最高だ。


「逃げる? 逃げてねーよ、バーカ」

『よくも言ったものですね。背を向けておきながら、何を今さら……!』


 あー良かった。

 ライラの怒りがまだ収まってねーみてぇで。


「だから何だってんだ?」

『貴方のような方を、アドレーア様のおそばにいさせるわけにはいきません! ここで面目を叩き潰し、その性根を直して――』


 ライラが言い終わる前に、俺は機体を紅那内くないに向き直させる。


「面目だぁ? そんなんどーでもいいっつの」


 そして一気に距離を詰め――その瞬間、紅那内くないの右肩を剣が切り裂いた。

 先ほど弾き飛ばされた剣が、今まさにこのタイミングで、ライラに対する奇襲をかけたのだ。


『なっ……!?』


 突然の出来事に動揺するライラ。

 だが、全て計算ずくでやってた俺としては、予想通りの展開だった。


「まんまと俺の術中にハマってくれたぜ」


 落下しゆく剣を素早く回収すると、勢いのままに紅那内くないの背後に回る。


『くっ……!』


 慌てて背面を向くライラ。

 しかし、自慢の増強出力も増設ブースターも、この距離と片肺じゃあ意味はほとんどなかった。


 既にリヒティアに中段の構えを取らせていた俺は、短く、宣告するように技を呟く。


「双天一真流、奥義――“双天”」


 紅那内くないが反撃するよりも先に、俺のリヒティアが握りしめる双剣は、紅那内くないの胸部をX字状に切り裂いていた。


「これが、俺の本気だ――ライラ」


 残心ざんしんを取りながら告げると、アドレーアの声がした。


『そこまで、ですわね。勝者……ゼルシオス・アルヴァリア』


     ***


 俺たちがシミュレーターから降りると、クルーがわらわらと集まってるのを見る。


「これは見世物みせもんじゃ……あー、あったわ」


 アドレーアが艦内各所のモニターで中継してたんだったな。


 と、隣のシミュレーターからライラが降りてくる。

 俺に負けちまったからか、あるいは他に思うところがあるからか。その両方を抱えていそうなオーラを出しながら、うつむいていた。


「ライラ。これで、ゼルシオス様のお力は証明できましたわね?」

「……はい」


 力のない声で返事するライラ。


「先ほど貴女が言った、『ゼルシオス様と一対一で戦い、力を証明する機会を与えてほしい』という願い。貴女にとっては不本意な結果かもしれませんが、私はたがいなく叶えました」

「そういうことだったのかよ、アドレーア」


 道理で昼寝前になんか話してるはずだったよ。


「ええ。ですがゼルシオス様は、叙勲式を終えられたばかりでお疲れでした。ですので、お昼寝を終えられる時を待って、ライラに行かせたのです」

「助かるぜ。クソ眠かったんだ、ありゃ。昼寝前にされてたらヤバかったな」


 負けるこたぁないにせよ、寝不足は判断に悪影響を及ぼす。直感も少しブレちまうんだよな。

 それには助けられたんだが……待てよ。


「アドレーア」

「何でしょう?」

「だいぶ前の騎士学校時代でも、こんな風に助けてくれたのか?」

「はい。元々貴方が好きでしたし、行動理由としては真っ当なものでしたから。率直に申し上げて、やりすぎな面もありますが」

「知ってるよ」


 半殺しだもんな。

 それでも、あいつをいじめやがったクソ野郎を懲らしめるには、二度と手を出さないと誓わざるをえないようにさせるのが一番だと思ったんだ。


 それよりも……ライラの落ち込みようは尋常じゃねぇな。

 話しかけてぇが、あれじゃ話になりそうにもねぇ。


「あー、模擬試合も終わったこったし、俺もう帰るわ。ライラも自室に帰してやれ。目ぇ覚めちまったし、ちょっと鍛えてくるわ」


 俺はそれだけアドレーアに言うと、とっととトレーニングルームまで向かった。

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